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3:「約束ですよ」

 


 城での生活にもどうにか慣れはじめ、リゼにこの国のことを聞きながらお菓子と紅茶を楽しんでいたところで、来客があった。

 というかまあ、椎名くんなんだけど。


 元勇者の椎名くんの枷になるため、異世界へ呼ばれて早五日。基本常に侍女のリゼが、そして毎日椎名くんがいてくれて、私はゆっくりこの世界に馴染む準備をしていた。

 本当、椎名くんがいてくれなかったらこの世界を受け入れたりなんてとてもできなかったと思う。

 ……んだけどまあ、そう言うと本人は「受け入れなくちゃいけない状況をつくったのは僕だから」とか言って謝るので、椎名くん以外だと唯一の話し相手のリゼに言うにとどめている。

 リゼも、私が椎名くんの話をするとにこにこ笑ってきいてくれるので、すっかりいろいろ話してしまった。


 それはさておき、突然現れた椎名くんはあまり機嫌が良くなさそうだった。眉を顰めてリゼが出した紅茶をひとくち飲んでから、深々とため息を吐く。



「えーっと……」

「美結さん」

「は、はい」

「実は…姫を覚えてる? 君を呼んだ、アンドリア姫」

「あ、うん。もちろん」



 忘れられるわけがない。

 椎名くんに恋をしている、この国のお姫さま。そんでもって私を呼び寄せた張本人だ。

 異世界人の召喚なんて、古の魔法といえど簡単にできるのだろうかと思っていたのだけど、後々聞いた話アンドリア姫さまは魔王討伐の旅に随行できる魔法の使い手だそうで、実は、椎名くんを呼び出したのもお姫さまだったらしい。

 まあ、私を呼んだのは完全にアンドリア姫さまの独断だったらしいが。

 城の主たる国王陛下とは会えていないけれど、アンドリア姫さまから、そして元勇者椎名くんから直々に話があったとのことで、城での滞在を許されている。

 一庶民とそう簡単に会えるわけないだろうし、会ってもどうしていいやら困るので、それはいい。



「お姫さまが、どうかしたの?」

「君と話がしたいらしい。明日、茶会でもと」

「それは、また……」



 急な話である。

 この国の王女さま直々のお話とあらば拒めるわけもなく、しかし王族と会うための礼儀作法なんて知るわけもないのだけど……。

 お姫さまとは、召喚された初日に少し会ったくらいで、正直あんまりよくわからない人だなぁという印象だ。

 でも、好きな人のために他の女に縋るくらいだから、とても愛の深い人なのだろうということはわかる。そう言ったら、リゼは苦笑していたけど。

 でもやっぱり、簡単にできることじゃないと思うのだ。



「美結さんが嫌なら、断るとは伝えてあるから。それと、僕も同席する。アドルフも。侍女としてリゼも控えていられると思うから」

「そ、それは……ごねた?」

「かなり」



 ……なるほど。

 ますます行かないわけにはいかないだろう。仕方ない、腹を括るか。ちゃんと行くよと返事したら、椎名くんは残念そうに頷いた。正直だなあ。



「…あの、お姫さまのこと……」

「うん」

「……嫌い、とかじゃないよね?」



 私も、女の子だから。お姫さまの気持ちを想像するくらいはできる。

 正直いきなり呼ばれたことは複雑に思っているけど、椎名くんを思いやる気持ちは理解できるのだ。

 椎名くんは少し考えるように黙ったあと、うん、と頷いた。



「嫌いではないよ。一緒に旅した仲間だしね」

「……つまり?」

「すごく怒ってる」



 あちゃあ、という顔になった私に、椎名くんは困り顔で「こればっかりは、簡単に許すわけにはいかないから」と言った。

 うん、まあ……それは、わかる。

 召喚なんて、簡単にやっていいことじゃない。いくら椎名くんが死ぬかもしれなくても、実際に自殺行為をしたわけでもなかったのだから、先走りすぎとも言える。

 しかも私は別に椎名くんの恋人なんかじゃなかったわけで。お姫さまたちのほうはどう思っていたかわからないけど……。

 とにかく、他人を巻き込むことにもっと責任を持つべきだし、軽々しく住む世界の違う人間を引き寄せてはいけないと思う。

 そのあたりは椎名くんがさんざんお説教したと言っていたので、わかってくれていることを祈るばかりだ。



「えと、まぁ、その……ここにきてよかった! とかは、言えないけど……椎名くんがひとりじゃなくなったことは、本当によかったと思ってるから。…あんまり冷たくしちゃだめだよ?」

