幸せの公式
「耀子、様子はどうだ?」
「洋一郎さん」
開け放ったままの病室のドアを入って来た洋一郎さんは、私の姿をみとめるなり笑顔で話し掛けてくれます。
「ええ、ずいぶん良いわ。洋一郎さんは?」
読んでいた本を机に置き、洋一郎さんに椅子を薦めます。
「俺は元気だよ。タオルと着替え、それから頼まれてた本、持って来といたからな」
自慢気に紙袋を持ち上げる洋一郎さん。
あぁもう、なんてことでしょう。洋一郎さんがいとおしくて堪りません。
「ありがとう。そこに置いといてもらえる?」
「あぁ」
最近は寒い日が続いていましたが、今日は幾分暖かいです。
ほんのりと柔らかな日差しが、真っ白な布団を照らしています。
「ずいぶん大きくなったな……」
「ええ、本当に」
私のお腹にそっと頬を当てた洋一郎さんは、やってから恥ずかしくなったのでしょうか、耳が赤くなっています。
「生まれて、来るんだな」
「ええ」
あと、1、2ヵ月くらいでしょうか。
過去に病気を持っていた、しかもあの時、再び発作の出かけた私ですから、定期的に入院して検診を受けなければなりません。それも赤ちゃんの為ですから、もちろん頑張れます。それに……大嫌いだった病院ですが、洋一郎さんから色々な話を聞いてから、少しずつ見方が変わって来ました。
「本当に……ごめんなさいね」
「怪我のことは気にするなよ。俺こそごめんな」
「いえ……」
あの時の私は、本当にどうかしていました。洋一郎さんに刃が刺さった瞬間に刃物から手を離したので、大した怪我にはならなかったようですが……1番に浮気を疑われたということに対して、隠し事をされていたことに対して、あそこまでカッと来てしまうなんて……私もまだまだですね。
私は、洋一郎さんには内緒で治療を受けていました。赤ちゃんをつくる為の、です。俊介くんとは、もちろん何もあっていません。なんて、威張れる程に潔癖である訳ではないのですが――キスをした後に、やっぱり出来ない、と訳を話したのです――、とにかく、この子が俊介くんと関係がある訳がないのです。
この子は、正真正銘、洋一郎さんの子です。……でなければ、神様の子? ふふっ、そんなはずはないでしょう? ですから、洋一郎さんの子なのです。
だいたい、外科医が自分で検査なんかするからいけないのです。泌尿器科のことは専門に任せちゃえば良いのです。
「洋一郎さんのバカ」
「な、」
「嘘ですよ」
私の膝に頭を乗っけたままの洋一郎さんの髪を、そっと手で梳きます。
サラサラとした髪が、心地好く手のひらを撫でていきます。
「愛してるわ」
「俺もだよ」
……なんだか、猛烈に恥ずかしくなってきてしまいました。
頭を上げた洋一郎さんと、視線が絡み合います。
静かに目を閉じると、洋一郎さんの息遣いが近くに聞こえ――
「こんにちはー、体温はかりますねー」
「ひゃっ?!」
「あああ、すみません、どうぞどうぞ」
完全に挙動不審の私たちを見て何かを悟ったのか、看護婦さんが笑います。
「はーい、すぐ終わりますからねー」
すごいです。
今の体温計は、おでこに光を当てられるだけで体温が計れるみたいなのです。……と、少し前に興奮気味に洋一郎さんに報告したら、笑われてしまったのですけれど。
ピピッと軽快な音が鳴り、看護婦さんが笑顔で病室を出て行きます。
「……ふふっ」
「相変わらずだな」
真っ赤な顔の洋一郎さんが、ぽりぽりと頭を掻きました。
「良いじゃない。私は好きよ」
「耀子、」
中腰になった洋一郎さんは、私の手に自分の手を重ねました。
そっと口づけられた唇は、名残惜しそうに離れて行きます。
「洋一郎さん、」
こんなに近い距離でも、私たちは見詰め合えます。
今も。そして、きっと、これからも。
「愛してるわ」
2人が心の底から愛し合った時、そこに幸せは生まれると、私はそう思うのです。
そうですよね、洋一郎さん。
今、私たちはとても幸せです。




