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第3話 だれかが訪ねて来ました

 森の外れでは毎日、朝から夕方まで七人の小人たちの楽しげなハミングが風に乗って流れます。カン、カン、ザック、ザックという音がそのハミングに手拍子を送ります。

 ここは小人たちの仕事場、彼らはこの鉱山で宝石を掘る仕事をしています。


 一人の小人がツルハシを振れば、見つけられたことを喜ぶように宝石があふれ出します。

 また他の小人がツルハシを振れば、花火が打ち上がるように宝石が飛び出します。

 七人の小人の兄弟は、宝石掘りの名人です。


 彼らはいつものように仕事に精を出しながら、それでも頭ではみんなたった一人のことを考えています。

 それはもちろん、白雪姫のことです。



 ルヴィオは考えます。あの子が幸せの花だけを摘み集めることができる場所はどこなのだろうと。

 マンダリは想像します。素行の悪い王妃に代わって愛らしい蝶のような少女が玉座で微笑む姿を。

 シトリーは喜びます。新たな出逢いなどないこの森で眩い存在と出逢えたボクはなんて幸せ者だろうと。

 エメラッドは毒づきます。長い脚でどこまでも駆けていく背中をどうして追いかけようとしてしまったのかと。

 サファイは願います。優しく頬にキスをしてくれる姫にできなかったお返しのキスを捧げる日を。

 カイヤナは不安がります。もしワタシのくしゃみを嫌がって出て行ってしまったならどうしようかと。

 アメジは信じています。賑やかな七人の兄弟たちの中にもう一度、Big and(大きくて) small girl(小さな少女)の笑い声が響くことを。



 それぞれの思いの先は違うとしても、みんな白雪姫のことを思っています。

 ただひと時かくまっただけの少女のことを大切に思い、共に過ごした日々を愛したからこそ、彼らは今日も白雪姫のことを考えるのです。


 みんなの手が今日も止まりかけていることに気が付いて、ルヴィオが声を上げます。


「さあ、夕暮れは近い! もうひと踏ん張りだ、ハイホー!」

「ハイホー!」



**********



 ちょうどその頃、七人の小人たちの家の前では何者かの影が動きます。

 力をこめて殴りかかれば小人の家を壊してしまえそうな大柄の男です。その体をできるだけ小さく屈めて、カーテンのすき間から中の様子を窺っています。


「やっぱりこの時間は留守のようだな。しかし本当に誰もいないとなると……」


 どうやら小人たちのことを知っているようです。

 小人の家を覗く怪しい男の肩には、なんと猟銃が提げられています。帽子のつばを目深に被り隠した顔は、城から白雪姫を探しに出て行った狩人その人です。


 狩人は何度か小人の家の周りをこそこそと移動しながら、時おり窓をコツコツと叩きます。しかし留守の家からは出てくる人も、不思議がる声もありません。


「困ったな、そろそろどうにかしないとまずいんだが」


 腰にぶら下げた革袋の口を開けて、中のわずかな銅貨に触れるとため息をつきます。王妃から受け取った手付金は、もうほとんど使い果たしていました。

 相手は城から出たことのない少女だからと油断しているうちに、最初のひと月はすぐに経ちました。王妃から呼び出され、強い叱責と脅しの言葉で送り出されてからは、どんな場所も見逃すものかと国中の至るところを探してきました。しかし、まだ白雪姫を見つけることはできていません。