「……美結さんがそう言うなら……。でも、ちょっと甘すぎると思う。家族に会いたいでしょ?」

「会いたいよ」



 即答した私に、答えがわかりきっていただろう椎名くんもリゼも苦笑した。そんなの、当たり前だ。それとこれとは別だから。

 でも、お姫さまはお姫さまなのだ。この国でいちばんとうとい血を受け継ぐお姫さま。そんなお姫さまに悪感情を持たれていたら、この先この国で生きづらいもの。

 そう言うと、椎名くんはなんてことないように言う。



「この国を出ても、余裕で暮らしていけると思うよ? 行きたいなら行ってみる?」

「……えーっと」

「世界中の国をまわったことがあるし、勇者として王様と関わったことがある国もけっこうあるから。滞在したいって言ったら、喜んで協力してくれると思う」



 や、やばい。椎名くんってほんとハイスペックというか、どこでも生きていける……。

 思わずリゼを見ると、リゼは深く頷いてくれる。



「もちろん、リゼもお供致します」

「そうじゃないです!」

「けっこういい国もあった気がするなぁ。やっぱりごはんの美味しい国がいい? しばらく放浪してもいいかなぁ」

「い、いやいや、椎名くん? この国、出るなんて…多分、王さまが許さない、でしょ?」

「うん、そこはまぁね……。でも無理強いはできないだろうから、どうとでもなるよ?」

「う、ううんっ。まだこの世界にも慣れてないから!」



 私があわててそう言うと、椎名くんは残念そうにうなずいてくれた。でもいつか違う国も見てみたいから、落ち着いたら旅行してみようよという言葉にはしっかり頷いておく。楽しい予定について話しているほうが未来に希望が持てるから、あんなことがしてみたいとかこんなのがみたいだとか、そういったことはだいたい口にするようにしているのだけど、椎名くんは本当にすぐにでも叶えようとしてくれるので、嬉しいけれど止めるのにも四苦八苦だ。



「えと、明日だよね? 明日のお昼?」

「うん。僕が迎えに来るから」

「そ、そうなの、お世話かけます」



 これたぶんものすごく警戒してるよね?

 お姫さまに危害加えられたことはないし、召喚した張本人とはいえ城で住めるようにしてくれたのもお姫さま(……と椎名くん)だから、そんなに警戒しなくてもいいんじゃ……と思いはしたものの言わずにおく。

 私を気遣ってくれてるのはわかってるから。

 ぺこっと頭を下げた私に、椎名くんはにこって笑い返す。



「それと……明後日なんだけど」

「え!? 明後日もお姫さま?」

「じゃなくて……明後日は、僕と出掛けない? 城から出たことないでしょ?」

「行きたい!」



 お姫さまのときと違って一も二もなく飛び上がるようにして喜んだ私に、椎名くんも嬉しそうだった。うんうん、実はちょっと城の外にも興味あったんだよね。

 椎名くんと一緒なら怖いこともないだろうし、気を使うこともない。万々歳だ。



「じゃあ、リゼに支度手伝ってもらって。必要なものがあれば用意するから……」

「ないない! ありすぎて困るくらいだよ、ほんと! 椎名くんて、お坊ちゃまだっけ?」

「それこそないない。フツーの一般家庭出身だよ」



 そう、だよね、御曹司とかいう話、きいたことなかったもん。

 椎名くんは派手ではないけれど美少年といったふうの綺麗な顔立ちで、穏やかで相手が男でも女でも態度が変わらない、優しいしっかり者だったから、実は椎名くんの噂をしている女子ってけっこうな人数いたりした。

 それはクラスの派手な子とかじゃなくて、どちらかといえばおとなしい子にひっそり憧れられる感じの人気だったから、余計に噂という形で出回っていたわけで。

 実は私の耳にもそこそこ入ってたんだけど、そのなかでもそんなふうなことはきいたことがなかった。

 とゆーことは、この城で狂ったのかな? 金銭感覚。恐るべし、勇者さま!



