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第4話 幸せとはほんの小さなことです

 呆然とする大男をとりあえず落ち着かせようと、小人たちは協力し合って家の中に引き入れます。

 小人たちの使う丸太の椅子は狩人には小さすぎたので、床にそのまま座らせます。仕事後の一杯にと用意していたホットミルクをその大きな手にちょこんと乗せました。


「これでも飲んで、まずは落ち着きましょう」


 カイヤナが言うと、狩人は無言でカップに口を付けます。唇の先に触れた優しい甘さに、なぜだか鼻の奥がツンとしました。

 大きな体を丸めて、小鳥がついばむようにカップに触れる狩人を眺めながら、ルヴィオが独りごちます。


「もう、どのくらい経っただろうね。月日の流れの速さは秋風が飛ばす木の葉の流れのようだ」


 懐かしい声を改めて受けて、狩人は顔を上げます。


「あんた、ますます老けたな」

「当然だよ。君の方はやっと男臭い顔立ちになったじゃないか」

「そうか?」


 吐き出す息に甘い香りと笑いが混じります。これでまともに話ができそうだと、小人たちは丸太の椅子を移動させて狩人の前に並びました。

 最初に口を開いたのは、狩人でした。

 

「オレのせいで城を追い出されることになって、悪かった」


 狩人の謝罪に一瞬目を丸くしたルヴィオでしたが、すぐに笑みを浮かべて目尻を落とします。


「君のせいではないよ」

「でもオレが嘘なんかつかなきゃ……!」

「あれはあれで良かったんだよ、元々俺たちには城勤めは向いてなかったんだから」


 マンダリも答えます。その後つらつらと王妃にされてきたことの恨みつらみを笑い話にして語っていきます。


 七人の小人たちはずっと森に住んで、宝石掘りをしているわけではありませんでした。森に来てからもう随分と経ちますが、それまでは城で給仕として働いていたのです。

 ですから前王妃の穏やかで麗しい人となりを知っていましたし、その娘の愛らしいことも知っていました。そして現王妃の邪悪で醜い心とその振る舞いもよく知っていました。


 それでも狩人は頑なです。


「そもそもオレは、狩人としての仕事をあんたたちに任せきりにしてた! 出来もしないのに働くために嘘をついた偽物の狩人のオレを、あんたたちが助けて、狩人として城にいられるようにしてくれた!」


 なのにオレは……と唇を噛む狩人を横目に、マンダリは猟銃を手に取ります。


「どれ、相変わらず弾も入ってねぇな。こんなんじゃバレちまうぞ」

「……あの時の失敗が、夢にも出てくるんだ」


 それは狩人が初めて猟銃の引き金を一人で引いたときのことです。

 それまで代わりに食料を調達してくれていた小人たちがその日は忙しく、狩りに出かけられないでいました。

 かと言って小人の代わりに給仕役を務めることもできない彼は、一念発起、森に狩りをしに出かけていきました。

 小人たちのやり方を見て知ってはいたので、今日こそは手を借りずに仕留めて、小人たちを驚かせてやろうと思っていました。ある意味で恩返しをするつもりだったのです。しかしそれがいけませんでした。

 よく太った兎を見つけ、これだ、とぶれる銃口からなんとか銃弾を噴き出した時、それは検討外れな方へ飛んで行きます。失敗したと気付いたのもつかの間、城の方から叫び声が上がったのです。


「だれも怪我をしなかったけど、あと数ミリ違えば王妃は死んでた。当たり前に城から出ていくべきだったのに、オレはあんたたちがやったことにした」


 まとまった金銭を受け取れなくなる、ただそれだけのことでしたがその時の狩人にはそれが不安で堪りませんでした。

 国で唯一猟銃を持つことを許されている狩人は当然王妃から嫌疑をかけられます。森に猟銃を隠すと、初めは猟銃が盗まれたため自分がやったことではないとだけ語っていましたが、幸か不幸か森に出かけた小人たちが猟銃を見つけ、事情を知らぬままに城へ持ち帰ったことで、事は変わってしまいました。

 猟銃を持っている七人の小人こそ、王妃の命を狙った犯人であるとそう決定付けられたのです。


「あんたたちが城を追い出されてから、自分のしたことの大きさに気が付いた。自分を守ろうとするばかりで、オレのことをずっと助けてくれた人を裏切ったことに、後になってから思い至ったんだ」

