ギルドの門を叩くもの 一章 12‐④
幽霊に魅入られた贄。」
戦闘が終わり梯子を上った後に、不意にある出来事の事が頭の中で幽霊の青年名前を聞くのを忘れていた。
周囲に敵影がないことを確認し、己の体の中にいる幽霊の青年に話しかける。その際にはエムリュスは周囲の様子を見ており、こちらの会話には入ってこないようなので私はそのまま話を切り出す。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったですね。
私はコトハといいます。」
「あー、言わないとダメ?」
「あらかじめ名前を知っておけば後で行動に移す時や、声を掛け合う時にも迅速な行動に移しやすいでしょう。
名前を呼びあうことでお互いに信憑性を持つこともできます。」
コトハがそう説得した後も彼は「うーん」とうなり声をあげ、そのまた後に「うーん」とうなり声をあげた。どうもかなり迷っているようであった。そしてこう尋ねてくる。
「じゃあ、俺の持っていたあの宝石や立ち込めていた霧の正体も知らないってことだよな」
「ああ、知らない。そのことも知っているのか?」
「霧については知らん。だが、宝石の意味を知らないってことは本当に俺の正体に気付いていないのか?」
「おおよその見当はついている。だが私はその人物の名前を知らないんだ。だからあなたの名前を言い当てることはできない。」
そう答えると彼は頭を抱える様にうなり声をまた上げる。姿を見ることはできないがどうした物かと頭を抱えているような光景が想像できる。やがて、意を決したようにコトハに話しかけて来た。
「レイワード・バルザード。」
思わず「ファッ!?」と声を漏らす。
その声に驚いたのかエムリュスがこちらを振り向いた。それに構わずコトハは幽霊の青年、自称レイワード・バルザードに問いかける。
「今、バルザードといったのか!でも待て、バルザード家の子息は焼き討ちによって確か・・・。」
「そういう反応されると思った。
確かに俺もバルザード家の者であるがバルザード商会初代当主のルーファスの直系の子孫じゃない。
俺の親父に当たるランキンスも直系の子孫ではない。俺たちはルーファスの弟ルドルフの息子だよ。
もういっそ俺の正体を全部話したほうがいいか?」
彼の正体に愕然とするがあまりの情報の乱雑さに頭が混乱してきた。
そういえばルキという自称バルザード家のメイド長の話と矛盾している。
どうしてこんな大事なことを忘れてしまっていたんだろうか。
彼女は嘘は言っていない。だが、本当の事も話してはいない。
彼女は言っていた。
“その霊獣様は初代バルザード家当主ルベルド様の"友"となり"家族"となりました。
しかし、無族の欲とは本当に深く醜いものです。
二代目様は霊獣様を封印し力を思うがままに振るい三代目様も同じように霊獣様を扱いました。“
彼女の初代の言葉が“商人としての初代”ではなく、“貴族としての初代”のことを差していたのなら一部合点がいく。しかし、それでも多くの矛盾点が存在する。
初代貴族のバルザード家の当主はルベルトのはずだ。本の中でちらりと見たのを覚えている。アルジャーノン・マグドネルの手記のなかでは、商会を立てたのはルーファス・バルザードのはず。確かにこのバルザード家の歴史はこのラクノシアの歴史の中でも断トツに長い。ラクノシアとアルカスの戦争が終結する前から存在していたはずだ。ルキが語っていたルベルトの子孫がルーファスだと仮定すると大きな時間差が誕生する。私も正確なバルザード家の血筋を調べたわけではない。それでもそれはあまりに大きな矛盾だ。
ルキのあの証言はいったいどんな意味を持つ?わざわざ誤解を受けそうな情報を渡して何をしたかった?そもそもルキは本当にバルザード家のメイド長なのか?
