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第1話 森の奥は賑やかです

 囁きだけでやまびこが返りそうな山々、時おり魚が跳ねる清らかな小川、風に柔らかに揺れる野花たち。

 そうした美しい景色が広がる国には、ため息が出るほど美しい城があるといいます。その所以となったのは、あの城なのかもしれません。

 一人の男が今まさにため息をついて、来た道を戻っていきます。彼の行く森は眩い西日の光を一心に浴びて、まるで道しるべのように地面に木漏れ日を落としています。


 この森は日ごろから誰かがきちんと整えているのでしょう。森の奥へとどんどん進んでも、決して鬱蒼とした、薄気味悪い感じはしません。冬がやって来ようとしている今でさえ、いつまでも木々の逞しさと爽やかな香りを感じられる、実り豊かな森なのです。


 男はいくらか足を速めて、森のさらに奥へと歩いていきます。子どもしか通れないような木のトンネルをくぐり、蟻の行列を飛び越えながら。体が動くのに合わせて、赤いとんがり帽の先がさわさわと揺れています。

 城の姿かたちはとうに見えなくなりました。森の奥には一体なにがあるのでしょう?


 小さな坂をひとつ上ると、その先に一軒の家が現れました。こじんまりとした、かわいらしい家です。

 光を弾く白い壁に、男の帽子に似たとんがり屋根は木の皮を重ねてできているようです。そばにはりっぱな畑もありました。

 男はその家の、小さな木の扉を開けて中に入っていきます。扉はうんと小さく、大人なら必ず腰を曲げなくては入れないほどです。

 彼はこの家の住人なのでしょうか? 中に入って確かめてみましょう。



 扉を抜けて、右手に男の背中を見つけました。いえ、帽子の色が違うので、どうやら別人のようです。

 紫のとんがり帽の男がテーブルに向かい、なにか物書きをしています。

 大きな鳥の羽を使い、インクを何度も付けながら――そしてその半分をテーブルに零しながら――文字を連ねていきます。

 男の表情は真剣そのもの。よほど大切なことを書面にしているのでしょう。

 その背後に近づく影があります。


「なになに、『Dear Big and(大きくて) small girl(小さな少女へ). お元気ですか? きみがぼくたちの家を出てから、もう十日が経ちました。』」

「わわわ、な、なにするんだよう!」


 紫帽子が振り返ると、橙のとんがり帽の男が手元を覗きこんでいました。

 男は悪びれる様子もなく、腰に手を当てて言います。


「なにって、お前が汚い字で書いた手紙を読んだんじゃないか、アメジ」


 紫帽子の男――アメジはおたおたとしながら、それでも言い返します。


「マンダリ、そんなことは、わ、分かってるよう! ぼくの手紙をどうして勝手に読むんだって、そう、言っているんだよう!」


 橙帽子の男――マンダリは一度きょとんと呆けた顔をすると、それからお腹を抱えて盛大に笑い出します。


「おいおい、ここは俺の家だぞ? 俺が俺の家にあるものを見ようが読もうが俺の自由だろ。それともお前は、自分の家にあるものを触らない奴を見たことがあるって言うのか?」

「でも、でも、ここはぼくの家でもあるんだから、ぼくのものを勝手に読むのは絶対にだめだよう!」

「改めて言うことでもないが、俺はお前の兄貴だ。つまり俺の言うことを聞くのは当然だろ」


 マンダリはやれやれとため息までついて、横暴にもそんなことを言います。

 アメジは兄の言葉に必死で涙を堪えながら、肩を揺らしています。


「まあまあ二人とも」


 一触即発の二人の間に割って入ったのは、藍色のとんがり帽の男です。左手に持ったハンカチで鼻を拭きながら、まずはアメジに声をかけました。


「アメジ。とりあえずもうすぐ夕飯の用意ができますから、ここらで休憩にしましょうよ」

「……カイヤナ、分かったよう」


 藍色帽子の男――カイヤナに諭されると、アメジは素直にテーブルの上を片付け始めます。カイヤナはその姿を満足そうに眺め、続いてマンダリに向かい合います。


「マンダリ兄さん。アメジは末っ子なんですから、もう少し優しくしてあげてくださいよ」


 マンダリは肩に置かれたカイヤナの手を不満げに振り払い、代わりに怒り顔で指をさしました。


「前々から思ってはいたが、カイヤナ、お前はどうもアメジの前では兄貴面したいらしいな? お前こそ弟のくせに俺に楯突こうってのか?」 

「ワタシはそんなつもりはないですよ。ただ最近のマンダリ兄さんは前にも増して苛立って、そう、姫さまがいなくなったくらいから……」 

「うるさいうるさい! 俺はいつも通りだ、なんだやろうってのか?!」


 マンダリは顔を赤くして怒鳴り、みんなお揃いの生糸のシャツの袖を捲り上げます。今にも殴りかかってしまいそうです。

 しかし実際にそうすることはできませんでした。なぜなら……。


「だからそうじゃなくて、へ、は、はっ」

「お、おい、やめろ、やめろよ、ちゃんと止め」

「は、ハーックショーン!!」


 カイヤナが放ったくしゃみを正面から受けたマンダリは、その勢いに負けて後ろの壁まで吹っ飛んでしまいました。壁際に置いてあった小さな棚は今、マンダリのお尻に敷かれています。

