ギルドの門を叩くもの 一章 12‐③
「どうなってもしらんよ。」
彼はそうつぶやくとまるで、なんも抵抗もなくコトハの体の中にまるで水の中に飛び込んでくるように滑かに入ってきた。
その入り込んで出来た感触を私は、しっかりと感じ取った。彼の持つオーラというのだろうか、体の骨の芯、心の臓、彼の視線や呼吸がまるで生きている力が肉体という器を失ったことにより、むき出しになったその生きている力が体の中に少しずつ体の隅々にしみこんでくるのが感じられた。それは冷たく、生暖かく、それでいてどこか圧迫感があり、掴もうとすると腕からすり抜けてしまう虚脱感。
「コトハ様!?」
エムリュスが驚きの声と共に幽体の青年に右ストレートを食らわせようとしたが、既に彼女の体の中に入ってしまっていた。エムリュスはそのまま何度もコトハの名を呼び彼女の肩を揺さぶる。
知るはずのない記憶や感情や記憶がコトハの脳の中に直接感じ取られる。
それは不思議とその青年の感情と記憶であることを直感的に理解した。理屈も何もないその目の前にある真実が直接頭の中にまるで花が咲くように開き、凋み散っていく。
目の前に現れたのは小さな貴族服に身を包んだ少年だった。その顔立ちはどこかルドウィルスと似ている。深い青い瞳は不安を宿していた。その少年の前にいるのは高級な赤い皮を使われた椅子であり、そこには誰もいなかった。少年は次第に目に涙を浮かべていたが声を出さず、ただそこに立っていた。
次の記憶はその顔立ちは幽霊の青年と全く同じであった。高級な黒い衣服を身に纏い首には大きな宝石、あのペンダントがぶら下げられていた。その青年はナラノキの木で作られているであろうデスクに山積みにされた多くの書類に目を通し、そして判子を押していき数枚確認した後に顔を上げた。その顔の先にはルキがいた。彼女は彼の視線の意味を知っていたのであろう。デスクに近づき判子の押されなかった書類を受け取り目の前の炎の燃え盛る暖炉の中に放り込み、逆に押された書類を持って部屋を出ていく。それと入れ違える様に執事らしき男が部屋に入ってきた。その顔は若い顔つきをしているが、間違いなくバルザード家の屋敷で最初にコトハ達を受け入れた執事だった。
その次に出てきたのはさらにそこから更けた顔つきした人物だ。女の人が抱えているであろう布に包まれているもの、赤ん坊を見てそれまでの厳しい顔つきとは離れた野菜い笑みを見せている。近くには先ほどの執事が更けた顔をして涙を流しそうになっている。
そして次の記憶は青い猫と植物園のような場所で対峙している。お互いに何かを言っているようであるが、そこまでは聞き取れなかった。
少しづつしみこんでくるこの存在は、意識の中に恐ろしく馴染んでいく。しかし次の映像を捕えた瞬間、拒絶した。どういう記憶だったのかはハッキリとわからなかった。しかしその記憶は間違いなく一度似た体験をしていたコトハが本能的に拒絶をするほどの出来事だった。
反射的に行った拒絶は流れ来る記憶の濁流を止めた。流れ込んでくる存在はそれと同時に嵐がやんだ海のようになだらかになる。もう記憶が頭の中に押し寄せてこなかった。私は自分の体の中に入り込んできた幽霊の青年に声をかける。
「この記憶はお前のものか?」
自分の意志で己の体の口を開く。憑依された状態なのだろうか、体に少し寒気が感じる。それと同時に霧がかかった時とは別の何かが体にのしかかっているような感覚がある。正直寒さが増えた感覚がある。しかし想像していたとのは裏腹に“操られる”という意識はなかった。
「あんたも、自分の親父の事が嫌いだったのか?」
彼の声ははっきりと自分の体の中から響いてくるのを感じた。
「どうだろうな。少なくとも自分の子を道具としてしか見ない男は知っている。二度と会いたくもない。」
「ハッ、子供に嫌われちゃ元もこもないぜ。
俺は子供がいたが嫌われてたからな。あんたに憑依を拒絶されたのにも頷ける。」
「それより、お前まさか。」
