ギルドの門を叩くもの 序章 後編
外はもう日が沈みかけ、蜜柑の色をした光が周囲を照らしていた。
「自分でも気づかない内にジェイに自分が小さい頃の面影を見ていたのかもしれない。あの時何も出来なかった。あんな後悔をするくらいなら、今出来ることを精一杯やりたかった。」
サラはコトハの言葉に衝撃を受け同時に彼の最後の言葉に揺らめいていた何かが固まった気がした。
「イグラム、やっぱり。」
彼女はイグラムに視線を移すと彼もその視線を受け止めた。
やがて諦めたようにため息をつくと彼は私にこう言った。
「出来ればマスターが来るまで判断を任せておきたかったが、もうそんな悠長なことも言ってられなさそうだな。
あんた、腕は立つか?」
私は漸く彼女達からジェイの周囲の事情を聞き出すことが出来た。
彼の薬草園は非常に効力がよいとされ王城から発注の依頼がよく届いている。
その薬草の効力はここの城下町の人たちにも信頼されておりただ平和に暮らしていたようだった。
だが一ヶ月前に別の薬草園の責任者が彼等に薬草園を閉じるように何度もしつこく迫ってきているという。
そいつは悪い噂の絶えないヘレティウスに加担しているとされるヴェッシュ商会という同じく主に薬草を取り扱っている商会だという。
その要求をジェイの母親は決して承諾することはなくそのたびに非道い嫌がらせを受けたという。
「どうも奴らはここらの土地を欲しがってるらしくてな。
薬草の効力がいいのはここで育てていると思っているそうだ。
実質ここいらは決して悪い土地じゃないし微妙な傾斜になってるから水の流れも止まることはないし日も良く当たる。
植物が育つには絶好の場所だ。」
「つまり彼等はここの土地を手に入れるためにジェイ一家につきまとっていると。」
「あくまで推測だがな。一週間ほど前からこちらにも来なくなったが、今思えばあの時にジェイの母親になんかしていたのかも知れないな。」
「今そいつ等は何してる?」
「商売敵が居なくなって繁盛してるよ。」
「ジェイが最近誰かに見られてるとかって言う話はあったが?」
「その言い方だとお前も人相の悪い奴らを見たらしいな。」
「それじゃあ、何かあったら水晶を通して連絡してね。私はひとまず帰るから。」
あの後三人で話し合った結果、三人の内私とイグラムが残ることになった。
サラと別れるときに彼女から連絡用の魔法水晶という手のひらに納まるような水晶球を渡されたがこれの扱いはイグラムが何とかしてくれるそうだ。
でも正直言って何か起こると決まっているわけじゃないから母親の看病に時間を費やすだろう。
イグラムが外にでている間私は夕食の準備に取りかかった。
勝手に食料庫を漁るようなまねに少し気が引けたがジェイの許可を得て取りかかった。
彼の家は川の近くにあり水車が取り付けられている。
そのため野菜を洗うのもそんなに苦労はなく下処理を直ぐ済ますことも出来た。
ジェイの母親の体のことも考えて栄養の高い野菜類の多いミルクの加えたスープと肉を一口サイズに刻んでほかの野菜と一緒に串刺しにした焼き物を作りその上にソースをかけスープの鍋をテーブルに運ぼうとしたときだった。
「あっち!」
後ろから熱さを訴える声が聞こえ振り返ってみるとジェイが、つい先ほど焼いたばかりの肉と野菜の串焼きに手をかけまだ冷めてもいないのに、思いっきり肉と野菜を同時に食べようとしたのだろう。
口の中ではふはふと何とかさまさせようとしていた。
なんか凄く微笑ましかった。
「もうちょっとで出来上がるから待て。」
「腹減ったんだよう。」
彼はふてくされたかのような態度を見せるも、本当に腹は減っているようで熱いのに関わらず先程の串焼きをすでに平らげており直ぐ次の串焼きに手を出して食べ出した。
「つまみ食いはだめだって、お母さんに言われなかったかい?」
私は彼の口周りについたソースをハンカチで擦り取った。
「なんか兄ちゃんって、女みたいな仕草多いよな。
もしかしてオカマ?」
ブッとこちらが吹いてしまった。
「君、オカマの意味分かってるかい?」
思わず笑うのを堪えながら食器棚から皿を出しスープを注ぎ、一部ジェイの腹の中へと消えた串焼きの大皿を運んでいく。
