四章(1)
なんとか親戚の集まりの前日に、久美と会う約束を取り付けることができた。
放課後に家の前で待ち合わせをする。
学校から直接一緒に行こうと思っていたが、なにか予定があるとかで、先に待つことになったのだ。
「どうしたんですか!?」
ふらりと小夜子が姿を現したが、すぐには彼女とはわからなかった。
髪の毛が短くなっている。
「え、なにが?」
心底不思議そうな声色で小夜子は首を傾げる。
「いや、なにがって……」
なんでもないことのように答えるので、拍子抜けしてしまう。
「やっぱさ、ロリで攻めようかなって思って」
「はぁ……」
答えに困る。こういう人だとは思わなかった。
「ていうか先輩ってそういうタイプだったんですね」
本当に驚きだ。
「そういうってなに?」
「他人の好みに合わせるってことですよ」
「ふっ」
鼻で笑う。髪を切っても性格は変わらないようだ。
「なんですか」
なんだかムッとする。こちらも気に触ることを言ったかもしれないが、鼻で笑うことはないのではないか。
「愚かな、髪の毛なんてすぐに伸びる。世の中金だよ」
そう言いながら、さながら悪役のような笑い方をする。
「はぁ……まぁいいです」
これ以上話しても無駄なだけだ。疲れるし、時間も無駄だ。
「ねぇ、なにしてるの? 早く上がりなよ」
久美が玄関から出てきた。声がうるさかっただろうか。
「はーい」
小夜子はかわいらしくそう答えて、振り返る。
髪の毛はそんなに靡かなくなったが、柔らかく風に吹かれる。
「あれ、小夜子ちゃん? 雰囲気変わった? かわいくなったね」
「えー、そうですかー? 褒めてもなにもでませんよー」
ノリの良い感じで、にっこりと笑う。
「いやいや、本当に」
「本当ですか、ありがとうございますー」
客間に通して、座布団に座る。久美は台所から立派な箱を持ってきた。
「今日のお菓子はカステラだよ」
「おおっ!」
「ケーキじゃなくてごめんね」
久美はそう言いながらお茶を淹れる。
「いやいや、おいしいです」
さっそく食べている。仕事が早い。
「そう、よかった」
久美は笑いながら、お茶を置いて、カステラを口に入れる。
「ていうか、彼氏いるの? 伊織とは付き合ってないんだよね」
「はい、私年上好きなんでー」
なんだか仲の良い感じで話が進む。自分が場違いな気分だ。
「ほんとに? どこまで年上ならいける?」
「えー、そうですねー――」
「ちょっと待ってください!」
このままでは話が違う方向に進んでしまう。
「なに? いいところなんだけど」
「そうだよ。あ、カステラ、もう一ついただけますか?」
「どうぞ」
二人して伊織を責める。なんてことだ。頭を抱えたくなる。
「先輩、聞きたいことがあったんじゃないんですか?」
伊織がそう詰め寄ると、久美が不思議そうな顔をする。
「なに、俺に?」
「あぁ、そうだった。忘れてた」
今思い出したかのような表情を作るが、絶対に嘘だ。そうに違いない。
「忘れないでください」
これは絶対に覚えていた顔だ。まったくいい性格をしている。
小夜子は小さく咳払いをして、真面目な表情になった。
「久美さんって、昔新聞部だったんですよね」
「あ、あぁ。そうだね」
言いづらいこことなのだろう。久美はあまり答えたくない様子だ。
「行方不明になった人って知り合いだったんですよね」
「あー、まぁ。ちょっと知ってるって程度だよ」
「どんな人でした?」
そう訊ねると、久美の表情が曇る。言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
「あいつ、俺の名前のこと、バカにしてきたし。かなりウザかった」
「比較的嫌われてたってことですか?」
久美は昔から名前をいじられることを嫌っていた。そこをいじられるのは嫌だったろう。
「そりゃそうだよ。まぁみんなにってわけじゃないけど……こういっちゃあれだけど、かなり問題児だったし」
「じゃあ、その……例のひとりかくれんぼは――」
核心部分に触れてみる。久美は困った様子で笑った。
「あぁ、あれは周りにノせられてやってたんじゃない?」
「どこでやったとか、聞きました?」
「どこっていうか、人形を置いてあったのは、たしか四階の3‐Bじゃなかったかな」
二年生の教室は二階までだから、今は使われていない教室だ。
「よく知ってますね」
「聞いたから、ていうか、言いふらしてたし」
「へぇ……」
小夜子は何か考えるように顎に手を当て、しかしすぐにかわいらしい顔を久美に向けた。
「あ、そろそろ帰ります。暗くなってきたし」
「あ、そう。送るよ」
「え、あー今日は大丈夫です。伊織君が送ってくれるそうですし」
「え?」
突然自分に振られ、おもわず小夜子のほうを見る。
「あ、そうなの? じゃあ今度ね」
久美は以外とあっさり引いた。
すぐに玄関から外に出る。
夕日が照らされている道を二人で歩く。
「どうしたんですか。兄さんと帰らなくていいんですか?」
「だって……」
小夜子は言いにくそうに口ごもると早口で答えた。
「私の家、あんなだから、見られたくないし」
「なんでそこでちょっと、見栄はるんですか?」
「はぁ? もっとキミは女心をわかるべきよね」
怒ったように一変、強い口調になる。
しかしすぐに前を向いて真面目に言った。
「そんなことより、ちょっと進展あったね」
「そうですね」
「キミのお兄さんはロリコンってことが確定した」
ドヤ顔でそんなことを言われても、腹が立つだけだ。これがかわいいと思う人もいるのだろうが、自分はそうではない。
「それじゃないですよね」
「え、一番の収穫じゃん」
「違いますよ! 本題のほうですよ」
「あぁ、あれね。共通点発見ってところかな」
不良ってことは同じだ。いなくなっても良い、という存在ということだった。
「わかってましたよね」
からかうのはやめて欲しい。なぜ一瞬ボケたのか反応に困るので、唐突にそんなことはしないで欲しい。。
「悪かった、悪かった。ちょっとふざけてみただけだって」
「あ、じゃあここで」
家の近くに着いたことがわかったので踵を返す。
「うん、おつかれ。ありがと」
「はい」
「あ、それと――」
呼び止められて、振り向く。小夜子はいつになくかわいらしい表情で夕日に照らされていた。
「今度は、久美さんとデートするために頑張るから!」
「なんの宣言ですかそれ」
「いやー、なんかね。やっぱり、カステラおいしかったなって思って」
「カステラはうちでもそんなに食べませんよ」
しかも良いお店のカステラだった。おいしかった。また食べたいがそうそう買えるものではないだろう。
「お客さんがくるからって、カステラ買えるのがすごいんだよ」
「そうですか……」
「じゃあ、また。テスト勉強頑張ってね」
「先輩も」
「あー、まぁぼちぼちそろそろ本気だすよ」
軽口を叩きながら答え、すぐに家のほうに向かってしまった。