ギルドの門を叩くもの 一章 04
コトハは実質街を隈無く歩くのは初めてだった。
ラクノシアは太陽の島と呼ばれる大きな島一つに小さな島に八つの小さな島からなる海洋国家である。
太陽の島と呼ばれるとおり夜と比べ昼の時間が長く、日差しと風も強い。
さらに城から中心に西と南は直ぐに山や谷に接した自然が残っており実質崖に近い地形となっている。
そう言った環境からか家々は白い塗装が施されている物が多く、爽やかな印象が強い。
また城下街は高台の天辺にありそこから広がるように城下街が形成されていき大きい道路や市場をのぞけば、複雑な町並みになっている。
階段も多く、風の強い西側には風車が絶壁の上に城下街を背にして囲むように建ち並んでいる。
また大きな島を中心に八の小さな島がちょうど円を描くように取り囲み、獣人族のイグルの種族が太陽の形をしているとして名付けられたと言われている。
(さて、まずは何処から聞き込みを行うか?)
店はそう言った複雑な地形から店は基本城付近の高級住宅街か、
港に密集してしまうことが多い。
それでも、買い物途中の主婦や子供が遊び歩いており階段の踊り場では老人がラートという楽器を奏でている。
青い空に雲一つもなく、日の光が突き刺さるように街に降り注ぎ海猫の鳴き声が聞こえる。
「すみません。
聞きたいことがあるのですが少しよろしいですか。」
コトハが声をかけたのは袋いっぱいに色鮮やかな果物が入った袋を持った主婦らしき二人組だった。
二人はコトハをじろじろと見ていた。
「見かけない顔だね。
旅人かい?」
「はい。
ブルーバードに加入しました。
見習い冒険者のコトハです。
今、ペット探しの依頼の途中でモコンキャットという青くて金色の目をした少し大きめの老猫なのですが。」
「んー。
少なくともあたしは見てないね。
あんちゃんはどうだい?」
「悪いがあたしも見てないよ。
何か物探しをしてるならあそこにいる老人に話を聞くと言いよ。
一ヶ月前からずっとあそこで楽器を奏でてるし、なんか見てるんじゃないかい?」
「そうですか。
ありがとうございました。」
そう言ってコトハが走り去ろうとした際、後ろから声をかけられた。
「ああ、待ちなあんた。
あんたの服ヨレヨレのボロボロじゃないか。
大通りに仕立屋の"人形の縫い針"て店があるからそこいって繕ってもらいなよ。
人形の看板が掲げられているから直ぐに分かるさ。
その格好じゃ格好が付かないよ。」
「分かりました。
これ些細なものですがお礼です。
また何かあったらご協力お願いします。」
コトハは階段にいる老人の所に歩いていった。
老人はコトハが目の前に立ってもラートを弾くのを辞めず、まるで木の幹のようなごわごわとした枯れ木のような皮だけのような指で爪弾いてる。
コトハもその演奏を止めようとはしなかった。
ラートの木材と爪弾いた時に出来た音の波がぶつかり、その音は更銅部に開いてる穴の中で反響しあい空気の中へと流れ込んでくる。
そのメロディはまさに波であった。
静かな穏やかな天気の中静かに波打つ波であった。
コトハもその場に座り込みそのメロディに聞き惚れていた。
(なんと、心穏やかになるメロディか。
止めるのも心許ない。)
やがてメロディは大きな渦となり静かに穏やかに収束していく。
ラートから手を離した老人は此方に興味を持ったかのように目をこちらに向けた。
皺だらけの老けた顔が白い豊かな髭に覆われている。
髪の毛も老人とは思えないほどに長く真っ白だった。
しかしその強い深い大きさを宿した細い目には強い何かを宿っているのを感じた。
「どうなさった、若いの。
この老いぼれに何か聞きたいことでも?」
以外にも向こうから話しかけてきた。
「綺麗な音楽だったのでつい聞き惚れてしまって。」
「ほっほっほ。
この音楽を綺麗と言ったのはお主が初めてじゃわい。
世の中まだまだ捨てた物ではないの。
で、何を聞きに着たんじゃ小僧。」
「この近くでモコンキャットという青い毛並みに金色の目をしたヒトが抱えられるほどの大きさの猫を探しているのですが、見かけませんでしたか?」
「残念ながら見てはおらんの。
