表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

番外編(2)

松坂牛の行方


 夏休み中には大きな祭りがある。伊織はそんなものに興味はなかったが、和泉が突然家を訪ねてきた。

「今日がなんの日か知ってるか?」

 唐突にそんなことを言う。たしかに、遠くの方で太鼓や笛の音がしているのはわかっていたが、和泉とその関連性を頭の中で結びつけることができず、伊織は混乱した。

「なんでもない日……」

 混乱した頭では、どこかのおとぎ話のようなセリフを吐くことが精一杯だ。

「はぁ……」

 和泉は小さくため息をついて、少し黙った。

 重い沈黙が下りると、遠くの祭囃子がより近くに感じられた。

「お前、この音聞こえてるだろ?」

 そこで初めて、これは祭りの誘いなのでは、という考えに至る。

「もしかして生徒会で行くとかですか?」

 それなら考えられる。しかし、こんな遠まわしな誘い方をするだろうか。

「いや、そういうわけじゃないが……」

 奥歯に物が挟まったような言い方。なんだか嫌な予感がする。

「言っときますけど、夏実さんを誘うのは自分でしてください」

 少し強めの口調で言う。面倒事に巻き込まれるのはまっぴらごめんだった。

「空蝉と同じこと言うなよ……」

 しょげたような和泉の言葉に、少し同情する。

 小夜子にも、同じことをしたとは――相当、こう、心を抉ることを言われたのだろう。

「それはすみません」

 しかし夏実を誘うなら自分ですればいいじゃないか。そうは思ったが、まぁきっと色々あるのだろう。例のカンニング事件で夏実の親は怒っているようだし、おおかた、みんなで遊ぶという口実ができれば行きやすいと考えたのだろう。

「それで、小夜子先輩には断られたんですね」

「機嫌が悪かったみたいで……弟や妹の面倒がどうとか言ってて」

 和泉は、再びため息をついてから言葉を吐いた。

 たしかに小夜子は下に多くの兄弟がいると言っていた。祭りとなれば、その世話は大変だろう。

「わかりました」

 伊織はゆっくりと頷いてから和泉を見た。パッと明るい表情になり、笑顔を見せる。

「本当か?」

「仕方ないですよね。夏実さんには僕から電話するので電話番号教えてください」



「いやでも祭りって久しぶりだな」

 りんご飴をガリガリ齧りながら夏実は言う。その後ろを歩きならが和泉は口を開いた。

「去年も来ただろ」

 なんだか居たたまれない。帰りたい。どうしてこんなことを了承してしまったのだろう。

 和泉はそっけない様子で返事をしてみせたが、心なしか少し嬉しそうだ。伊織は二人の後ろをついて歩いているので、表情はうかがい知ることはできなかった。

「そーだっけ。まぁでも一年経ってるから久しぶりだろ!」

 そんなことを言いながら笑い声をあげる。その理屈でいうと、祭り自体久しぶりなのだが、その辺どうなのだろう。

 色々と言いたいことはあったが、ぐっと飲みこむ。

「そうだな」

 和泉は苦笑い、といったところだろうか。相槌を打って、歩を進める。

「あっ、ビンゴ大会だって」

 夏実は大きく書かれた『ビンゴ大会』の文字を指差した。

「ビンゴ好きだったか?」

 和泉は首を傾げ、ざわついている周囲を見渡す。

「気分気分!」

 夏実は軽い足取りで受付の方へと歩く。

 そのときだった。不意に後ろから肩を叩かれ、びっくりして振り向く。

「見上……先輩」

 ちょっとした恐怖を覚える。見上には、そんな雰囲気がある。

「なに? そんなに怯えた顔しなくても大丈夫だよ」

 目を細め、少し不貞腐れたような表情を見せる。そして、受付に並ぶ夏実と和泉を一瞥して、また伊織の方をみる。

「ビンゴ大会はやめたほうがいいよ」

 淡々とした声で言う。すぐに理由を聞こうと口を開いたが、怖くなって一瞬躊躇した。

「一等の松坂牛、盗まれたみたいだよ」

 伊織の質問を待つことなく、見上は言葉を紡いだ。

「なんかビンゴ中止だってー」

 受付から戻ってきた夏実は、しょげた様子で顔を顰めた。

「別の場所に行こう」

 和泉は、花火を見るために人々が集まる広場とは反対方向を示して言った。

「なに、そっちなんかあるの?」

 夏実が訊ねると、和泉は目を逸らしながら答えた。

「聞いた話だが、廃墟、というか『ポルターガイストの家』と呼ばれている家があるらしい」

 和泉がこのような噂話に精通しているのは意外だった。花火の場所取りにはもう間に合わない、となればそこに行くしかないのだろうか。

「いーじゃん! 行こ行こ!」

 夏実も乗り気のようで、三人は祭囃子を背にして歩き始めた。



「なんか、寒くね?」

 夏だというのにそこはひんやりとした空気を纏っていた。恐る恐る歩を進めていくと、小さな人影がゆらゆらと揺れている。

「え、誰?」

 伊織は目を凝らすが、遠くてよく見えない。和泉も同じらしく、眼鏡を外して拭き、またかけ直す。

「なんでこんなとこに一人でいるんだろう?」

 夏実だけは見えているらしく、「小さい女の子が一人でいる」と小声で言った。

「近くに行こう」

 ポルターガイスト現象は今のところ一切起きていない。ただの廃墟、なのだろうか。

「ねぇ、君名前は?」

 夏実が人好きのする笑みを浮かべて女の子に話しかける。近くで見ると普通の女の子で、幽霊ではなさそうだ。

「空蝉夕子……」

「空蝉?」

 女の子の返答に、和泉が聞き返す。こんな珍しい苗字、この辺りではそうそういない。

「はぐれちゃったの?」

「うん」

 女の子は手を後ろに回したまま、微動だにしない。素直に返事はするが、最低限のものだ。

「何持ってるの?」

 伊織は気になって、そう言葉を放つ。その瞬間女の子は後ずさりをして、目に涙を浮かべた。

「なんだ? これ」

 和泉は女の子が隠していたものを奪い取り、ビニール越しに目を凝らす。

「これあれじゃね? 肉」

「肉? こわ」

 もしかして、この肉は……。

「ちょっと見せてください」

 和泉からひったくるようにしてそれを奪い取る。ラベルを探して暗い中目を凝らす。やはり、そうだ。

「これ松坂牛ですよ」

「え、それって……」

 和泉はピンときたようで、女の子を驚きの眼差しで見る。夏実はまだ自体が飲み込めていない様子で、首を傾げた。

「だって、だって……」

 夕子は目に涙を浮かべながら、嗚咽を漏らす。

「やっちゃいけないって、わかってるんだろ? みんなで謝れば大丈夫だ」

 和泉はしゃがみこんで、夕子の頭を撫でた。

「うわ」

 ちょっと意外な展開に、声が漏れる。

「なんだ? とにかく空蝉も探してるだろう。謝ったら家に届けよう」

 すごい威圧感に頷くしかない。それに、本当に正しいことしか言っていない。

「俺はどうしたらいい?」

 夏実はきょとんとした様子で訊ねる。

「一緒にきてくれればいい、あとで説明する」

 和泉は夕子の手を引いて、ポルターガイストの家をあとにした。

 遠くで花火の音が聞こえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