彼女に対する疑問が一気に爆発する。
そして幽霊の青年がレイワード・バルザード、そして父親がランキンス、ランキンスの叔父にあたるのがルーファス。
こういう構造になる。
待てよ、まさか。
それだとしたらおかしい。この人が死んだのは1755年。仮にその翌年にルドウィルスが生まれていたとしたら年齢が合わない。とっくに無族の寿命を超えている。もしくは容姿そのものが若すぎる。
そうなるとルドウィルスはレイワードの息子ではない。その子孫、大体孫世代のあたりだろうか。ルキ曰くルドウィルスはバルザード商会の中では四代目に当たると語っていた。
レイワードが商会の当主としてその座についていた時期が僅かにあったとしても、その先にある空白はだれが埋めていた?ランキンスだろうか?もっと詳しくバルザード家の家柄について調べるべきだった。
「一つ聞きたい。
ルキ、という女性に聞き覚えはないでしょうか?」
「ん、ルキ?あのメイド長なら俺の婚約者だ。気立てのよい女でな・・・。
嬢ちゃん?」
その質問には彼は何も隠しすることがないように答える。しかしその答えは逆に私の背筋を凍てつかせ悪寒を走らせる事となった。
得体のしれない寒気が体の芯から血管の先まで駆け巡った気がした。
聞きたくない。でも聞かなければ進むことができない。
嫌な予感が頭の中で大きく何度も警鐘を鳴らした。
引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ・・・。
まるで知ってはいけない存在がすぐ目の前にあるかのような圧迫感。
「最後にその女性にあったのは、いつですか?」
聞いてしまった。もう引き返せない。
「さあな、でもあいつも俺とほぼ同い年のはずだから、長生きしてくれているか、それとももう死んじまったか。」
心の隅に隠れていた可能性が確信に変わり表面化する。
ルキではない。少なくとも私とオルトスに情報を与えたのは彼女ではない。別の何者か。
今回の事件はどうも、幽霊のかかわりが多すぎる。
「コトハ様、お顔がすぐれないようですが?」
エムリュスが心配そうに声をかけて来た。
きっと今の私の顔は顔面蒼白という言葉がそのまま当てはまる状態になっているだろう。それが今自分でもはっきりとわかるほどに気分が悪い。
近くの椅子にドカリと座り込む。座った瞬間に脆い音が響いたが幸い壊れることはなかった。
「大丈夫だ。いやなに、自分で今とんでもない可能性を思い描いてしまった。
・・・レイワードさん。すべて話してください。
完全な“中立”の立場であるあなたから話を聞きたい。」
「・・・そうだな全部話すって約束したしな。だが、この奇妙な霧に関しては俺もわったくわからないからそこは省かせてもらうぞ。
そうだな、俺の一族のあんたの疑問には答えてやれん。俺も18くらいで死んでるしな。まぁ大方商会は親父、ランキンスがそのまま何年も至福の肥やしの為に商会を根城にしたんだろ。
んで、このペンダントのサファイヤについてだが。」
そこで彼は言葉をいったん区切った。
コトハの様子に気付いたのか、「どうした?」と、声をかけてくる。
私は声を出すことができなかった。
「なんでもないです。続けてください。」
平静を装い、いやもう二人にはおそらく気づかれているが今は気分が悪いから待ってほしいとか言っている場合じゃない。
私がここにいる理由が、レイワードの言う通りだとしたら少しの時間も惜しんでいられないことになるのだ。
レイワードは何か言いたげな空気を見せるも彼も状況を察しているのか話を続けてくれた。
「このサファイヤは魔法石になっていてな、魔術をたしなんでいる者がいればすぐにわかるんだが、この宝石は封印の最後の“楔”になっている。この宝石は魔術の制約のよってバルザード家の人間しか扱うことができない。さらに壊すことができるのもバルザード家の者だけだ。正面から言わせてもらえば、この宝石をバルザード家の人間に渡してもらいたい。俺の子供みたいなもんだからな、ランキンスの愚図は気に入らなかったけどな。」
