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第7話 小人の家に花が咲きました

 それは突然の出来事でした。

 ドン、と勢いよく開かれた扉の外に立っていたのは、なんとあの白雪姫です。


「ただいま、素敵なおじさまたち!」


 七人の小人たちのなんでもない朝のひと時に、華やかな声が響き渡ります。あまりにも唐突で、あの賑やかな小人の兄弟でさえ驚きに声を詰まらせるのでした。


「し、白雪姫、白雪姫なんだね?!」

「ええ、そうよ、ルヴィオおじさま。みんなも元気そうでなによりだわ!」


 白雪姫が小人の家を出てからもう一月が経とうとしていました。彼女は共に過ごしていた時と変わらず明るく、愛らしく、そこらじゅうを駆け回るように巻き込んで微笑みを配っていきます。

 驚きがようやく治まった頃、七人の小人の胸の内は、喜びと疑問でない交ぜになっていました。ちらちらと少女の存在を確認しながら、仕事道具を持った手に自然と力が入ります。

 動き出したのは、またもルヴィオです。


「ああ! よく顔を見せておくれ。怪我はしていないかい、なんともないんだね?」


 ルヴィオが近付くと、白雪姫は腰を屈めて白く美しい肌に傷ひとつないことを示すように、右に左にと顔を向けます。赤く色付く頬と唇が、少女の健康の印となりました。

 帰って来た瞬間から溢れんばかりの笑顔を見せていた白雪姫でしたが、七人の小人たちの顔ぶれを改めて見回すと、しゅんと顔色を沈ませます。


「きっと怒っているわよね……心配かけたのよね」


 そんなことはないと言いたいのに、これまでの悩んだ日々を思い返すと思わず視線を下げてしまいます。目の前の少女よりずっと長く沢山の経験を積んできた小人たちですが、大切に思うからこそ誤魔化すことはできませんでした。

 白雪姫は悲しげな瞳のままそっと口角を上げて、微笑んで見せました。


「まずは謝らないと。おじさまたち、突然出て行ったりして、今日まで帰って来なくて、本当にごめんなさい」

「……話を聞かせてもらえるかな?」

「長くなってもいいなら」


 ルヴィオは頷くと、所在なげに佇む弟たちに笑いかけます。


「今日の仕事はお休みにしよう。せっかく白雪姫が帰って来てくれたからね」


 小人たちは口を閉ざしたまま、仕事道具を片付けるのでした。



**********



 いつものホットミルクを手にした八人が、テーブルを囲んでいます。


「もう一度言わせて。心配かけてごめんなさい」


 彼女のために用意された一回り大きな丸太の椅子に久しぶりに座って、白雪姫はまた謝ります。七人の小人たちはもう目を逸らしたりはしません。自分の気持ちよりも彼女が悲しい顔をする方がずっとつらいからです。


「いいんだよ、こうして元気な姿が見られたからね。それで、なにがあったのかな?」


 いつも着ていたお気に入りのワンピースはあちこちが土で汚れていますが、それを気にする素振りはありません。少し汚れただけでも悲しそうにしていた少女は、たった一月ですっかり変わったようです。

 ルヴィオに聞かれて、白雪姫は話し始めます。小人たちの家を出て行ったいきさつと、今日まで過ごしてきた時間のことを。



「言い訳をさせてくれるなら、出て行くつもりはなかったの。

 おじさまたちが仕事に行っている間、いつものように掃除と洗濯をしていたわ。とても天気が良いものだから、全部を終わらせてからお散歩に出かけたの。色付いた木々や小さな花を眺めながら歩いたら、陽が傾くのも忘れたわ」

「そうしていたら、帰れなくなったのですか?」

「結果的にはそうね。途中で鳥の群れに襲われて逃げているうちに、家の方向が分からなくなったの。じっとしているのも怖くて歩き続けていたら、陽が落ちる頃に小さな家を見つけて。この家よりも少し小さい、山小屋って言うのかしら?」


