夢と幸せ
今日は日曜日。洋一郎さんと、図書館にやって来ました。
毎週のことではありますが、洋一郎さんとこうして2人で歩いて図書館へくり出すのは、私の楽しみのひとつです。片道30分程度ですが、いろんなお話も出来ますし、円満の秘訣はこれではないかと密かに思っています。
「じゃあ、20分後にここで」
「はい」
図書館に着き、借りていた本の返却を済ませると、私たちは一旦別々に行動します。この20分間で、明日から始まる1週間で読みたい本との出会いを果たさなければなりません。
20分。その時間が、どれだけ短いことか……。本好きの方なら容易に理解してくださるかと思います。ですが、それ以上時間を取ってしまうと、気付かないうちにとても1週間じゃ読みきれない量の本たちが、腕の中にいたりするのです。
さて、私も本腰を入れて本棚と向き合わなければなりません。まず、先週まで借りていたシリーズ物の続きを手に取ります。そして、新しい物語との出会いを果たす為、本棚を少し移動して、ピンと来る子が目に付くまでのにらめっこです。
ものすごくわくわくしてきました。
◇◇◇
「耀子。終わったか?」
「はい。今週はどうですか?」
「なかなかだ。こいつが特に気になっててな……」
洋一郎さんが腕の中から取り出したのは、茶色の、しっかりとした装丁の本です。題名は、森の中の……、
「あぁ、ちょっと。どうして隠しちゃうの?」
ほんのり頬を染める洋一郎さんがかわいらしく、つい口元が弛んでしまいます。
確かに、洋一郎さんが「森」と名の付くような、メルヘンチックなものを読むのは珍しいです。
「ニヤニヤしてないで、早く借りに行くぞ」
「はいはい」
早口にまくし立てる洋一郎さんがかわいらしくて、口元が弛む程度じゃ済まなくなって来ましたが、素直に洋一郎さんとカウンターに向かうことにします。
「そう言うお前は何借りたんだ?」
少し前を歩きながら、洋一郎さんが私に訊きます。
ちら、とこっちを向いた表情は、少し不貞腐れたままでしたが、これは、洋一郎さんが怒っていない証拠です。
「いつものシリーズものですよ」
他にも色々ありますが、とりあえずそれだけ答えておきます。
カウンターで貸出手続きをして、図書館を後にします。
肩に掛かる本の重さなんて、全く気になりません。こういうのを、幸せの重さなんて言うのでしょうか。
図書館の前は、タイル調の階段の周りに芝生が敷き詰められていて、ベンチなんかも置いてあったりと、とても美しいです。洋一郎さんが、私を振り向いて手を差し伸べてくれます。浅い階段ではありますが、私を気遣ってくれているのでしょう。少女にでもなったような気持ちで、洋一郎さんの手を取りました。
子どもたちが駆けているのが見えます。鬼ごっこでもしているのでしょうか。……ベンチに上っては、勝ち誇ったような笑みを浮かべているところからすると、たかおにかも知れません。
「懐かしいわね」
「何がだ?」
「きっと、たかおによ」
小学校低学年くらいのその男の子たちは、鬼をからかったりしながら、楽しそうに逃げて行きます。かと言って、鬼役の子は悔しがっている風でもありません。むしろそれを面白がっているようにも見えます。
「そうだな」
と、目の前で男の子の一人が転んでしまいます。追い掛けていた鬼が、ここぞとばかりに追い付いて来ます。
「あっ、」
大丈夫? と駆け寄る暇もなく、その男の子はパッと立ち上がり、再び鬼を翻弄しながら走り去って行きました。
「元気なのね」
「あんなもんだろ」
「そうかしら?」
確かに、そうなのかも知れません。無邪気な男の子を見るのは小学生の頃以来ですから。
「子ども、かぁ」
家に、あんなに無邪気な男の子――女の子でも構いませんが――がいたら、生活はもっと楽しくなるに違いありません。今でも幸せですが、昔見たあのドラマのような、温かい家庭を築けたら……もっともっと、幸せになれると思います。
「洋一郎さん、」
「さて、そろそろ帰ろうか」
一切私の目を見ない洋一郎さん。きっと、なかなか子どもが出来ないことを、気にしているのだと思います。どっちに原因があるのかは分かりませんが、きっと私が原因だと思います。それは、洋一郎さんも知っているでしょうから……私に気を遣ってくれているのです。里子を貰おう、という話が出たこともありますが、やっぱり、血の繋がった子どもが欲しいのです。私のせいで、その夢を諦めたくはないのです。
「……ごめんなさい」
洋一郎さんは、黙って私の手を引きます。
ちら、と後ろを振り返ると、男の子たちはまだ駆け回っていました。
私は、どうしたら良いのでしょう。
私ももう35歳ですし、洋一郎さんに至っては37歳です。これ以上ゆっくりしていたら、もう子どもは望めない気がします。
でも、今の私には、洋一郎さんに黙ってついて行くしか道は無いのです。だって、私が全ての原因ですから。話し合う機会も……いえ、話し合う気力も、洋一郎さんにはほとんど残っていないようでした。
子どもたちの歓声が、どんどんと遠くなっていきます。
瞳に溜まる涙を見られたくなくて、伏せた目を上げることは、なかなか出来ませんでした。