ルキは2代目がルットを封印し3台目も霊獣の力を利用したと言っていた。父親であるランキンスという男に対して露骨に嫌悪感を出していたが、仲が良くないのだろうか。彼のさっきの生き方を聞いていれば商人としての事業をさぼった挙句、全く別の道へ進んだ息子を疎ましく思ったのだろうか。
そんなことを考えると、不意に頭の中に父親の顔が浮かんだ。
いつも家の事、国の事を考え周囲から忠義の鑑と謳われた厳しい顔つきをした男。
そんな大きいことを見るくせして、家族への愛情を全く理解しようともせず果てには「小さなこと」と切り捨てた、まるで仮面のような張り付いた顔を持った男。
不愉快だ。今は今の事に専念しよう。
目を伏せた後に顔を上げる。目の前にはレイワードが浮かんでいるような気がする。自分の体の中に入る前の姿をしている。それが胡座をかいてイスに座っているかのような姿で青い鈍い光を帯びながら地に足をつけずに私と目を合わせるような位置で、私と向かい合っている。ルドウィルスと依頼の事を話していた事を思い出す。彼もこうやって胡座をかいて私たちと向かい合っていたな。
「現代のバルザードの当主が、その宝石を壊す、という選択肢を選んだらどうするんですか?」
「ん、そんなことか。
ぶっちゃけ俺もう死んでるから貴族としても、商人の当主として、その先の未来なんて関係ないしな。
宝石をそのまま安全な場所に移すもよし、宝石を壊して霊獣との縁を切るか。
そんなことは今の当主が決めることだ。
俺としちゃ、ランキンスの愚図おやじのしりぬぐいを指せるような気がして気が引けるけどな。」
「正直、どうでもいい」とまで言い出す始末である。
結構さっぱりした人物(幽霊)である。
「実は、私たちがこの件に関わった要因の一つに彼女の名前を名乗る人物が関わっているんです。」
そのことを話すと珍しくレイワードは目を見開き、こちらの会話を促してくる。
「彼女から聞いた話では、2代目、3代目が霊獣の能力を用いて繁栄を築いたと言っていました。
しかし、あなたが本物のバルザード商会当主3代目だとして、あなたがこの海に出てからなくなって66年がたっているとしたら、話の辻褄が合わなくなるんです。レイワードさんの息子が私たちの依頼主であるルドウィルスであるとするなら、彼はもっと年を取っているはずです。もしも、ルドウィルスが本当にあなたの血を引いているとしたら孫か曽孫の世代に当たるはずなんです。
しかも、彼女が出した初代の名前がルーファスではなくルバルドでありました。
ルバルドの名は貴族としてのバルザード家の初代当主の名ではありますが、商会としての名前ではなく、ルーファスの名前が商会としての初代の名となっているのです。
この情報を与えた人物について何か知りませんか。」
ここまで言うと彼は真面目な顔つきになり、深い思考の中に意識を沈めたのかしばらく黙ったままになった。
戦争が終わってちょうど90年、バルザード家の現在はかなり衰退していたのだろう。
屋敷のあの閑散とした様子、ルドウィルスのあの余裕の無さ、きっとランキンスが商会を支配していた時期はそれなりに稼ぎがあったはずだ。その中でこの船を入手しその中でレイワードを乗せた船が66年前に沈没したがそれがなかったことにされた。きっとそれなりに役人の重役に対してパイプを持っていたことになるのだろう。
やがて、彼は長い思考から目を覚ましたようにゆっくりと語りだしたが視線を伏せたままであった。
「結論から言うが
その女は間違いなくルキじゃない、偽物だ。
あいつは真面目でたとえどんな理由があろうと、仕事先の情報をそう簡単にべらべらしゃべるやつじゃない。それにあんたのその言い方から察するに依頼主の言伝であんたにそのことを話したんだとしても、そんなあやふやで相手に誤解を与えるような言い方をしない。」
なんてこった。
思わずその言葉を口に出そうとしてギリギリ思いとどまる。
今まで砕け社交的だった彼の顔つきは真面目で凛々しいものになっており、その言葉が冗談でもなく、嘘でもないことがコトハには直感的にはっきりと感じられた。
でもやることは一つ、この船の親玉を見つけ出して
「脱出すると、いうのですか?」