「じゃ、とにかくそういうことで。明日もし何かあって姫を怒らせたりしても僕が絶対守るから、安心してあんまり緊張しないでね」

「そ、そんなことしないよ!? ……でも、頼りにしてるね。ありがとう、椎名くん」

「うん」



 いつもより短い滞在時間で、慌ただしく椎名くんは去っていった。去り際に残された優しい笑顔がなんとなく胸に残る。もともと優しかったけど、こっちに来てからは尚更甘い気がするなあ。

 ほうっと息を吐きながら紅茶をひとくち飲むと、くすりと傍らのリゼが笑う。



「ミコト様は、本当にミユ様に甘いですね」

「やっぱり、そう思う?」

「誰が見てもそう思うでしょうね」



 もしもこれが恋人同士なら、たぶん普通なのだろうけど。“傍にいる”約束はしたけど、私たちはそういう関係ではない。


 私と椎名くんって、なんなんだろうなあ。


 最近、不意にそんなことを考えてしまう。椎名くんは、誰が見たって疑いようのない態度で私に優しいし、基本的になにより私を優先してくれる。

 それは私だからなのか、それとも、“椎名くんのために召喚された地球人”だからなのか、考えても仕方のないことをぐるぐる考えてしまうのだ。

 ……ううん、暇だからだ! 考えることがないから、そんなバカなことを考えるに違いない。

 気を取り直すようにリゼが用意してくれたお菓子に手を伸ばしていると、そういえば、とリゼが口を開く。



「ミコト様、忙しそうでしたね。お仕事とかはないはずですけど……またアンドリア様かしら」

「お姫さま?」

「ええ……ここしばらくはそういえばなかったですが、ミユ様がいらっしゃる前はしょっちゅうアンドリア様からお呼び出しがありましたので……ミコト様は、部屋にいるかアンドリア様にお付き合いなさるかのどちらかでしたわね」

「それは……心配だったんだろうね。放っておくの」



 ほんと健気なお姫さまなんだな、と半ば感心する私に、リゼは微妙な顔である。



「ここしばらくは、ミコト様もミユ様の暮らしの手配などで自ら動いていましたし、ひとりで過ごす時間もぐっと減りましたもの。今更、呼び出す理由はないと思うのですが」

「いやいや……お姫さまって、椎名くんのこと好きなんだよね? そりゃ、好きな相手とは定期的に会いたいんじゃない? 他の女に構ってるわけだし……」

「そうは言いますけれど、その“他の女”を連れてきたのはアンドリア様でしょうに」



 た、たしかに。これ以上ない正論である。

 一応、私はお姫さまの求めたお役目の仕事はしているはずだけど、お姫さま的にはきっとそれも複雑なんだろうな。まあ、確かに自分勝手ではあるけど……。

 実際のところ椎名くんに優先されているのは私で、大事にされているなあと実感できるその扱いに不満も不安もない私には嫉妬心も芽生えそうにないから。

 やっぱり、健気だなあと感心するばかりなのである。



「うーん……」

「ミユ様は、ミコト様をお慕いしているのではないのですか?」

「う、うんっ? お、お慕い……っていうと、なんというか……」

「なんというか?」

「いや、まあ、お慕いしてるんだけどね……」



 それも、こちらにきてからの話ではない。地球にいた頃から、実はほんのり恋のようなものをしていた。

 仲が良かったから、そこからさらにどうこうなんてあんまり考えたことはなかったけど、もしも特別になれたら……なんて、夢想するくらいには。

 椎名くんの噂がそれとなーくなんとなーく耳に入っていたのも、私のその仄かな恋情が故で。

 だけど、まさか異世界に呼ばれて、三年前からこっちに呼ばれていた彼が放っておくと死んでしまいそうだから引き止めてください、なんて言われるとは、流石に夢の中でも考えたりしなかった。

 これまでは異世界というものに慣れるのが精一杯で、私の恋心についてはなかったことにしていたのである。



「なのに、アンドリア様のことは気にならないのですか?」

「……すごーく、性格の悪いことを言うとね?」



 私は、三年前からずっと椎名くん付きだったというこの侍女を信頼しているし、親しく思っている。だから、正直なところを明かすことにする。



「私が、“お姫さまの近くにいたくない、遠くに行きたい! でも、ひとりは嫌!”って言ったら…椎名くんは、迷いなく一緒に来てくれると思うんだ。それはまあ、罪悪感とかも込みだろうけど……」

「それは、まあ、そうでしょうね。罪悪感を抜きにしても、そうだと思いますよ」

「……だよね。だから、あんまり気にならないかな……椎名くん、ほんとに怒ってるみたいだし」

「今回の顛末に関しては、怒られて然るべきだと思いますわ。アンドリア様は我が国の王族ですから、臣下が口を出すのはなかなか難しいので……ミコト様が、叱ってくださっているのです」



