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小さな橋  作者: 秋の桜子
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小さな橋での出来事

「揺れなかったから、渡れたんだよねー!」


 何事もなく向こう岸についた二人。此方は向う岸と比べ照明が少ない為に、闇が彼等に近い。


「うるさい、渡れるわ、帰るぞ」


 茶化す様に話してくる彼女に、彼氏は早々に帰るべく、方向変換をする。


 えー?つまらん、もう帰るのぉと不服な様子で彼女は文句を言うと、ねえ、下の川に行く階段おんなじだよ!降りてみいへん?と悪戯そうに話してくる。


「降りようよぉ、帰るのつまんない、あー!怖いんだ」


 腕を引っ張りながら、怖いんだ!と、重ねて言ってくる彼女に、男のプライドが起動した彼はじゃぁ、やっぱり、川を渡って向こう岸へと帰ろうか、と言いながら向きを変え、先に狭い階段を降り川へと近づく。



 ――そこは、大小様々な岩や石が転がる川岸、親より先に旅立つ罪を犯した子供が、泣き泣き石を積み上げる『さいのかわら』とは、このような光景なのだろか、鬼が何処かで隠れている様な明かりの届かぬ場所の、しんとした闇が深い。


 二人の耳に、聞こえて来るのは、冷たく流れる水の音。歩く足元で時折崩れる石の、ごつ、がらがら、ごつ………


 昼間の爽やかな景色と違い、何処か陰鬱なぬるりとしたものが、影に、隙間にと身を潜めている気配がある。


「何だか薄気味悪い」


 前の道路の照明で、ぼんやりと闇が薄い橋の近く、彼女は何かを感じて、辺りを見渡しそしてあるものに気が付いた。


 あれってなかったやんな、と彼女が携帯の照明を照らしながら、指差す対岸の橋脚の根元に、隠れるように安置されているのは、小さなお地蔵様。


 二人はゴクリと息を飲む、見つけたらいけない何か、禁忌に触れた感覚。そして顔を見合せる、二人の頭の中に浮かぶこの言葉


『逃げよう!』


 ………ギ、シ、ギシ、グ、ブッ……グチャッ……グ、チ


 行動に移そうとしたその時、二人の頭上から異なる音が降って来る。グ、、グチャッと、そして漂う生き物が、腐り放つ時の臭い、吐き気を誘うそれに二人は手で口元を塞ぐ。


 上に何があるのか、見てはいけない、いけない


 しかし、人間の習性として、そういう時は本能に逆らってでも必ずしてしまう『確認』行動。二人は恐る恐る音の方向を見上げる。


 そして、目にする、渡る前にもその時にもなかったモノを……


 夜の静寂を破る男と女の悲鳴が、甲高く轟く。


 ――二人が目にしたモノ……欄干に括られたロープに支えられて下がり、かつて生きていたヒトの姿、


 それは、ガクン ガクンと下がり、ズル、ズルと落ち行く、首元のロープの辺りで腐食が進み落ちはじめている胴体、それから目を離す事出来ない二人。


 やがて、落ちる。水面の派手な落下音、水しぶき、川底を形成している岩や石に叩きつけられる胴体、そしてそれらは、周囲にバラけ飛び散る。


 足がすくみ動けない、むしろこのような状況で、平然と動ける人間等いるのか、ガクガクと震える二人に追い討ちをかける『上に残されたモノ』の嘲笑。


 浅い水深の川に散らばったそれがうごめく、手が、指が、足が、腕が、片足とかろうじてつながっている胴体が、二人へズルリと意思をもち、近づく。


 アタマヲオクレ、アタマヲオクレ、音を放ちながら二人へと、フレタラアタマヲモラエル、不気味な音がそれから辺りに響く。


「に、逃げるぞ!」


 男が叫び、女の腕をつかむと引きずる様に階段へと向かう、しかしその時、女は川を渡ると言い出す。


「だって、だって、上には頭があ、ある、体オクレって、い、いうやん、言う!」


 離れた場所の川を渡ると言い張り、動こうとしない、二人を追うモノは、ズルリズルリと近づいてきている。


「か、川か!じゃあ、反対の欄干側を渡れば!」


 男が慌ててその場を離れようとした時、二人に救いの手が現れる。密かに安置されていたお地蔵様から、先に無くなった祖母の声が、流れて来たのだ。


『来た道をもどらな帰られへんよ』


「お、おばあちゃん、おばあちゃん、ねえ、おばあちゃんの声が、私に聞こえる」


 二人を可愛がっていた、優しい祖母の声が、二人には確かに聞こえた、青ざめ震えながら頷き、無言で同意を交わす。


 か、帰るぞ!おばあちゃん!と男は女の手を後ろ手に取り、共に脱兎の如く狭い階段を駆け上がる。祖母の声が二人を包む。


『なむだいしへんじょうこんごう、なむだいしへんじょうこんごう』


 この地域で育つ者には耳に馴染んでいる、真言宗の一節、葬儀に、お盆に、たま行う法要に、家で年寄りが毎日の勤行を努める時に、


 二人もお経迄はさすがに難しくとも、それくらいは唱えることが出来る。祖母に合わせて口に出す。真言の言葉、そして、守られる様に橋へのたどり着くが、背後からは頭を求める異形のモノ


