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一章(4)

「ねぇ、竹本、本当に学校来ないね」

 放課後になると、小夜子が教室に来るのは日課になりつつあった。今日は生徒会の仕事のない日だというのに、そういうことは関係ないようだ。

 雑談をしながら校門に向かう。しかし、そんな話題が出るということは、やはり小夜子も気になっているのだろう。もっとも、学校中がその話でもちきりなのだからしばらくは仕方がないことなのかもしれない。

「そうですね。そういえば、見上先輩は放送部辞めたらしいですよ」

「らしいね。自分から辞めたって。ますます怪しい」

 そんな噂が瞬く間に広まっていた。怪しいといえば、怪しい要素はたくさんあるのだが、それだけで疑うのもはばかられる。

 辞任したというのも、噂の影響が少なからずあるのではないか、と伊織は思った。

「ねぇ、なに? 僕の話?」

「うわっ!」

 突然に後ろから声がした。飛び上がって驚いてしまったが、それは伊織だけで小夜子は平然としている。

 唐突に声をかけられたら誰だって驚くだろうに、小夜子の神経がますますわからなくなる。

「怪しいってなんですか?」

 噂をすればなんとやら、というやつか、本人である見上が立っていた。

 驚きと、少しの恐怖で言葉がすぐにでてこない。

「いえ。なんでも……」

 やっと言葉を絞り出し、なんとか曖昧な笑みを浮かべる。

 この場はなんとか取り繕って逃げよう。

 そう考え、頭をフル回転させ言い訳のパターンをいくつか考える。しかしそんな伊織の努力は虚しく、小夜子が返事をした。

「あんたさ、あの日なにしてた?」

 責めるような口調。強気な物言い。普通なら怯んでしまうであろうが、見上は真っ直ぐに小夜子を見て答えた。

「あの日ってどの日ですか? 空蝉先輩」

 しれっとそんなことを訊いてくる。小夜子もにっこりと笑っているが、内心はこの穏やかな表情とは違うはずだ。

 見えない攻防を見ているような気分になる。いや、気分ではなく、実際そうなのだろう。

「それは猫が殺されてた日だよ」

 当たり前、とでも言いたげな口調。

 相変わらず見上は怯まずに、さらりと言葉を返す。

「猫なんてどこでも死んでますよ、それに……」

 一度言葉を切って、伊織のほうを見る。しかしそれは一瞬で、すぐに小夜子のほうを見た。

 一瞬こちらを見られ、どきりとする。なにも後ろめたいことなどないのに、すべて見透かしそうなそんな冷たい目をしていた。

「それに、なんの用事もないのに学校に残ってた先輩のほうがずっと怪しいと思いますけど」

 口の端だけを少し釣り上げて見上はそんなことを言う。

 たしかに用事もなく学校に残っていた小夜子も怪しいといえば怪しいはずだ。しかし、マスコミ部からの取材も含め、疑われている様子はない。

「言うね、あんた」

 小夜子は鞄を持ち直し、長い髪をさらりと掻き上げる。なにか言い返す言葉を探しているように見上を睨み付けたが、やがてため息をついて口を閉じた。

「そうですか? ありがとうございます」

 あまり変わらない表情のまま、見上は礼を言う。嬉しそうでもなんでもなく、表情と言葉のギャップが少し怖いほどだ。

「褒めてないよ」

 小夜子は腕組みをし、見上を見ている。見上のほうは、この攻防に飽きたのか、欠伸をし始めた。

「じゃあ、僕はそろそろ失礼します。疲れたし」

 そう言って、登場したときと同様、すぐにその場を立ち去った。その後ろ姿を、小夜子は睨みつけている。

 今日は生徒会もないし、自分もこの場を去った方が賢明かもしれない。

「あの、じゃあ僕も……」

 そう言って立ち去ろうとしたとき、前方から見知った声がした。

「あれ? 今帰り? いつも一緒だね。仲良いんだね」

 久美だった。小夜子の纏っていた雰囲気が、がらりと変わる。

「久美さん!」

 にっこりと自然な笑みまで浮かべている。さっきまでの険悪な雰囲気はもうどこにもない。

「兄さん。今日はどうしたんですか?」

 久美に駆け寄る小夜子の後を追う。

「いや、久しぶりに来たから。母校だし挨拶しようと思って」

「母校?」

 久美の言葉に、小夜子は不思議そうな顔をする。

「兄さんもここ出身なんです」

「へぇ」

 首を傾げら小夜子に説明をする。小さい町だから、中学校は限られる。地元の人間なら、だいたいはこの中学に通うのだ。

「変わっちゃってるかな、あの頃はこっちの校舎もなかったし。案内してくれる?」

 新校舎を指差しながら言う。

「あの、私も行きます!」

