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二章(3)

 募集していた書記に、見上が立候補したことは瞬く間に噂になった。

 小夜子は放課後になると、いつものように伊織のところに来て、なにやら作戦を話している。今日は会議の日だから、早く行かなければならない。

「いい、この際見上のことはいい。今日の課題は和泉と恋バナすること!」

「またしょうもないこと考えてますね」

 なんの作戦だかはよくわからないが、しょうもない計画のように感じた。

「もう一つのプランのほうがいい? ちなみにそのプランはキミが女装を――」

「えっと、恋バナですよね。頑張ってみます」

 小夜子の言葉を遮って答える。なんだかとんでもないことを言いだしたような気がしたが、きっと気のせいだ。

「やる気があるのはいいことだ」

 そう言って、ポン、と肩を叩く。

「じゃ、報告待ってるから!」

「はい」

 生徒会室へ向かう。会議の準備をしなければ。

 お茶を汲んでいると、すぐに時間は経った。

「えっと、結論から言うと、書記に立候補してきたのは一人しかいない」

「……」

 みんな黙っている。もうこの中で和泉に逆らう者はいない。静まり返った部屋の中に、和泉の声だけが響く。

「二年の見上だ。他に推薦したい者がいなければ決定したいんだが」

「……」

 無言が続く。猫のことを、今言ったほうがいいのだろうか。

「いなければ決定ということで書類を用意するが」

 いやでも、証拠があるわけではない。今そんなことを言ったら、竹本の二の舞になることは明白だった。

「……」

 結局言えなかった。まだ明るい時間なのに、会議が終わってしまった。

「じゃあ、そういうことで。今日は解散」

 今までにないスピード会議だ。みんな帰り支度を始めている。

「どうした。帰らないのか?」

 和泉は帰らない伊織を不審に思ったのか、ちょっと警戒してる様子だ。

「あの、会長。ちょっとお話が……」

「なに?」

 強めの口調。しかし、ここは小夜子の作戦を信じるしかない。ああ見えて、彼女は色々と考えている。

「先輩って彼女とかいらっしゃるんですか?」

 唐突すぎたかもしれない。

「どうした突然?」

 やっぱり、唐突すぎた。和泉も驚いている。

「えっと、小夜子先輩のあれも迷惑そうでしたし、いるのかなーって思いまして」

「ほう……」

 考えている様子。もうこちらの思惑は全て読まれているのかもしれない。小夜子の名前を出したのは失敗だったかもしれない。

「こうしよう、恋愛に関して、はい、か、いいえ、で答えられる質問を五つだけ受け付ける。その代わり糸杉君も、こちらの質問に五つ答えてくれ。嘘をつくのはなしだ」

「えっと……」

 リスキーか。あまり考えていると、小夜子の差し金ということもバレそうだ。

「やるか?」

 考えている暇などない。

「はい、やります」

 答えてしまった。心臓がどきどきしている。何をきいたらいいのか、こんなことになるなんて思っていなかったから、なにも思いつかない。

「じゃあそっちからどうぞ」

 和泉が促してくる。仕方ない。聞きたいことを訊こう。それが一番いいに決まっている。

「えっと、じゃあ、彼女はいますか?」

「いいえ」

 これは次々質問していいものなのか、一瞬黙って和泉を見ると、次の質問を促すように、目線で訴えかけてきた。

「好きな人はいますか?」

「はい」

 見境ないタイプではなかったようだ。どんどん訊いていこう。

「その人はこの学校の人ですか?」

「はい」

「生徒ですか?」

「はい」

 そう答えると、和泉は大きく息を吐いた。

「あとひとつだぞ」

「わかってます」

 どうしよう、ゲイなのか聞くべきだろうか。いやでもそんなことは聞けない。

「三年生ですか?」

「はい」

 あっさりと終わった。手にかいていた汗が引いていくのがわかる。

「なにか収穫はあったか?」

「いえ……あまり」

「そう、じゃあこっちからいくぞ」

「どうぞ」

 和泉はあまり考え込む様子もなく、すらすらと質問を始めた。

「空蝉とは付き合っているのか?」

「いいえ」

「空蝉には恋人がいる?」

 少し考えてしまう。そんなこと、聞いたことがないけれど、実際どうなのだろう。

「えっと、たぶん、いいえ」

「知らないなら構わない。糸杉君は恋人がいるのか?」

「いいえ」

「年上がタイプ?」

「……はい」

 そんなことまで訊かれるとは、なかなか抜け目ないタイプだ。

「空蝉のことが好きか?」

「……えっと、たぶん、いいえ」

「へぇ……」

 疑ったような目を向けられたが、すぐに和泉は扉のほうを向いた。

「じゃあ帰るか」

 そう言って、荷物を持つ。

「鍵を閉めるから帰ってくれ」

 下校の放送までは時間があるが、帰ろう。