『前門のトラ 後門のオオカミ』いいえて妙な絶体絶命の立場。どちらにも『触れ』られたら、お仲間になるのは確実な予感が生者達をとらえる。何故ならば、欄干の外にあるはずのあれが出てきていたからだ。


 二人が生き残るため、現世へと帰る道の進む先には、女が言った通りの状況。


 体を求める頭部がニヤリと嗤い、ゴロンとコンクリートの橋の上に転がり出てきていた。


「だ、ダメよ、ダメ、待ってるやん、あれ!」


 で、でもここしかない!男は強く言葉を吐く。女は男にしがみつき、男は震えながら、周囲を読む。背後からの不気味な気配、振り返るのはいけないと祖母が知らせる。


 ドロリとしたものに覆われている前方の『モノ』は、早く渡れ、体をオクレと声を出して話しかけてくる。


 ねえ、どうする?どうするの、何か後ろ来てる、気配を察した女が振り返えろうとするのを、一喝で止めた時、男はポケットに入れていた『あれ』を思い出した。


『オン』


 頭に流れる祖母一言。ポケットから取り出す斎場で配られた白い袋。僅かに湿ってはいるが破れてはいない。


 走るぞ!意を決し、男は今にも振り返りそうな女を引き寄せると、目の前の異形なモノに向かって、全速力で向かって行く、ほくそ笑み『それ』は大きく目も口も開き、喜びの表情を見せて迎えている。


「オン!」


 ギリギリ迄距離を詰めた時に、男は袋を握りしめ、祖母に助けを求めた。孫の危機に助けを出す祖母の魂。


 人は四十九日の法要迄は、現世にとどまっているとも言われている。


『オン、アロキャべ イロシャノォ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタ ウン……』


 祖母の声で、お寺さんと共に檀家の人達が詠唱する真言の一つ『光明眞言』が流れる。


 うろ覚えながら男はそれに合わせ唱え、塩の小袋を力の限りを込めて、立ちはだかるモノに投げつけた。


 ×××××


 ―――「た、ただいま、おばあちゃん、おばあちゃん、お、おばあちゃんー!」


 どう帰ったのかもわからない。彼は彼女を伴い、猛スピードで自宅へと車を乗り付けると、いき急ききって、新仏様の白い祭壇の前に転がりこんだ。


 おばあちゃん、おばあちゃん、怖かった、怖かったよぉー、もう二度と悪いことはしません、と彼は祖母の遺影に涙ながらに話している様子を目にした家族が、何事かと問いかけた。


 しどろもどろになりながら、二人は顛末を話し、そして語り終えると、呆れた様な声をかけられた。


「何で行ったの、あそこ夜『は危ないのが出る』って評判になってるのよ」


 そんな事も知らないのか、と言われる二人だが、今二人がここを出て生活をしている事に気が付くと、話して置けばよかったね、と遅ればせながら報告をしてくれた。


 まぁ、二人が目にした通りの事だが、何か深い事情を持ち、死に場所を求めたあげく、偶然にたどり着いたあの場所で、命を絶ったお方がおり、当時の季節が梅雨。


 腐敗しやすい上に、雨続きで渓流釣りの人達も、山に仕事で入る人達も、誰もそこに近づかなかった為に起きた不幸な現象。


「獣に食い散らかされるわ、つつかれるわで悲惨なモノだったのよ、であまりに無残なのでね」


 お年寄り達が善意で出しあい、供養の小さなお地蔵様を設置したのよ、あのお地蔵の赤い前垂れは、うちのおばあちゃんが縫ってね、奉納したの。信心深かったからね。


 そこで言葉を終わらせると、お線香を立てる。彼も、彼女も慌ててそれに習った。


 おばあちゃん、おばあちゃん!ありがとうございますと何度も何度もお礼を言いながら……


 ×××××


 ――小さな町の、小さな集落に掛かっている『小さな橋』


 辺りは美しい自然に囲まれ、四季折々の景色を作り出す、春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の凍てつく世界。


 美しい日本の情景、そこに掛かる小さな赤い橋


 しかし、夜には近づいてはいけない噂の橋


 何故なら『アレ』はその後どうなったのかは、誰も知らないから……


 あの時消滅したのか、それともまだそこにいるのか。


 二人の話が狭い集落に、ぱぁと広がり、夜になるとますます人が近づかなくなってしまったので、わからない。おそらくこの先も。


 小さな集落の外れの『小さな橋』そこには、


 生者が近づいてはいけない『禁忌』が確かにある。多分今でも、密やかに……



「完」


























































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