 私がこの世界に呼ばれてしまったことを、椎名くんはいつも自分のせいだと言うけれど、私はそう思ったことはない。あまり考えないようにはしているが、私が家族に忘れられることになったのは誰のせいかと問われれば、間違いなくお姫さまだ。

 そのあたりの認識は、こちらの世界のひとでも同じらしい。城で働く人たちも、大抵が私に同情的で好意的だった。



「……まあ、とにかく明日だよね」

「ええ、ドレスを決めてしまいましょうか」

「あ、いいね!」



 大量のドレスのなかからこれ! というものを探し出すのは、私も女の子なのでなかなか楽しい。リゼとふたりでこっちのほうが、あっちのほうが、とああだこうだ言うのは私の日課であり楽しみなのだ。

 喜んで立ち上がると、にこにこしているリゼが「ミユ様?」と呼ぶ。



「なあに?」

「もしも、遠い国へ行く際は、リゼも連れて行ってくださいね。無理だとしても、教えてください。別れを惜しませてくださいね、約束ですよ」



 なぜだか、椎名くんもリゼもこの国を離れることを勧めるのである。

 だから、離れないってば!






 ◇






「お招きありがとうございます、アンドリア王女殿下」



 作法がわからないので、リゼがよくした膝を折る礼を真似る。お姫さまもそこまで口うるさく言う気はないようで、頷きひとつでそれを許した。



「どうぞ、座って」



 この茶会を主催したお姫さまの号令で、全員が席につく。私の向かいにお姫さま、その隣にアドルフさんが柔和な笑みを浮かべていて、私の隣には愛想笑いすらしない椎名くんがいる。


 アンドリア姫さまにお招きされた茶会は、そのために整えられた城の中庭のひとつでつつがなくスタートした。


 美しく整えられた庭と、繊細なテーブルやティーセットは、女の子の憧れの塊と言っていい。

 よく晴れた太陽の下、まさにお茶会日和と言うにふさわしい雰囲気だ。

 この世界で銀河系がどうなっているのかなんて、考えた方が負けである。きっと。



「我が城の侍女が腕をふるいましたの。どうぞ召し上がって頂戴」

「ありがとうございます…遠慮なく」



 この世界の食べ物や植物なんかは、実は地球とそれほど差異はない。名前は全然違ったりするけど、見た目からして見知らぬものと出会うことはそうそうない。おそらくだけど、世界をそれぞれ支配しているのが同じ人間であるから、生態系の進化にも差がほとんど出なかったのではないかと思う。

 それでも時折これはなんだろう、と思うようなものがあったりするのだが、さすがは王城というか、どれもこれも美味しいので食事はとても楽しかった。

 いつも椎名くんやリゼが私のわがままで一緒に食べてくれるので、尚更だ。


 けれども、まあ、なんというか。

 何を考えているのかよくわからない表情の王女殿下に勧められるままケーキをいただいて、とても美味だなぁと思いつつも、一切会話のない状況に流石に頬がひきつった。

 アドルフさんは和やかに笑ってくれているものの、彼も臣下であるので、おいそれと口を開くわけにもいかない。この場でいちばん貴い女性は愛想が出張中であるし、その次の元勇者さまには場を和らげる気がない。

 居づらいにも程があると、思うのだけど。

 斜め後ろにはリゼも侍女として控えてくれているけれど、リゼはあくまでも侍女、使用人だ。扱いとしては空気と同じになるので、現状の打破は期待出来ない。

 とにかく誰か口を開かないだろうかとひたすらティーカップを睨んでいると、知ってか知らずかようやくお姫さまが言葉を発してくれた。



「城での生活は、いかがかしら? 不便などはなくて?」

「はい。その節は、いろいろとお世話していただきありがとうございました」



 まあ、勝手に呼び出したのだからそれくらいの世話はして当然なのだが。

 ついでに、何故だか椎名くんが城からの申し出をあれこれ断ったと言うので、実際王女殿下のお世話になったのは城の滞在許可くらいなのだけど、もうめんどくさいしいいやということでまとめてお礼を言っておく。嫌味ととられなければ良いけれども、と思ったのは杞憂だったようで、お姫さまはまたひとつ頷く。