 小夜子はもうノリノリだ。さっきまでの禍々しいオーラはどこへ消えたのか。

「そう、とりあえず、職員室教えて」

「はい」

 三人で職員室へ向かう。玄関を通ると、例の血文字だった場所が見えた。

「ねぇ、ここどうしたの?」

 不自然に、一部分だけ綺麗になった壁を見て、久美は訊ねる。放課後ということもあり、まばらだがほかの生徒もいる。

「あぁ、ここは。あとで説明します」

「そ、頼むよ」

 早口でそう言うと、久美はあっさりと引き下がった。

 職員室に到着すると、久美は挨拶をすると言って一人で中に入っていった。伊織と小夜子は二人で廊下で待つ。

 春の廊下はまだひんやりと寒い。小夜子は少し寒そうに腕をさすった。

「ね、久美さんなら、“かくれんぼ”について知ってるかも」

 ふと、そんなことを口にする。

 たしかにそうだ。この中学出身ということならば、昔から続いているという風習についても詳しいだろう。

 竹本がいなくなったことや、猫の事件、カンニング事件とかいうものもなにか関わっている可能性もある。それを探るためにも、やはりきっかけとなった“かくれんぼ”について聞いてみるのは悪い選択ではないはずだ。

「たしかに、聞いてみましょうか」

 そう答えるとすぐに、久美が職員室から出てきた。来客の名刺を首から下げている。

「で、あの壁はなに?」

 さっそくその話を振ってくる。いつまでもはぐらかす訳にはいかないようだ。

「わからないんです。朝来たら、猫が殺されてて。生徒も一人行方不明で……」

 小夜子が早口で説明する。こちらに目線で、余計な事は言うな、と合図を送ってきた。

「へぇ、そういえば今年は……」

 久美はそう言って、言葉をつぐむ。なにか知っているのだろうか。

 小夜子のほうを見ると、今度はなにか言うように、と何度も目配せをしてきていた。

「あ、あの、兄さん。“かくれんぼ”って行事、兄さんのときにもやってたんですか?」

 思い切って聞いてみる。これでなにかわかるというなら儲けものだ。

「ん? なにそれ? そんなのないよ? 俺の卒業したあとじゃない?」

 よくわかっていない様子だ。しかしすぐに、何か思い出したように小さく呟く。

「でも、“ひとりかくれんぼ”ならあったな」

「それって有名な降霊術ですよね」

 たしか人形を使った降霊術だった記憶がある。危険だからやるな、と昔禁止令が出されていた。こっくりさんはでなかったことに、当時不思議に思ったものだ。

「そ、そのときは今のこっちの校舎。旧校舎しかなくてね。“ひとりかくれんぼ”をすると、隠された教室が出てくるって噂だったんだ。俺が三年生のときにも行方不明者がでたんだ。もちろん、壁に血文字はなかったけど」

 久美は、「本当に血文字なんてあったの?」と笑って見せた。

「“ひとりかくれんぼ”をして、行方不明になったって話だったよ。当時の新聞部のやつがネタ欲しさにやったんだ。結局みつからなくて、隠された教室を見つけて、出られなくなったって言われてる」

 なんだか怖い話だ。でも、そこまで信ぴょう性のない話なのに、実際に行方不明者が出たというところに、不気味さを感じる。

「それって、今も見つかってないとか?」

 そんな話、あるのだろうか。もう何年も前の話だ。もしそれが本当だとしたら、今頃は……いや考えないほうがいい。

「そう、それで、今新聞部はないんだ。そのあとマスコミ同好会ができたけど、そのあと卒業したから俺はよくわからない。ただ――」

「ただ?」

 久美は言葉を一度切った。話を続けるかどうか逡巡していたが、すぐに決心がついたのか口を開く。

「“ひとりかくれんぼ”は終わらせないといけないんだ。でも、そいつはたぶん終わらせてない」

 たぶん、と言いながらも確信を持っているような言い方。なにか証拠でも掴んでいるのだろうか。

「どうしてそう思うんです?」

 伊織が訊ねると、久美は再び旧校舎のほうを見た。

「あの校舎が、そんなこともあるのに今も使われているのはどうしてだと思う?」

 たしかに言われてみればおかしな話だ。生徒数だってそんなに多いわけではないから、新校舎だけでも、教室は足りているはず。現に今の新校舎には、空き教室がたくさんある。

「そりゃ、もったいないじゃないですか。いちいち取り壊してたら、お金かかるし」

 小夜子の言葉に、久美は笑う。もったいない精神の力は恐ろしい。

「まぁそれもあるけど。取り壊しの話も出たんだよ。でも、できなかった。事故が起きるから。だからまだ、あの校舎はなにかあるんじゃないかな? 行きたいとは思わないけど。行く機会があったら気を付けえね。特に小夜子ちゃんは女の子だしね」