「あー、まてまて。あんたが言いたい事はなんとなく察しがつくけど今は脱出することが先決。
安心しな、一度憑依しようとした相手に一度でも拒絶されれば憑依して操るなんてkとはでえきねぇよ。
・・・・というわけで宝石はきっちり届けてもらうからな。一応あんたの騎士にも説明してくれ。下手してその刀で切られたら完全にお陀仏だから。」
彼はそう言い私の刀を指さす。どうも彼は持っている刀に警戒心を持っているようだ。彼の言い草からこの刀は霊的な物にも影響を与えるのだろうか。
とりあえず私は今の体験をありのままにエムリュスに使えることにした。エムリュスは私が言葉を発したと同時に、肩を揺さぶるのを止めていた。そして幽霊の青年の声が私の体の中からか聞こえていたのだろう。じっとこの言葉に耳を傾けていた。
「幽霊、その言葉嘘偽りないな?」
エムリュスは私、いや正確には幽霊の青年に様々な意味を含んだ声で声をかける。彼お声には警戒心と怒りがにじみ出ているのがハッキリとわかり、自分に向けられていないと分かっていてもかなり気まずかった。
「俺の魂に誓ってもいいぜ。俺もどちらにせ未練を残したまま海の中で眠るのはごめんだからな。」
「遺体を陸地に引き上げないのか?このままだったらまた海に沈んでしまうぞ。」
私は幽霊の青年の言葉に疑念を覚え声をかける。自分で自分の体に語り掛けるという奇妙な経験はきっとこの先ないだろう。
彼は私の疑念に何の迷いもなくさらりと答える。
「いいんだよ。俺は元々商人なんて柄じゃないのさ。商人としての稼業を無理やり息子に教え込んだせいで嫌われたもんだがな。
俺は水夫として海の上で死ぬことを決めていたんだ。ここが俺の生きた道の果てなんだ。遺体がどうなろうが知ったこっちゃないが、やっぱり息子に押し付けたままなのは柄に合わなくてな。あいつの道はまだまだ先がある。この宝石を渡したら、これを破壊してくれ。この宝石が恐らくあんたらの目的に繋がるはずだからよ。」
「一つ聞きたい。あんたのいう“目的”というのは恐らく私が今受託している以来の事だろうが、なぜそれを知っている。」
彼の意志はわかった。遺体に関してはなにも運び出すつもりはない。しかしなぜ私とオルトス殿が受けた依頼を知っている?
それに関しても彼はあっけらかんと答えてくれた。
「憑依ってのは、乗り移った人間の精神と同調するようなものなんだよ。あんたも俺がとりつこうとした時にいろんな映像が頭の中に流れ込んできただろう。それと同じさ。
依頼の内容はペット探しっつう名目ね。嬢ちゃんもなかなか厄介な縁を惹きつける力を持っているね。漏れたち一家の秘密に足を突っ込むとは。あ、でも選んだのはコバルトウルフか。意外だなもうそんなに時代が流れてたのか。無族を毛嫌いする種族が共に行動するとはなかなか面白い。」
「そろそろ、移動してもいいだろうか。他にも言いたいことは移動してからでも。」
彼は最初にあったころとは別に少し饒舌気味になっていた。
彼のしゃべる内容から大方正体に見当はつくが、早めに決めつけるのはよくない。それに彼が完全に憑依できない状態とはいえずっとくっついてられると寒気がする。
それに声は相変わらず自分の体の中から聞こえてくるもんだから少しクラクラする。
「おう、そうだな。
進んでいくついでにこの船の構造や、あんたが一番知りたがっていることを教えてやるよ。」
廊下の床には所々穴が開いており嫌に近くで波の音が聞こえる由縁を悟る。あのまま暗い状態で進んでいたら海の中に足を突っ込み落ちていたのかもしれない。穴が開いても水が入って来ないのはこの船のどこかに空気を入れておくための設備があるのかもしれない。何といってもバルザード家の商船だ。この船が活動していた時代の中でも性能の良い船を用意できたはずだ。