 カイヤナはハンカチで鼻をかむと、慌ててマンダリの元に駆け寄りました。アメジも頭を抱えて近付きます。


「マンダリ兄さん、だ、大丈夫ですか……?」


 顔の前にずれた橙帽子を直し、服にべったりと付いたカイヤナの鼻水を指でつまむと、マンダリはわなわなと震え始めます。


「お前なぁ……! 毎度毎度、俺に向けてくしゃみをするなって言ってるだろうが!!」

「すみません、でもこの時期はどうしても花粉が、あ、はっ」


 くちゅん。今度はハンカチを口に当てたので、誰も被害を受けることはありませんでした。

 この三人の兄弟はあまり相性が良くないようです。


「なにをしてるの?」


 奥の部屋から、また一人出てきました。

 今度は緑のとんがり帽の男です。腕に枕を抱きしめて、眠たげな目で三人を見ています。

 

「くしゃみ野郎が今日もまたやってくれたんだよ」

「ああ、いつもことか」

「エメラッド、お前なぁ」


 緑帽子の男――エメラッドは少しも興味がないとでも言うように、あくびをひとつ。確かにこの光景はいつものことのようです。


「マンダリも、いい歳していつまでもそんなことでカリカリするのはやめたらいいのに。ああ、歳だから?」

「はあ?!」

「馬鹿馬鹿しいよ、僕は寝る」

「こらこら、もうご飯ができたから寝るのはなしだよ、エメラッド」

「ルヴィオ、帰ってたの?」


 エメラッドが踵を返した先には、両手に料理の盛られた大皿を持った男――ルヴィオがいました。彼は城を眺めていた赤いとんがり帽の男です。

 アメジが片付けたテーブルの上に大皿を置くと、ルヴィオは鼻の上の眼鏡をかけ直します。


「ああ、ついさっきね。でも私がいないからとエメラッドが食事の準備をさぼっていたことは、ちゃんと知っているよ」

「ルヴィオこそ、さぼってまた城を見に行っていたんじゃないの?」


 ルヴィオは苦い顔をした後、バツが悪そうに帽子の先を撫でながら言いました。


「さぼってはないだろう? 前回エメラッドがさぼった代わりに私がやって、今日私の代わりにエメラッドにやってもらうと約束したじゃないか」

「城を見に行ってたことは認めるんだな。暇な男だねぇ、うちの長男様は」


 マンダリはまだ服や顔をきれいにしようと手を動かしながら、ルヴィオを馬鹿にします。ふう、と息を吐くとルヴィオは手を叩きました。

 

「そんなことより夕飯を食べようじゃないか! 今日はサファイが腕を振るってくれたんだから、冷めないうちに食べよう。なぁ、サファイ?」

「あの、恥ずかしいよ……」


 料理やグラスが乗ったカートを押しながらやって来た青のとんがり帽の男――サファイが、顔を赤らめて足を止めました。


「サファイは歳では下から数えた方が早いけれど、料理の腕前は兄弟一さ。自信を持ちなさい」

「う、うん。恥ずかしいけど、おいら嬉しいよ」

「どうせ僕は、歳は上でもさぼり魔さ」

「エメラッド?」

「はいはい」


 てきぱきと慣れた手つきで、六人の男たちは夕飯のテーブルメイクを始めます。ちょこちょことテーブルの周りを動く男たちはみんな兄弟のようです。

 テーブルメイクを終えた六人は丸太で作った椅子にそれぞれ座りましたが、ひとつ空きがあることに気が付きます。


「シトリー、夕飯を食べるよ。早くこっちに来なさい」


 ルヴィオがそう声を張ると、窓辺に座っていた黄色のとんがり帽の男――シトリーが立ち上がって、ステップを踏みながらテーブルへと近付いてきます。


「ああ、ボクはなんて幸せ者だろう! 一日の終わりにこうして食事が食べられるなんて!」

おにいさま(・・・・・)、なにもしてないからペナルティだよ」

「エメラッド、お前が言うことかよ」


 七人の男たちは言い合いながらも、こうして賑やかな夕食の時間を始めるのでした。

 

 ルヴィオ、マンダリ、シトリー、エメラッド、サファイ、カイヤナ、アメジ。

 ここは森の奥にあるとんがり屋根のお家。そして七人の小人の兄弟が住む、小人の家なのです。


  

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