ギルドの門を叩くもの 一章 03
応接室で待っていたという客人は制服のような服を着た女性だった。
艶やかな黒髪を後頭部で結い上げ団子になっており知的な青い目が印象的なメイドであった。
胸元にはバルザード家の紋章が刻まれたバッチがありバルザード家に関わりのあるヒトであることは直ぐに分かった。
そのヒトは私たちを見て一礼すると
「はじめまして。
バルザード家メイド長のルキと申します。
以後お見知り置きを。」と名乗った。
「私達に何か。」
「先程、若様からあなた方への依頼の連絡をお預かりいたしました。」
「伝言、ですか。」
メイドは懐から丸められた紙を取り出し紐を解いて紙を広げる。
「では」と一言置くと読み上げ始めた。
「先程は、見苦しいところを見せた。
無礼を詫びる。
依頼についてだがやはり続行してほしい。
あの言葉がお前に心の奥の魂からの言葉ならば、やって見ろ。
だが、僕の口からはあれ以上の情報は与えることは出来ない。
これは僕の家の掟でもある。
詳しいことはルキにすべて伝えてある。
彼女の言っていることには嘘は絶対にない。
それは僕が保証する。
僕が満足できる結果を出して見ろ。」
「だそうです。」といいメイド長ルキは言葉を切り、まるで答えを待つかのように私たちを見つめる。
(金持ちは気まぐれな奴が多いが、ここまでペットに拘る理由は何だ?
ただのペット探しではすまなそうだ。
だが、一度決めたことを曲げるつもりもない。)
「話を聞かせてください。」
そう言うとメイドはどこか安心したかのように顔を緩める。
なんかあのままだとずっと立ちっぱなしなきもするので、席にお互いに座って話を聞く。
「話す前にこれだけは絶対に口外しないでください。
もしすれば即座に依頼を破棄させていただきます。」
彼女の気迫に思わず飲まれてしまう。
「それは貴方の意志ですか?」
「半分正解です。
誰しも自分で働いている場所の不利益な情報を漏らしたくはないでしょう。」
メイドとしての柔らかい物腰はもう消えてた。
彼女に今宿っているのは
(何かを守り通そうとする強い意志。
恐らくそれが今言うことと何か関わりがあるのだろう。)
「あなたが話すことが余りにも道理に外れていなければ。」
「それは問題ありません。
まず、本題にはいるには若様、バルザード家について知っていただく必要があります。
バルザード家は今からおよそ90年前のラクノシアとアルカスの間に起こった戦争が集結し間もなく、その栄華の鱗片を見せ僅か数年で国を代表する商家となりました。」
「確か、"未来予知の家"とも呼ばれていた時期があったらしいな。」
オルトスが珍しく口を挟みコトハもその言葉に興味を持った。
「未来予知?そんなことが可能なのか。」
「可能、というよりも授かったと言った方が正しいかも知れません。
これはバルザード家の血筋の者にしか伝えられていない事です。
その未来予知を行ったのが霊獣という存在であったらあなたは信じますか。」
「霊獣?精霊のことか?」
「精霊は精霊使いや魔術師によって一時的に呼び出される存在です。
霊獣は違います。
霊獣本人の意思で異世界を旅することが出来ると伝えられ、同時に人知を越えた力を持っています。
その力は昔から神話にも伝えられ彼らは神の使いとも、精霊の王とも、魔物が成長した存在だとも言われています。」
「それがあなた方が探せといったペットのルットだと。」
「そうです。
そしてその霊獣様のは初代バルザード家当主ルベルド様の"友"となり"家族"となりました。
しかし、人間の欲とは本当に深く醜いものです。
二代目様は霊獣様を封印し力を思うがままに振るい三代目様も同じように霊獣様を扱いました。」
一旦彼女は区切り「どういう事か分かりますね。」と訊ねてくる。
コトハとオルトスは以外にも大きな話しに呆気にとられていたがオルトスが切り出す。
「二代目と三代目が家の繁栄のために霊獣を閉じこめたと言うことか。」
「お察しの通りです。
霊獣様の予言の力によってバルザード家は三代にわたって他の商家に引けを取らず、この住宅街に住んでも違和感のない程の財を築き上げ、そしてライバル商家の罠からも回避することが出来ました。
まるで未来予知を行っているようだと。」
彼女が話し終える頃に不意に疑問が浮かぶ。
(あれ、四代目に当たるルドウィルスは霊獣の力を引き出していないのか?
後もう一つ、誰が霊獣を封じ込めたんだ?)
「その霊獣は誰が封印したんだ?