だが、気になることがある。この船は商船だ。ラクノシアから物資を運び込んだとして、アルカスからは何も運ばないのか?少なくとも取引のために使った金品や物品があるはず。それなのに今のところ倉庫らしき場所には何もなかった。そういった大事なものは上の階にあるのだろうか。
その疑問には幽霊の青年が答えてくれた。
「そういった倉庫は上の階にあるぜ。だが今まで海の底に沈んで海流に流され続けていたからな。あちこち船も傷んでいるし海のどこかに流されちまったかもな。」
彼の案内が出来上がってからは少しづつこの船への不安は拭い去られていった。また船に穴が開いているのに浮かんでいられるのは。船の底に空気をためて置ける小さな専用の部屋があるらしく、この船に一人分の大穴が空こうと浮いていられるのはその効果のおかげという事らしい。
「そう言えば、なんであんたらこんな場所にいるんだ?あんたの記憶だと目を覚ましたらここにいるっていう状況だったらしいが。」
そいえば、なぜ私があんな場所にいたのだろうか?港で何かに覆いかぶさられたのは覚えている。だが、なぜこんなところにいるのか見当もつかない。彼に指摘を受けてふいに疑問となった頭の中に風船に空気が入れられたように浮かび上がる。
「そう言えば、なぜだろうか?」
「なぜかって、あんたここに楔の宝石があることを知って幽霊船の事を考えていたんじゃないのか?」
「いや、私はあの時バルザード商会の歴史とかについて調べていた。
ある老人から“近いうちに幽霊船が出る”という話を聞いた程度で、あまり深くは考えてはいなかったな。」
「・・・それ、一番最悪な状態じゃねぇか。」
「どういうことだ?」
彼の語尾の言葉が気になり私は彼に質問を投げかける。
「おれたち幽霊、まぁあんたらでいう“この世ならざる者”達はな、どういうわけか生きている力に惹かれるんだよ。特に強い未練を残しているやつとかはな。それで生きている者を“魅入る”力を持っている。このくらいの規模のこの世ならざる者の力が働いていいるなら、あんた何の因果で目をつけられたか知らないが、既にこの船に“魅入られてる”。」
「あなたが私に今憑依しているではないですか?」
「それとは違う。もしもこの船を幽霊船として乗っ取った親玉があんたに憑依しようとしたら、俺は簡単にあんたの中からはじかれちまうからな。あんたがどう思おうが完全にその魅入られている領域に入っている。今あんたこの霧やその刀、そしてその本の力に守られているようなもんだがよ、早めに脱出したほうがいいぜ。もしくは二度と魅入られない為に神殿に入って加護を得てもらうか、この船のどっかにいる親玉を倒して解放されるか、二つに一つだな。」
「つまり、今私がここにいるのは幽霊船の力に引き寄せられた。
そういう事か?」
「十中八九そうだろうな。
だが、取り込もうとしたはいいがその刀の力に邪魔された。
あんた気付いているかわからないが、その刀、かなりの業物らしいな。
商人として多くの商人を見る機会があったからわかるが、その刀には何らかの力が込められてるぜ。俺たち幽霊が本能的に恐れるも乗ったら、神聖な力を持った神聖魔法や、お守り、あと霊を切る力を持った武器だな。それは刀だからさしずめ霊刀ってところかな。もしくは、霊的な分子を破壊するほどの強力な魔法とかな。
あんたどっかの姫様か?そんな力を秘めた業物なんてこの世の中にそんないないぞ。」
彼の目には普通の人間と何ら変わらない好奇心が目に宿っていた。幽霊といえど元は無族、その生き生きとした意志は生者となんら変わりのない。しかし彼はもはや“この世ならざる者”。簡単に心を許してはいけない。それでも彼にはどことなく親近感があった。彼の口ぶりから自分の子供に対してかなり押しつけがましいことをしていたようであるが、それを懐かしんでいた様子から親としての温情があったのは間違いない。
「この刀はな、ただの刀だよ。
母親が唯一残してくれた、ただの形見だ。」
私がそういうと彼は一瞬で察しがついたのだろう「そうか。」と言ってそれ以上刀に関しての追及はしてこなかった。