「あ、終わったんだ! おつかれ!」

 小夜子が廊下で待っていた。こんな時間から待っているなんて、暇なのだろうか。それとも、やはり和泉のことが気になっているのか。

「また君か」

 和泉は、呆れたようにため息をつく。

「悪いですかー?」

 あえて敬語で接している小夜子にも、動じない。

「いや、文句はない。もっと他のことに労力を使おうとは思わないのか、と思うだけで」

「勉強とか?」

 小夜子が訊ねると、和泉はまた盛大に息を吐いた。

「そうだな、受験生だろう」

「ま、そのへんはうまくするつもりだから」

 どこからくるのかわからないが自信があるような言い方だ。

「ほう、まぁ頑張ってくれ」

 和泉も小夜子の物言いには慣れたもので、軽く流す。

「ねぇ、今日はなに話してたの?」

 伊織に話かけてきて、今日の会議を思い出す。

「見上先輩が書記になるってことです」

 伊織が早口で答える。この二人に長時間会話をさせると、絶対に喧嘩になることは学んでいた。

「へぇ、おおかた、他にやりたがるやつがいなかったんでしょ」

「君には関係ない」

 小夜子は無視して話を続ける。

「それで? それだけでこんなに時間かかってたわけじゃないでしょ? 他のメンバーより残ってたみたいだし」

「あぁ、恋バナ? ですかね」

 そう言うと、ウインクをしてくる。

「へぇ……、で何がわかったの?」

 澄ました顔をしているが、思惑通りに行って嬉しいのだろう、少し楽しそうだ。

「和泉先輩は、三年生に好きな人がいるって」

「へぇ、女?」

「ちょっと!」

 平然と訊く小夜子を、たしなめる。当の和泉は、平然とした様子だ。

「それは質問されなかったな」

「ちょっと、聞かなかったの?」

 責められて、少し怖い。

「さすがに失礼じゃないですか。それにそんなこと聞けませんよ」

 おずおずと答えると、小夜子はばっさりと言い切った。

「そういうところで遠慮しないほうがいいよ」

「すいません」

 そう言われると反論できない。謝るほかない。

「まぁでも。私の美貌に見向きもしないから、怪しいけどねー」

 そう言いながら、廊下を進む。

「うるさい女は嫌いだ」

「あっそ」

「あの、僕こっちなんで、それじゃあ……」

 この二人を二人きりにするのは憚れるが、背に腹は代えられない。誰だって自分の身がかわいいものだ。

「え、送ってってよ」

 逃げようとしたのがばれたのか、小夜子にそう言われると逆らえない。なんだか怒っている様子だし、これ以上怒らせないほうがいいに決まっている。

「あ、はい」

 そうこうしている間に、校門を出て、帰路を歩く。

「君たち恋人同士ではないんだよな」

「だからなに? あんたには関係ないでしょ」

 小夜子は怒ったまま、和泉を睨み付けるが、なにかに気づいたのか、伊織のほうを向いた。

「てかなに、なんか喋ったわけ?」

「……すいません」

 伊織が謝ると、和泉が強い口調で小夜子に言った。

「ギブアンドテイクって、君の好きな言葉だろう。俺のことを探るなら、それなりに覚悟してもらわないと」

「うっざ。ていうか、どこまでついてくんの? もう退場してよ」

 和泉の言葉に小夜子は本気で怒ったようだ。どうしてこの二人はそんなに仲が悪いのだろう。

「俺の家もこっちなんだが」

「あぁそうですかー」

「あの、じゃあ僕はこの辺で……」

 なんだか険悪な雰囲気だ。早く家に帰りたい。

「送ってってって言ったじゃん。それにこいつと一緒に帰宅とか、気持ち悪すぎて吐く」

「言い過ぎですよ」

 あまりにも失礼だと思ったが、強く注意できずに歩き出す。

「本当に失礼だな」

「眼鏡は黙ってろ」

「眼鏡は悪口だ」

「今更なに言ってんの?」

 売り言葉に買い言葉とはこのことを言うのだろう。喧嘩は本当にやめてほしい。止めるこちらの身になって欲しい。

「あのう、そんなに喧嘩しないでください」

「あーあ、後輩にこんなこと言わせちゃって、先輩恥ずかしー」

 小夜子が煽ると、和泉も少し怒っている様子を見せた。

「その言葉、そっくりそのまま返す」

「はぁ? あんたの後輩でしょ?」

「あの、小夜子先輩も、そんなに突っかからないで!」

 伊織の言葉に、和泉が嘲笑する。

「だってさ。小夜子せ、ん、ぱ、い」

「和泉先輩は黙っててください」

 そんなやり取りをしていると、小夜子がいち早く駆け出した。

「あ、じゃあ私こっちだから、じゃあねー」

 すごく、ボロい家だった。広さもそんなにないように思えるし、屋根も傾いている。

「あいつ本当に貧乏なんだな」

 和泉が少し驚いた様子で、家を眺める。

「あの、じゃあ僕帰りますね」

「あぁ、おつかれ」

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