小僧、どうしてその猫を探している?」
「依頼です。
これ以上は依頼人の個人情報につながるので喋りません。」
「生意気な小僧め。ま、ええわい。
小僧、それよりも此処一帯の噂を聞いているか?」
「噂、ですか?知りません。」
老人は指を海に向ける。
「幽霊船じゃよ。」
「幽霊船?海で朽ちた者達が未練を残し満月の夜にその姿を霧と共に現し、生きとし生きている者達の魂を船に閉じこめ永遠にさまようと言われている?」
「奴らは近いうちに姿を現すじゃろうな。
自分らの未練を完遂するために。」
「幽霊船が現れるとどうして?」
「なにか、力の強い者が封印を破ってその強い力をまき散らしている。
その力に引き寄せられて幽霊船が目覚めようとしている。」
いつの間にか老人はコトハの目の前から消えており階段を上りきったところにいた。
コトハに言い放つように老人は言った。
「一体彼らは何を思い、残し今でなおこの世界にとどまるのだろうかの。
悪いな、小僧さっきのルットの話は嘘じゃ。」
そう言いながら老人は街の奥へと歩いていこうとする。
コトハは直ぐに後を追いかけるが
階段を登り切ったときには老人は既に姿は見えなかった。
(一体いつの間に!
さっきまで確かに目の前に。)
軽く混乱しているコトハの頭の中に老人の声が響いてきた。
(若者よ。決して亡者の声に耳をかけるべからず。
たとえどれだけ暖かい声であっても、そのものは亡者なり。)
そうして老人の声は消えた。
もう頭の中に響いてくることもない。
ただラートの音だけが響いてくる気がした。
我に返ったコトハは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(一瞬で移動したと言うことはあの老人は魔術師であろうか。
しかし、何の詠唱もしなかった。
何故だろう。近いうちにまた会う気がする。
しかし、名前を言っていなかったのに何故モコンキャットの名を知っていたんだ?」
頭の中を謎を一旦整理した後、コトハは先程婦人たちに言われた仕立屋を探すことにした。
(大通りにあると言うことは、そこいら一帯をずっと間では行かなくとも見ているはず。
目撃情報ついでに寄っていくか。)
大通りは階段を右に曲がって白い家々の日陰を真っ直ぐに行ったところにあった。
城と港町は一直線につながっており、その長い通りの真ん中あたりにいた。
婦人に言われたとおりに人形の看板を探す。
それは直ぐに見つかった。
通路をでた先の直ぐ真正面に在ったのだ。
看板には"人形の縫い針"と書かれており"開店"の茶色の板が扉にぶら下げられていた。
大通りを横切り扉を開いた。
中には沢山の人形や色とりどりの生地に縫い糸に針がそれぞれ並べられ、その他にも衣類がカウンターの横に並べられている。
窓は開かれてるも日陰になっているため光はランタンだけの明かりとなり少し薄暗い暗い印象を受ける。
そのためか飾られている人形は少し不気味な印象を持ち入るのが躊躇われる感じがした。
「いらっしゃい。
どういった用件ですか。」
不意にカウンターの向こうから声がかかる。
カウンターにはいつの間にか青いワンピースの服を着た金髪の女性が立っていた。
しかしその声は活発的な声ではなく、暗く何処か面倒臭いような印象を受けさらにその女性は無表情だった。
「此処で服を新しく仕立ててもらえると聞き頼みに参りました。
あと、青いモコンキャットを見ていないか訊ねる事も含めて。」
「先に答えておくわ。
モコンキャットは見ていない。
仕事なら引き受ける。」
「そうですか。
ありがとうございます。」
「貴方、どんな服がほしいの?」
「どんな、と言われましても。」
コトハが服のイメージを持っていないと察したのか女性は深くため息を付き「レイー。お客さんの寸法みといて。」と体をひねり奥に声をかける。
直ぐに「ハーイ!」と明るく高い声が響いてきて軽い足取りで顔を出した。
クリッとした大きな丸い目に金髪のツインテールの活発的な印象の幼さの残る少女だった。
その子はテッテッテとコトハに近づき手を握り「こっちですよー。」と引っ張り出しカウンターの奥へと連れてこられ、ある部屋に入った。