 王妃の闇色の囁きを思い出して、狩人はぶるりと全身を震わせます。


「ここだけはないといいと思っていたが、もうここしかありえねぇ。どうするかな」


 髭の伸びてきた口元を悔しそうに叩いていると、遠くから歌声が聞こえてきました。あれは七人の小人たちの声です。

 見つかるわけにはいかないと隠れられる場所を探す狩人は、そばの大きな木の陰に入り込むとそこで小人たちの家を監視することにしました。


 赤、橙、黄、緑、藍、紫のとんがり帽が楽しげに揺れながら、近づいてきます。


「ハイホー、ハイホー!」

「家はそこだー♪」

「夕食係はユウウツだー」

「おい、エメラッド?」

「今日のお手紙は……あ、やめたんだった……」

「アメジ、止まってないで行きますよ」


 賑やかな兄弟たちの手にはそれぞれ麻袋が握られており、小さな体で重そうに抱えながら家へと入っていきます。兄を追いかける最後尾のアメジの麻袋からなにかが落ちました。

 一瞬の煌めきを見逃さなかった狩人。蛙が跳ねるように飛びつくと、両手で掴み取ったそれを見つめて喜びに打ち震えました。


「ほ、宝石だ……原石でこの大きさ、この輝き……これを売ればこんな小さな革袋がいくつあっても足りないくらいの金になるぞ……!」


 大急ぎで数枚の銅貨が残る革袋を開けようとしますが、焦りからか上手く開けられません。ようやく革袋の口が開くと同時に狩人の口も思わず綻びます。


「あの……」

「ひゃっ!!」


 突然の背後からの声に、上擦った悲鳴。落としかけた深い青色の宝石を掴み直した狩人が、破裂してしまいそうな心臓を抑えながら振り返ります。

 そこにいたのは七人の小人の一人、サファイでした。心なしか目を潤ませながら、狩人を見つめています。


「な、なんだよ」


 ここは強気で出るしかあるまいと、立ち上がりサファイを見下ろすと目付きを鋭くして乱暴に言います。宝石を握り締めた手は背中に隠しました。内心では、自分のことも宝石のことも気付かれないよう願うばかりです。


「あの、お客さん……?」

「は?」

「うちのお客さんなら、どうぞ、あの、みんないるから」


 もじもじと恥ずかしそうに言うのを見て、どうやら気付かれていないらしいと踏んだ狩人は、ここらで引き上げようと決意します。小さな少女の命を追いかけるよりは盗人となって宝石を大金に変える方が、悪の程度も罪の意識も断然軽いと考えたのです。このまま逃げてしまえば、王妃からの死刑宣告としか思えない呟きの末路を身に受けずに済むかもしれません。

 手のひらを返して、狩人は表情を柔らかくほぐし笑顔を向けます。


「いえいえ、たまたま通りかかっただけの者ですからお気になさらず」

「え、でも」

「せっかくですけど、もう家に帰らないといけないので」


 狩人は断りますが、サファイは家の方を気にしながらまだ引き留めようとします。


「あの」

「だから本当にいいですから」

「なにがいいって?」

「だから用はないので」

「でももう、みんな出てきたよ……?」

「は?」


 思えば違う声が混じっていたことに気が付いて、落ち着いていた心臓がまた大きく跳ねました。冷たい汗が一筋、こめかみの辺りを流れていきます。


「そっちに用はなくても、こっちには大層な御用ができちまったみたいだな?」


 手の中の重みがもぎ取られて、ぎこちなく背後に視線を向けると、六人の小人たちが勢揃いしています。その中でマンダリが青く光る宝石を手に、意地悪く微笑んでいました。


「えっと、それは、その……」


 宝石を盗ろうとしたことが知られた今、狩人は元の計画を進めるほかなくなりました。ですが彼らの中にも目的の人物は見つかりません。ここはなんとかごまかして、正体を隠し通すことに専念しようと考えます。

 帽子のつばをさらに深く下げながら、さも反省しているような声で言います。


「すみません、ほんの出来心で」

「久しぶりだね、元気そうでなによりだ」


 思いもしない返答に、え? とルヴィオを見つめてしまいました。


「そんな挨拶してる場合かよ」

「この人、姫のこと殺そうとして来た上に僕たちの掘った宝石を盗ろうとしたんだよ?」

「それは分かっているさ、でも昔なじみじゃないか」


 そんなやり取りを見て、狩人の頭は混乱していきます。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうしてそのことを……というか、オレのことを覚えているのか?」


 狩人が問うと、七人の小人たちは顔を見合わせて、当然だというように頷きます。狩人はなにもかも無駄だったことを知り、頭を抱えてしまいました。


 

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