「男なのに女の振りしているヒトのことだろ?そういう人よく注文しに来るからさ。
てっきりそうなのかと。」
「少なくとも私はそれではないよ。
自分で言うのもなんだけど言葉遣いをちゃんと使っているからじゃないか。」
というかこんな格好じゃ間違えられるのも無理ないか。
今の服は長旅で大分くたびれており仕立屋に行って服を注文するのを忘れていた。
夕飯を済ませた後今度は私が外の様子を見はっていた。
イグラムから懐中夜光石という明かりを発生させる石を渡され使い方を教えてもらい、その石をわずかに暗がりに近い明かりで照らしている状態だ。
灯台で感じたような気配はなかったがどうも胸騒ぎがする。
すでに時間は深夜を過ぎ月が南の空を通過していた。
中心街の方ももう明かりが消え唯一の明かりは船に対して道しるべの明かりを照らし続けている灯台の光のみとなっており家の中ももう明かりは灯されていない。
今日は空には雲が無く月と星の明かりが夜の空に凛々しく輝いており静かに風が吹いていた。
不意に小さな草踏む本当に小さい音が聞こえた。
耳に神経を集中させさらに周囲の音を聞き取るとその音は、どうやら家から薬草園の方にこっそりと忍び足のようにゆっくり音を立てないように近付いているように聞こえる。
「ジェイかい?」
家の中で動けるのはイグラムとジェイしかいない。
足取りが軽く全く冒険慣れしていないような足取りもあって私はジェイだと考えた。
足音が止まりしばらく静寂が流れたが今度はこっちに足音が進んできた。
夜光石の明かりに照らされ、ジェイの体が照らし出される。
「こんな遅くにどうしたんだい?子供はもう寝る時間だよ。」
「眠れなんだよ。」
そう言うと私の隣に座り夜光石の淡くも強い光を見続けていた。
「あまり見続けていると目を悪くするよ。眠れないなら少し話をしようか。」
ジェイのにはハッキリとした不安が宿っていることがわかった。
明るい話題がいいだろうと考えてると先程作った野菜の感想を言うことに決めた。
「此処では薬草以外にも野菜を育てているんだね。
ほかの野菜と違ってとても甘みが強かったのを覚えているよ。」
「やっぱりそうだろ。俺と母さんが作る薬草や野菜はどこの店よりも甘いんだ。
だからわざわざ近所じゃ野菜以外の物を交換条件で持ってきてくれる人も多くて郊外の割にはヒトの出入りが多いんだ。」
私が育てられていた野菜の話題を持ち出すと彼は誇らしげにそれらを自慢し始めた。
彼曰く薬草園は曾祖父がこのラクノシアが戦争の末期頃に、焼けてしまった畑をたった一人で耕し水路を整えわずかに残った種から様々な薬草を畑に再び復活させそして無償でラクノシアと戦争の終えたラクノシアの隣国アルカスで家を失い薬草を求めて来た人たちにも、出来る限りの薬草と処置を施したという。
「それで、曾じいちゃん家訓としてこんな言葉を残したんだって。"大地を繋げる根であれ"って。」
「ふぅん。どういう意味なんだい?」
「よくわかんねぇ。だって根っこになっちまったらその場から動けないじゃん。」
子供らしい考えだと思った。
私も偉そうなことは言えないが、こういう家訓には必ずしもメッセージが込められている。
これを一族の長となる者がどうやって受け取るかによってもかなり方針が変わることは知っている。
「そうだね。
でも植物を自分のように考えてそれを自分の人生の座右の銘にしているって事は、よっぽど自分の仕事に誇りを持っているみたいだね。」
「ざゆうのめい?何それ?」
「自分の決めたことを揺らさないための戒め、自分自身に対する約束みたいなものだよ。
家訓はその家バージョンみたいなものかな。」
「コトハの兄ちゃんのその何とかの銘って何?」
「私かい?私は"桜と風の言葉"かな。」
「何それ?」
「私の国でもっとも愛され、そして最も人の一生に近い親近感の強い木に咲く花、それが桜だ。
"桜と風の一生"は私が勝手に作り出した言葉だが、私はこの言葉に"桜のように悔いを残さぬよう精一杯花開き、風のように自分を偽ることなく生きる"という戒めを与えている。」