バルザード家は魔術に長けてるのか?」
「優れているとは言い難いですが魔法の素質を持って誕生される方は少なくありません。
封印を施したのは二代目様でございます。
バルザード家の中で最も魔術に長けた人物と言われております。
そして霊獣様の力を引き出せるのは封印を行った者の血筋のみであるますが、ルドウィルス様は魔術の才は持ち合わせておらず霊獣様の力を強制的に引き出すことは叶いません。」
「ルドウィルスは霊獣の力を引き出そうとは思わないのか?」
「もう直球に言ってしまいましょうか。
若様は霊獣様、ルットを封印からの解放を望んでおります。」
話が始まる前にサラによって出された紅茶は会話の間でだいぶ冷めていた。
それは双方手を着けず話しに集中していたためである。
「こう言っては何ですが。
彼は霊獣の力を利用しようとは考えないのですか。」
「若様は次男であると言うことはご存じでしょうか。
本来なら若様の兄上様が此処を継ぐはずだったのですが、すこし厄介なことになり、次男坊である若様が跡を継いでいます。
若様は幼い頃より両親を亡くし兄は行方不明となり、誰一人味方のいない孤独な日々を送りました。
でも、若様を救ってくださったのが霊獣様なのです。
霊獣様は若様が心を開く唯一の相手でありました。
そのため、霊獣様を苦しめるようなことを若様は望んではいないのです。
そして、若様は独自で封印のことを調べ上げ霊獣様の寿命を封印が奪っていることを知りました。」
そこでルキはすっと長い言葉を区切った。
そして、今まで以上に頭を下げ懇願してきた。
「若様によると、その封印は楔と呼ばれる場所から離れれば離れるほど封印を施された者は寿命を奪われると。
だから、だから早く見つけだしてあげて下さい。
お願いします。」
「ルキ殿、そこまで彼と霊獣に対して強い思いを持つと言うことはただのメイドではありますまい。
しかし深く聞くつもりもありません。
私はギルドの一員としてこの依頼に全力を出してあなた方の友人を捜し出します。」
「じゃあ!」
「武士に二言はありません。その仕事は最後まで引き受けさせて下さい。」
そう言うと、彼女はぱっと顔を輝かさせ顔を上げるが直ぐにハッと我に返り、最初と同じように引き締まった知的な顔つきに戻りもう一度「よろしくお願いします。」と深々と頭を下げた。
ルキが応接室から出て行った後、オルトスとコトハだけが部屋に残っていた。
「今更何か言うつもりはないけどな。
依頼を引き受けて良かったのか。
さっきの話しどこまで本当なのか正直俺は分からないぞ。」
「武士たるもの一度引き受けた仕事に、一度見てしまった思いに背を向けるのは恥。
それに」
とコトハは言葉を区切りオルトスをまっすぐに見てこう言った。
「私が助けたいと思いました。
ヒトを助けるのに理由を作ってしまったら。
救いたいと思ったヒトを疑ってしまったのなら、私はもう誰にも救われることも救うことも出来なくなってしまう。
さっきの話が嘘だとしても、私は依頼者の言葉を信じてみたいのです。」
「青いですよね。」とコトハは呟く。
オルトスはコトハの言葉を聞いていたが、彼女が話し終えると右手でコトハの頭をポンポンと叩いた。
ごわごわとしたタオルのような感触が頭に感じるのをコトハは感じていた。
「青くなんてないさ。
人助けに理由作っちまったら、依頼どころじゃなくなるもんな。
理由無くヒトを助けれるのは、屁理屈を付けて動こうとしない奴よりも、利害がなけれな動こうとしない奴よりも、十分かっこいいと思うぜ。」
そう言うとオルトスは身を翻し部屋から出ようとして「早速いくぞ。」とコトハに声をかけた。
「はい!」
コトハはオルトスに付いて行った。
付いて行った先には港町だった。
今の時間はお昼を過ぎているも船着場には水夫達が積み荷を降ろしたり談笑したりと気ままに仕事をしている。
広場の方には旅芸人の一座がおり楽器をならし踊り子達がそれに併せて踊りを披露しており、その周りには人が殺到し一座に対して熱気を見せている。
朝市で露店だった場所の大半は取り払われ今では開けた場所となっている。
広場の入り口には英雄像と呼ばれる銅像があり、コトハとオルトスはそこにいた。
「まずはここいら一帯で聞き込みを行う。
一応探しているのはモコンキャットであって霊獣である事を口から出さないようにな。」
「分かってます。
此処で分かれますか?」
「時間的にもその方がいいだろうな。
そいつが何処までも遠い場所までも行けるとは思えないが、そっちの方が効率もいいだろう。
夕方までにこの英雄像の前までに集合って事でいいか?」
「分かりました。
それではまた後で。」
そう言った後コトハは町の方に、オルトスは港の方へと歩いた。