そこにはざっと見ただけで百着近くはあるであろう衣類が多く掛けられており、姿鏡もあった。天井が高いこともあってか棒が上に掛けられそこにも服がフックにかかっている
さっきよりも暗い部屋であったが衣類は手入れをされているのかかび臭いことはない。
「寸法を測るので、じっとしていて下さいね。
あ、首は動かしていいんでこの中からイメージに近い服を探してみて下さい。」
レイと呼ばれた少女はなにやら紐のような物を取り出し、腕や足胴回りや肩などを計りそのたびに何かぶつぶつ言っている。
(やっぱり異国にはたくさんの文化があるのだな。
それにしても、どういう服にするのか全く考えてなかったな。
どうするか。)
レイがどんどん体を計っていく中、コトハは頭だけを動かして飾られている衣類を眺めていた。
ワンピースのような一枚の布で作られた服や短い緑色のズボン、黒いコートに深いスリットの入ったスカートなどかなりの種類があった。
(だが、どうしても肌を見せるのは好まないな。
やはり今まで通りの動きやすく露出度が少ない物を頼むか。
服をイメージしたのを書けば何とかしてくれるだろうか。)
あれこれコトハ考えているとレイが体を計り終えたのか、コトハから離れ机に座って寸法を書類に書いている。
「名前聞いてませんでしたね。一応此方でいつでも登録できるように書類にまとめておくので、名前もお願いします。
できれば証明書付きで。」
「ギルドカードでもいいですか。
身元が証明できるのは今のところこれだけなので。」
「お、ギルドカードでも大丈夫だよ。
では、ちょっと借りますね。」
コトハは懐からギルドカードを取り出しレイに渡した。
「あの、服のイメージが纏まったんだが。」
「はいはいっ!どんな服がご所望でしょうか。」
「和服のような服なのですか。」
「ワフク?」
「今現在モダンと呼ばれている国の伝統的な衣装です。
その中で袴衣装というものをアレンジしてほしい。」
「んー。和服ね。
だったらお姉ちゃんの方が詳しいか。
いいよっ!お姉ちゃんに言っておくから、イメージ的にどんな色がいい?」
「上の服が白く袴は紅水色の袴で頼みたい。
できるだけシンプルで動きやすいアレンジで頼む。
ついでに今のうちに聞いておくが、このあたりでモコンキャットを見かけなかったか。
ヒトが抱えられる大きさで青い毛並みに金色の目をしている。」
「見てないですねぇ。
そんな猫ちゃんなら結構目立ちますし、見ていて気付かない。ってことは無いと思いますが。」
「そうか。分かった。
それで何日くらいかかりそうだ?」
「まぁ、私はその和服の作り方って知らないですし、此処の店には置いていないから最低でもって一週間以上はかかるでしょうね。
取りあえず契約を行うのでこっちの書類に署名をお願いしますね。」
念の為書類全体に目を通してから自分の名前を書く。
特に怪しいところはない。
コトハが署名し終わるとレイはパッと顔を輝かせて書類を受け取った。
「毎度ありがとうございまーす。
衣服が完成したら契約スタンプの魔力が飛んでいくので、それまで待ってて下さいね。」
レイに見送られ店の外にでると夕暮れには早く、多くのヒトが外を出歩いている。
約束の時間までにはまだ余裕があった。
(情報がなかなか集まらないな。
強いて言うなら、幽霊船について。
もし霊獣本人が封印を解いていてその力が漏れ出し、本当に幽霊船が引き寄せられているとしたらもしかしたらそんなに悠長にしている時間はないのかも知れない。
あのご老人も何か知っているようだったしあの技はいったい何だったんだ。
今更ながら、ペット探しから霊獣探しとどんどん規模が大きくなっているような。
それにメイド長のルキも不透明な点が多い。
少なくともあの屋敷には執事以外の使用人はいなかった。
少なくとも、メイド長という立場そのものも疑った方がいいのかも知れない。
では、彼女は何のために動いているのか。
考えれば考えるほど疑問が吹き出してくるな。
少し早いが英雄像の前に戻るか。)
そこでコトハは歩き出そうとして改めて大切なことに気付いた。
(英雄像、どこだ?)
迷子になってしまったのである。