「難しいよ。全然分かんない。偽る事無く生きたって誰かにバカにされたり苦しめられたりされることあるもん。叫んだって届かないこともあるよ。」
まだ十をいったかいってないかの子供が言うような発言でないことに私は驚いた。
「何かあったのかい?」
彼は何か悔しいことを思い出すように舌を噛みしめて俯いた。
「町に住んでる友達が、雑草をいじくり回してるバカって言ったんだ。
そんなこと無いって言ったて、他の皆もそれに乗ってさバカにしてきてさ、凄く悔しくても母ちゃんには言葉でも相手は傷つくから悪いこと言えなくてさ。
そんなことあって母ちゃんにも我慢すれば何とかなるとしか言われなくて、母ちゃんが倒れる前に"もう知らない!"て喧嘩しちゃって、それで母ちゃん倒れて。」
"母ちゃん、助かるよな"
彼が私に言ったあの言葉、今ではよく理解できる。
あれは母親のみを案じているだけでなく自分自身の責任感も混ざっていたのだと。
「・・・助けよう。」
ジェイが私の言葉をよく聞き取れなかったのか顔を上げた。
「必ずお母さんを助けよう。君は本当は優しい子だ。自分の家族を大切に思い、自分の感情を押し殺してでも母との約束を守り通そうとする強い子だ。
さっき声を上げても誰にも届かない、っていていたけど、大丈夫。
誰かがきっとその声を拾ってくれる、聞いてくれる。
その声を認めてくれるヒトもいる。
だから卑屈になる必要はない。
君は君だ。
母を案じる優しい子だ。
だから私も約束する。
お母さんを必ず助ける。」
そう言うと彼はまた顔を埋めてしまったが、それは顔に浮かべた涙を隠そうとしている事が直ぐに分かった。
彼は思った。
味方はいたのだと、声は拾われていたのだと。
夜も更け日の光が城下町にあるラクノシア城の白い城壁を照らし城壁も光を受けて冷たい輝きを放っている。
日が登りはじめ夜光石も日の光を感知したかのように光を失い徐々に溶けるように輝きは消えていく。
ジェイはあの後しばらく外にいたがしばらくした後眠っていたため、家の中に運び込んだ。
朝日が登ってくる。私が考えていたことは杞憂だっただろうか。
それでもジェイが眠った後わずかに地面から振動が起きているのも感じた。
家の中からイグラムが出てきてお互いに状況の確認を行った。
ジェイの母親の症状は相変わらずらしいが悪化しているわけではないようだ。
「恐らく今日ヒグレ草が手に入る。」
「え?」
「さっき仲間から連絡があった。
ヴェッシュ商会の不正が暴かれて役人達が商会に押し入ったそうだ。
先頭があったが会長はちゃんと捕縛されたらしい。」
「ヒグレ草と会長にいったい何の関係が?」
突然、ヴェッシュ商会の会長が出てきたことに理解できなかったが彼等がジェイ一家にした嫌がらせの程度を考えれば大凡の見当は付いたが念のために訊ねる。
「あんたも多分想像が付いているだろうがヒグレ草は希少価値も高くて自然で存在しているのも数は少ない。
それをあの谷一帯を買い占める金銭をヴェッシュ商会は持っている。」
彼の話を聞いて想像が確信へと近付く。
「ヒグレ草を奴らが独占したと言うことか。」
「理解が早くて助かる。
どうもそのことに別の役人が一枚噛んでやがったんだ。
大凡独占商売で高額に売りつけた金額の一部を賄賂として会長が渡してったってことだ。
なかなか強情なフリークン一家への嫌がらせも含んでるだろうがな。」
改めて非道い男だと思った。
ヴェッシュ商会がどのくらいの規模で、ジェイ一家とどのような因縁があるか知らないが、一つの組織の上に立つものとして、なんと情けない。
「あんたたち何かしたのか?夜中に小さな振動があったが殴り込みでもしたのか?」
「お、よく分かったな。」
・・・。
「はい?」
彼の感心するような声とは裏腹に私の思考回路は一瞬固まった。
「いやいやいや!その、武力を持った集団が商会に殴り込みしたって事になるぞそれ!何でそんな冷静なんだ!」
思わずつっこみを入れてしまった。
時々組織同士の武力の争いの話は旅の途中でもよく耳にしていた。
例外に武力以外で相手を潰す者もいるが。