「裏切っただなんて、私たちはそんなこと一度も思ったことはないよ」

「それは……あんたたちが、お人好しなだけだ」


 ルヴィオはゆっくりと首を振ります。立ち上がり狩人のすぐそばまで近付くと、彼の膝に触れてもう一度首を振りました。


「私たちはこの森に来て本当に良かったと思っているんだよ。

 自分たちが作った料理をただ自分たちで食べて、美味い不味いと言いながら笑って、掘り出した宝石の色や量に一喜一憂して、仕事の終わりを歌で締めくくって。

 城ではいつも時間に追われていた。それが今では、空を見上げて雲の流れを追う時間さえある。そんな退屈な時間さえ、私たちの幸せなんだよ」


 その言葉は心からのものでした。だれ一人、今の生活を不満に思う兄弟はいません。森での毎日を、その一瞬一瞬を彼らはみんな、楽しんでいるのです。

 ルヴィオはこれまでのことを思い返し、そして一層愛おしかった日々の残像に胸を弾ませます。


「だからわずかな日々でも、大きくなったあの子とここで過ごせて本当に嬉しかった。あの子は良い子に育ったね」


 狩人は、はっとルヴィオの顔を見返します。


「……やっぱり白雪姫はここにいるのか?」


 その問いになんとも言えない寂しげな表情を浮かべる七人の小人たち。口をつぐんで下がったルヴィオの代わりに、サファイがおずおずと言います。


「ずっとここにいたけど、少し前にいなくなって……」

「そうだったのか」


 残念そうにも、どこかほっとしているようにも見える顔を、狩人は見せます。カップを脇に置き、使えない猟銃を手に静かに言葉を吐きました。


「オレはこの二月の間、国中を余すところなく歩き回ってきた。あと残すはこの森だけ。もし白雪姫がこの森に入ったんだとしたら、世話焼きのあんたたちのことだ、助けてかくまってるに違いねぇと思ったよ。

 でもやっぱり、オレには運がなかったってことだな」


 そう言って、狩人は乾いた笑いを自身に向けました。


「オレだって、こんなことをしたいわけじゃなかった。でも金はないし、いつまで経っても銃は使えそうにねぇし。……こんなことでしか生きてく術がなかったんだ」


 狩人自身、望んだ道ではありませんでした。厳しく怒鳴られけなされ自尊心を削られる王妃の元でなく、もっとやりがいのある自分の仕事を見つけたいと思っています。ですが、どうすればいいのか分からないまま、今の生活を続けていました。

 心のどこかで、この世話焼きの小人たちのことを待っていたのかもしれません。彼はそんな気がしています。


 惨めさと恥ずかしさに俯く狩人に、エメラッドが言います。


「この国から出なよ」

「え?」

「この国にいたら、城の近くにいたら、今と変わらない未来しかないよ。そうやって死んでいくしかない」


 カイヤナが止めようと名前を呼びますが、兄たちは同じ思いでした。


「そうだね、新しい場所に行くことはすべてを変えるきっかけになるだろう」

「その大きな体があればなんだってできるさ。キミは幸せ者だね!」

「お前は不器用だし根性もねぇが、あの魔女の小言に耐えてきたんだ。鍛えられただろうよ」


 狩人はその励ましに顔を上げましたが、小さく首を振ります。行きたくてもお金がないのです。

 すると、アメジが麻袋を持って近付いてきました。紫の紐の付いた、アメジの仕事用の麻袋です。


「これ、あげるよう」


 今日アメジが掘り出した宝石は兄たちには及ばないものの、麻袋の半分以上を満たしていました。これだけあれば、質素な生活なら一生を賄えるだけの金貨に換えることができます。

 たった一つの宝石を頂こうとしていた狩人でしたが、ここまでのものを渡されると喜ぶどころか恐ろしくなりました。


「こんな、もらうわけには……!」

「ううん、ただではあげないよう?」


 どんな難題を吹っ掛けられるのかと狩人の額にまた汗が滲みますが、アメジは約束してと告げます。


「約束?」

「もしこれから姫を見つけても、絶対殺そうとしないこと。王妃みたいな悪い人の手伝いをしないこと。困っている人を助けること。約束できるならあげるよう」


 狩人は汗を涙に変えて、瞳を潤ませながら頷きます。何度も強く、頷くのです。

 末っ子の愚かにも思える決断に、兄たちは誇らしそうに笑顔を見せます。アメジは送れない手紙を書くことをやめる代わりに、こうしてどこかにいる大切な人を守ることにしました。

 そしてだれもが願うのです、小さな少女の幸せを。


  

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