いつぞやに聞いた女性の声。
その声の主は、凛とした声を持ちながら、威圧的な力を持った存在だった。
進もうとした先の梯子がその声が終わったと同時に木材の折れる嫌なきしむ音と共に崩壊する。
進む道がふさがれた上の穴から、長い黒髪に紫色の宝石をつけた黒い枯木のような杖を持った青年だ。宝石が光を放っておりその顔つきがはっきりと見える。
やつれた顔はバルザード家の人間の顔つきに似ている。ルドウィルスの顔を少し更けたような顔をしている。服装は恐らく黒いローブの魔術師風の服装をしている。ローブとフードから出ている右手には様々な宝石がはめられた5つの指輪がはめられている。彼の顔つきと今の状況がなければ彼はきっと商人の者なのだろう。
腰のベルトには銀の装飾が施されたナイフが差されており紫の光を受けて妖しい輝きを放っている。
目のしたのは大きな黒い隈によって顔つきは非常に不健康な印象を持たせる。それにその杖の光は見るだけで精神的に拒絶する何かを感じた。具体的に言葉にすることはできない。否、正確な言葉を見つけることができない得体の知れなさ。
「だめだろう、せっかく見つけたあの獣の首輪を壊すなんて。」
彼が声を発したとき、その声は姿とは裏腹に女性の高い声をしていた。
その声は、確かに私とオルトスに情報を渡してきた“ルキ”の声をしていた。
それだけでも私にはその存在は“心を許してはいけない”。
その警笛は確かな確証となり私は今までの旅の中で身に染みていた警戒の構えを崩さない。左腰の刀をすぐさま抜き、その男に向ける。
エムリュスもすぐさま剣を抜いた。彼も同じ様に感じ取っているのだろうか、先ほどの穏やかな顔つきはすぐに警戒色に染まり空気は一転し緊張と不安がそこに駐屯する。
「何者だ」
無意識のうちにドスのある声になる。
そいつは刀を向けられているに関わらず飄々とした余裕のある態度を崩さない。
顔たちは整っているもののその雰囲気には魔術士であるヴァレンティスとは程遠い邪悪ななにかを感じた。
そいつは私のその疑問に答えた。
「名乗る意味はあるかな?その宝石を渡してもらおう。
あの獣は十分利用価値がある。
一般人の君には過ぎたものだよ。ああ、でもこの主が君を欲しているから君を生かして返すのは無理か。」
彼はそういうと「ふぅ」とため息がつくと右手に握っている杖を左から右へと横払いをするように振る。
その宝石は妖しく光り突然その場に黒い小さな靄を発生させた。
最初こそ手の平に収まるような小さなそれは直ぐに人の大きさと何ら変わりなくまるで潮が渦を巻くように変化し、そしてそこから2体のスケルトンが現れた。先ほどと違うのは、そのスケルトンにしっかりとした武装が施されているという事。
先ほどのスケルトンたちは本当にその場にある物をもって襲いかかってきた。
でも今こいつが出してきたスケルトンはレザーメイルに身を固め、それぞれ左手に盾と右手にサーベルを持っている。そして頭蓋骨の瞳孔、目に当たる部分は紫の光があった。
「自己紹介をしておこう。
私の名前はルパート・バルザード。
そしてさよなら。
幽霊に魅入られた贄。」
~葉桜~
おはようございます。こんにちは、もしくはこんばんは。
作者の葉桜です。
漸く12話完遂しました。とはいっても一章の完結まであと3話くらいあるんですけどね。
本当は前編、後編といった3区切りで終わるはずだったんですけど、途中で修正や量的にかなり増えていってしまい。かなり削ってそれなりに読みやすくした結果が4つに分かれてしまいました。(笑)
今回の後書きは私だけが登場です。
やっと一章の終盤に来ましたね。
一番最初に一章が始まったのが去年の5月11日ですね。
・・・・・下手したら一年で一章なんていうかなり遅いペースになりかねますね。
出来る限り、ペースは上げていきたいとは思っていますが、こちら側の都合もあって投稿は不定期となっています。
本作品を読んでくださっている方々の為にも、この物語の完結を目指していきたいと思います。
今月中には1章は完結させたいと思います。
皆様これからもよろしくお願い申し上げます。