 久美の言葉に、小夜子らテンションが上がったらしい。

「そうですね、気をつけます! ありがとうございます」

 浮かれてる小夜子は、スキップでもしそうな勢いだ。

 廊下を軽い足取りで進んでいく。

「あ、ちょっと糸杉君、いいかな」

 角を曲がったとき、どういうわけか和泉がやってきた。伊織のことを探していたのか、少し疲れた様子だ。放送で呼び出すこともできたはずなのに、それもしていない。なんだか不自然だ。

「なんですか?」

 伊織が和泉のほうへ行くと、小夜子はさらに嬉しそうに久美に近づいた。

「あ、大丈夫ですよ。久美さんは私がちゃんと案内するんで」

 小夜子は軽く久美の腕を掴みながらそんなことを言う。

「あ、そう。じゃあ頼むよ」

 久美は苦笑いで、小夜子に返事をする。

「はぁ、じゃあ行ってきます」

 そう言って、和泉と少し離れた、人気のない場所へと歩く。なにか話しづらい内容なのだろうか。放送も使わなかったし、重要な話だったらどうしよう。

「なんですか?」

 和泉はなんだか神妙な顔をしている。どうしたのだろう。

「あの女に聞いたのか?」

 突然にそんなことを訊かれる。なんの話だろうか。

「えっと、何をですか?」

「いや、聞いてないならいいんだが」

 はっきりしない物言い。なにか隠し事があるとか、小夜子に弱みを握られているとかがあるのだろうか。簡単な話ではないのは和泉の表情を見ればすぐにわかる。

「あの女とあんまり嗅ぎ回るようなら、生徒会を辞めてもらいたい」

 和泉はいつもの強気の姿勢ではなく、なんだか疲れたように言葉を吐き出した。

「えっと、僕は別にそういうつもりじゃ……」

 生徒会を辞めるのは別に構わないが、色々と誤解を受けている気がする。言い淀んでいるうちに、和泉は言葉を続けた。

「俺あの日、鍵と部屋の始末のためにちょっと残ってた。でも聞いた、あの悲鳴」

「あ、それは僕も聞きました」

 今思えばあれは竹本の声なのだろう。伊織と、一緒にいた小夜子も聞いていた。だからそれ自体はなにもおかしいことではない。

「それで、聞いたんだよ、なにかを引きずってる音」

「引きずる音、ですか?」

 どういうことだろう。旧校舎にあった血のあと、あれも関係しているのだろうか。

 しかし伊織も小夜子も、そんな音は聞いていない。そんな音が当日していたという噂すら流れていない。ということは、和泉だけが聞いていたということだろうか。

「そのあとすぐに帰ったけど、そのときに猫はいたけど、血文字はなかった」

「あ、そうですよね、僕も猫は見ました」

 血文字は見ていないが、猫はたしかにいた。時系列的にも、なにも矛盾はない。

「あの女と一緒に帰ったんだよな」

「あぁ、そうですよ」

「まぁいい。それだけだ」

「はぁ……」

 結局和泉はなにが聞きたかったのだろう。

 和泉が立ち去ると、入れ替わりに小夜子がやって来た。

「あ、あのね。久美さん、仕事が急遽入ったから、東京に戻るって」

「そうですか」

 小夜子の纏う雰囲気は、久美がいなくなると、真面目なものになっていた。真面目な雰囲気のまま、強い口調で言う。

「和泉となに話してたの?」

「えっと、和泉先輩も悲鳴を聞いたそうです。そのあとすぐ帰ったけど血文字はなかったって」

 小夜子が強い口調ということもあり、少し言い淀んでしまう。どこまで話すべきか、悩んでしまう。重要な話は、小夜子にあまりしないほうがいいのかもしれない。

 それに、あまり関わると生徒会を辞めることにもなりかねない。それは別に構わないが、なんだか推薦してくれた人に申し訳ない。

「ふうん」

 小夜子は伊織の説明が、かなりはしょったものであることに不満を持っているようだったが、一応納得したようだ。

「どう思います?」

 小夜子は、何か考えているように顎に手を当てる。

「それが嘘か本当かは別にして、あいつにはやましいことか、隠してることがあるってこと」

「それは、そうかもしれませんけど」

 たしかに、そんな雰囲気を感じた。けれど、そこまで察する小夜子は敵に回さないほうがいいかもしれない。洞察力が思った以上にある。

「他になにか聞かれた?」

「小夜子先輩から何か聞いたかって」

「ふーん、で?」

「なにもいってませんよ」

 すぐに答えたが、一瞬小夜子は恐ろしいオーラを纏っていた。すぐにいつもの小夜子に戻る。

「そ、ならいいけど。やっぱり和泉のことは調べたほうがいいかもね」

「どうするんですか?」

 訊ねると、小夜子は自信にあふれた様子でウインクをして見せる。

「私が本気を出せば、あんなやつ、イチコロだって」

「嫌な予感しかしないんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫、私の美貌をもってすれば一発だから!」

 自信満々に言い切る小夜子に、不安しか覚えなかった。絶対大丈夫ではないことは確信できた。

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