 白雪姫は随分と遠くまで歩いていました。森を過ぎたずっと先の山あいに一軒だけある山小屋、そこに辿り着きました。


「そこで先生と出会って、そこで今日まで一緒に過ごしていたの」

「先生?」


 先生と慕う存在と過ごしていたことを知るとわずかな安堵がありましたが、一体どんな人なのだろうと胸の辺りがそわそわします。まるで親心のようです。

 そんな小人たちの心根を知ってか知らずか、白雪姫は両脇に座る赤と紫の小人の手に触れて、全員に少し大人びた微笑みを見せました。


「おじさまたちはこの家で、わたしに生き方の基本を教えてくれた。水仕事の大変なこと、料理が楽しいこと、悲しいことがあっても歌を歌って顔を上げること……。

 お城の中のなんの不自由もなくて、それなのに窮屈だった毎日しか知らかったわたしに、大変だけどもっと自由で明るい生き方を教えてくれたわ」


 だからおじさまたちもわたしの大切な教師よ、と話します。

 思ってもみなかった少女の気持ちを知り、小人たちの心に温かな灯が点りました。


「その、先生ってのはどんな人なんだ?」

「先生は、わたしに強くあるための生き方を教えてくれるの」

「強くあるため……?」


 ホットミルクを一口飲んで白雪姫は続けます。


「この家で毎日楽しかったし、おじさまたちはいつもどんな小さな危険からもわたしを守ってくれたわ。

 でも先生はなにもしてくれないの。棘が刺さったら自分で抜かないといけないし、野草の採り方や美味しい木の実の見分け方も見て覚えるしかなかったわ」

「んん、優しくないよう」

「そうね、家にも快く迎え入れてくれたというよりは、いたいならいればいいという感じだったから。……でも、それで良かったの」


 どういうこと、とエメラッドが口を開きました。優しくしてくれない人を先生とまで慕うのはなぜなのでしょう。


「お城を出てから、沢山のことを知ったわ。人には暗い憎しみの気持ちが生まれることや、お城の中とはまったく違う生き方をしている人たちがいること。

 外の世界は危険がいっぱいだけど、その分沢山の恵みを傍に感じられることを知って、もっと色んな景色を見てみたいと思ったの。危険に怯えて隠れて暮らすのではなくて、自分で立ち向かえるようになりたい」


 先生はそんな生き方を教えてくれたのよ、と白雪姫は言います。

 ほんの少女で、たとえ城に住んでいる王女でないとしても守られていることが普通のような少女が、自分で歩くことを決めたのです。

 その瞳はとても真っ直ぐで決意の強さを感じさせます。その表情は一月前よりも清々しく、一層美しく輝いています。


「良い人に会えたんだね!」

「ええ、あの時先生の家を見つけてなったら今頃、とっくに野犬の食事だったはずだから」


 白雪姫の成長は、七人の小人たちにとってなによりも嬉しいことです。城のゆりかごで眠っていた赤ん坊が、こんなにも聡明な少女になったのですから、嬉しくないはずがありません。寂しかった気持ちは、今では子の成長を喜ぶ親のように綻んでいます。

 小人たちは合わせたように全員で立ち上がります。なにごとかと白雪姫が目を丸くするのを見て可笑しそうに笑っています。


「さあ、パーティーにしよう! 君の成長を祝ってね」

「まあ、楽しみだわ!」


 小人たちが我先にと駆け出してパーティーの準備に取り掛かります。ある者はキッチンに、ある者は装飾の花を摘みにと思い思いに行動を始めます。


 主役の白雪姫はなにを手伝おうかと考えて、ふと部屋の隅に積まれた手紙の束に目を留めます。濡れてしまったのか波打つ封筒には文字が滲んでおり、自分宛の手紙であることが分かります。

 わたしへの手紙ならと、そのひとつの封を開けて、歪ながら気持ちのこもった文字に目を走らせます。

 アメジがそのことに気が付いたのは、三通目を読み終えた頃でした。


「あ、あ、読んじゃった!」

「アメジおじさま、お手紙を書いていてくれたの?」

「う、うん。そうだよう」


 白雪姫はもう一度手にした封筒に目を落とすと、くすっと笑います。


「『Big and(大きくて) small girl(小さな少女)』だなんて」

「お、怒った?」

「いいえ、まさか手紙にも書かれるとは思わなかったけれど」


 そう言ってまた、まるで花が咲くように笑いました。小人たちが朝起きた時や夜眠る前にそう呼ぶのを思い出しています。白雪姫はそう呼ばれる度、ほっと安心できるのでした。


「でも、いつまでこうやって呼ばれるのかしら」

「え?」


 アメジは不思議そうに首を傾げると、少女は少し唇を尖らせます。


「早く大人になりたいわ」


 どこから見ても彼女はほんの少女ですが、もう大人の女性になることを憧れています。女性とはそういうものです。

 アメジは傷付けたように感じて、小さく謝ります。白雪姫の方はからかったことを謝る代わりに、小さな体を抱きしめました。


「ありがとう、おじさま。

 早く大人になったって言ってもらえるように、わたし……」

「なに?」

「いいえ、今はいいわ。それよりパーティーの準備ね。わたしにも手伝えることがあるかしら」

「えっと、それなら――」




 それから三日の間、楽しいパーティーは続きます。

 美味しい料理を食べながら、互いの話に耳を傾けて。何度も沢山の歌を歌って、天気の良い空の下でピクニックをしたりもしました。初めて小人たちの仕事場を見た白雪姫は、「おじさまたちはやっぱりすごいわ!」と称賛の拍手を送り、小人たちは照れ笑いを浮かべました。


 そんな賑やかで、穏やかで、なんでもない日は、始まりと同じように唐突に終わりを迎えました。


「ごめんなさい、わたし、明日にはここを出て行くわ」


 白雪姫のその一言で。


  

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