「問題ないようで、よかったわ。あの日以来、ほとんど話す機会がなかったから、気にしてはいたのよ」

「お、恐れ多いことです。」



 殿下のお言葉だけは非常に愛想が良いけれど、表情がわからなさすぎる。おまけに、ちらちら椎名くんのことを気にしているのが丸わかりなので、椎名くんの機嫌が急降下していた。怒ってくれるのは嬉しいには嬉しいけど、喧嘩にはしたくないので、どうにかこの場は円満に終わらせたい。

 不自然でないように同席者たちを見回せば、アドルフさんは苦笑していた。さもありなん。日本人の特技愛想笑いも引きつってしまっているくらいだ。



「そうね…普段はどう過ごしていらっしゃるの?」

「普段、ですか……私はこの国や世界のことをあまり知らないので、いろんなお話を侍女さんに伺って勉強中ですね。」



 あ、しまった。侍女に敬称をつけてしまった。

 多分だけど、椎名くんの名前は出さないほうがいいだろうと判断した結果、そちらに気を取られてしまった。

 ……が、まあ、お姫さまは何も言わなかった。端から期待なんかしてないだろうしね。

 ひたすら不必要ににこにこする私から視線をずらし、お姫さまの碧の瞳が椎名くんを見据えたのがわかる。明らかに視線を感じても、椎名くんは一切口を開かないようだった。……ううむ。



「元の世界と、違いは多いですか? 慣れずに困ったことも多いのでは?」



 微妙な空気に頬がひきつる私を見かねてか、アドルフさんがそう声をかけてくれた。

 まあ、強制的に突然召喚してきた側がそれを言うのか? と思わなくもないが、隣にいる椎名くんの存在がいまは支えなので、苦笑いで言葉を返すことができた。



「そうですね……確かに、戸惑うこともありますが、かけ離れているというほどではないかもしれません。便利も不便もありますが、理解の範囲内というか……」

「それはよかったです。何か困ったことがありましたら、いつでも仰ってくださいね」



 あくまで物腰の柔らかいアドルフさんが、この場では救いである。



「まぁ、ミユ様にはミコト様がいらっしゃるので、我々の手など必要ないかもしれませんが」



 ……と思ったのに!!

 なんでそういうこと言っちゃうかなぁ、お姫さまの目が見れないよ……。自分の声がこの空気に上滑りしてきこえる。

 恐る恐る椎名くんに視線を向けると、私と目が合った椎名くんは小さくだけど微笑みを見せてくれた。ほっ。



「そ、そんなことないですよー。確かに椎名くんにはよくしてもらってますが」

「あなたは、ミコトのことをシーナと呼ぶの?」



 お姫さまの唐突な言葉に、また頬がひきつる。

 私はちらりと隣を見た。うん、真顔! 怖いよ椎名くん!

 多分、彼の考えてることはわかる。「君が口出しすることじゃないだろう」だ。もちろんその通りなのだけど、そんなこと椎名くんが口に出したりしたら……お姫さまの気持ちなんて想像しなくてもわかる。

 椎名くんが絶対権力者で、その椎名くんに庇護されているのが私だから、おそらく並大抵のことでは不敬には当たらないだろうけれど、ふつうの一般人としてはやっぱりびくびくしてしまう。



「えと……命くん?」



 あ、これけっこうはずかしいな? そう思いつつも隣の椎名くんを見ると、「え」と声を漏らしたあと理解したらしい椎名くんは、かあっと頬を染めた。え、なに、なに、その反応。やめてよ、はずかしいよ!



「…いや、えっと……ごめん」

「う、ううん…ど、どっちがいい…?」

「……できれば名前で」

「が、がんばります」



 こくこく、と頷いたところでお姫さまの存在を思い出してハッとなった。椎名くんはまあ……あまり気にしていないように見えるけど、もともといまいち掴みづらい部分もある人なので、なんともわかりにくい。

 それからは、当たり障りないこの国のことについてなどを話した。

 お姫さまはずっと椎名くんを気にしていたし、椎名くんは基本的に私から話を向けない限りは黙っていて、会話が途切れたときにだけアドルフさんが話題提供してくれた。

 なんともいびつなお茶会だったのではないかと思う。あとでリゼにきいたところ、予想はしていましたと困った顔で笑ってたけど。

 そんな、特に中身のある話はできないまま、微妙な気持ちだけを残してお姫さまとのお茶会は終了したのである。







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