「そいやぁ、お前俺らのギルドに入るんだったよな。
このくらいでビビるんだったら入るもは止めとけ。
俺以外にももっと個性の強い奴はたくさん居る。
そしてなりより、ブルーバードは不義を許さん。」
彼のその言葉にはただその場で発し虚空に消えていくような薄い言葉ではなく、己の行動とそして何より信念が伴った血の通った言葉だった。
「私は、このギルドに出会えて良かったよ。」
心から素直にそう言えた。
やはり旅に出てよかった。
「基本ギルドってのはいろんな訳ありな奴が集まって、他の組織から依頼を受け依頼をこなす何でも屋見たいなもんだ。
だが、俺らがこなすのは依頼だけじゃねぇ。
自分らの意志で動く。
助けられたらそれに答える。
これはうちのマスターの言葉なんだがな。」
もうすっかり日が昇った。
その後、ギルドの職員たちはかなり忙しなく動いた。
ヴェッシュ商会を襲撃したと言っても、どうやら内側の秘密の工場という物を壊して暴れ回ったらしい。
その大暴れがきっかけで役人達がヴェッシュ商会の捜索を行い同時に工場で保管していた「合成獣」と言う物が暴れたという。
幸いにも死者は出ておらず、ソレを闇ギルドとも言われるクミナルに売り渡していたことが発覚しジェイ一家を見張っていたのはいつでもジェイ一家をつぶせる準備をしておくためだった。
そのクミナル同時に会長に荷担していた役人も露見した。
会長は最後の抵抗と言わんばかりに「合成玉」と呼ばれる物を飲み込んで植物の化け物になったらしいがギルドメンバーたちに無事に倒され捕縛されたらしい。
こう言ったことの処理を国の「ギルド管理棟」という組織に書類にまとめ、マスターかサブマスターが自らそこに赴き提出する必要があるという。
そして、そう言った処理から数日後、ヒグレ草を高額であったが買い取ることが出来たらしく直ぐにギルドの医療の心得がある者がジェイの母親の治療に取りかかった。
ヴェッシュ商会は会長が逮捕され違法の研究に手を出していたと言うことで完全に崩壊し倒産した。
クミナルと思われる者たちも数名発見されたが逃げられてしまったらしい。
そして、そのごたごたから一週間が過ぎ、私は「運び屋」を訪れた。
依然頼んでいた信頼の置ける人物で私が預けていた武器や荷物を何一つ無くすことなく届けてくれたのだ。
武器である刀に、そのほかのランプや地図が入ったリュック。
その中の宝物も確認し、運び屋に代金を払って別れギルドに足を運んだ。
ギルドマスターが帰還したのだ。
以外にもギルドマスターは自身が不在の中で起きた出来事を何一つ驚かずむしろ「よくやった!」とかなり喜んでいた。
そして、私はカウンターでギルドマスター、オードスと初めて面あって話をすることは出来た。
オードスはもう60歳いくかいかないかの老人らしく、町では引退の噂を耳にしているが本人をみる限り「引退」という言葉すら頭に出てきてないように見える。
背は私よりも高くドワーフのように白い髭を蓄え髪も白髪で短く切りそろえており、目が開いているのか開いていないのか分からないほどに細い目をしている。
軽薄そうであるが右頬には切り傷があり戦士として戦いを繰り広げたことを想像させる。
「ブルーバードギルドマスター、オードス・リクレード。
話の内容は大方あいつからの手紙で事情を把握している。
一応あんたの口から目的を聞いておきたい。」
案外雑な話し方に一瞬か溜まったが、ようやく自分の目的を話すことになった。
かなり時間がたってしまったが、意志は揺るがない。
「ギルドを建設するための心得を教えてほしい。」
序章 終わり
コトハ
ギルド「ブルーバード」に訪れた若者で、マスターに会いに来た。バルバサからの船で来航してきた。冷静な判断力を持ち同時に自分と似た境遇の者を見捨てられない。
サラ
赤いドレスに白いエプロンと深緑のような緑の目が特徴的な少女でおそらくギルド看板娘。他のギルド員同様にジェイの事情を知っているようである
ジェイ
コトハにヒグレ草の入手を求めてきた少年。しかし口が悪く余り大人を信用していないようである。薬草園の一人息子。
2016/5/15 訂正