「まぁいいや。
とりあえず宝石はちゃんと持って行ってくれよ。直接は無理でも宝石をバルザード家の人間に渡してくれれば俺も未練なくあっちに逝けるはずだからな。」
そういうと彼は頭の中、正確には体の中だが幽霊の青年は己の遺体を指さしているように感じる。
先ほど勢いで約束してしまったことを半ば複雑に思いながら遺体に近づき首にぶら下がっている青い宝石が施されたペンダントを取り上げる。遺体に握られていたエンブレムが目に入ったが不思議とそれに手を伸ばすことはなかった。自身に取り憑いた幽霊の青年が意識に入れなかったのか、特に頭の中にエンブレムに対する感覚が存在しなかった。
幽霊の青年にエンブレムの事を聞こうとしたがどうゆうわけか、彼にそのことを聞くことはなかった。ただ単に私が興味を失ったからなのか、それとも幽霊の青年の精神と私の精神が本当に共有されてしまったのか、わからないままに。
廊下の先には濃霧がかかっていて何が存在しているからないが、そこは幽霊の青年は教えてくれた。
「そっから先の突き当りには梯子があって上の階に上ることができるはずだ。
んで、その手前にある広い部屋のような場所は櫂で漕ぐためのいわば手動でこぐ部屋だ。
俺は元々バルザード家の者であったから本当はこの船の船長に上の仕事を推薦されていたんだがな、俺は漕ぐのが好きでな。嵐んときもここが一番最初に海水が叩きつけられて穴が開いてな、そこで何人かの同じ水夫が海へ流された。
俺はそこで偶然流れ込んできたある魚に足を食いちぎられてな。」
その広場のような場所は左右の壁に均等な配置で小さな小窓が据え付けられている。その大きさは人の顔くらいの小さいもので、櫂を支えている支点に当たる木製の突起が船の外と内部に打ち付けられておりすでにボロボロになった櫂が力なく突起部分に寄りかかっている。代わり広場らしき場所に近づこうとした所で、霧が薄くなり月明りも先ほどよりも入ってきた。
霧が晴れていくと同時に気味の悪さが周囲に増えていき、霧の代わりにその奇妙な重みが押し込まれるような気がする。白が消えていくと同時に何か黒い存在が再び船に纏わりついてくるような感覚を覚える。
どうやらそこはさっきの青年が言っていたように船を手動でこぐことができる小さな窓が壁に均等に並べられており、その場所だけわずかに水が浸水しており踝程の深さが水の反射具合から推察される。この部屋は幽霊の青年が言った通りだ。あちこちにここで朽ちてしまったであろう屍が転がっている。それは皆形がバラバラでスケルトンとして動く出会う確率は低かった。
「そういえばなぜあの部屋にいたんだ?それも戦闘の後を残して。」
「ん、まぁそこはいろいろな。
脱出出来たら教えるさ。自分が死ぬ瞬間の話なんてあまりいいものでもないからな。」
先ほどとは違い彼は言葉をつぐんだ。それもそうだ。誰だって自分が死ぬ瞬間を思い出したくはないだろう。
先ほどの部屋にカンテラか何かなかっただろうか?そう思いその場を振り返り先ほどの部屋に戻ろうとした時だ。
耳にカラン。と、普段なら人々の声や船の動く音で掻き消えてしまいそうな、乾いた軽い音が入り込んできた。その音と同時に水のわずかな流れる音が聞こえる。その音は少しづつこちらに近づいているようでエムリュスもそれに気づき、剣をいつでも抜く姿勢を見せ私を庇うような姿勢を見せる。
「霧が晴れた影響か。」
幽霊の青年は苦々しくつぶやく。
しかしその音は今通ってきた通路からも聞こえて来た。こちらは水の音がない。だが時々ザブンと水の中に何かが落ちる音が聞こえる。何か大きなものが先ほどの廊下の海に通じてしまっている穴に落ちたようだ。それでも乾いた音はやまず、暗闇の今来た通路からやがてあの骨の怪物が今度は3体姿を現す。骨の大きさから元は大男だったことが推察でき、その大きさはエムリュスと対して差がない。いや、遠目で得見て彼と同じくらいというのならもっと身長はあるのかもしれない。通路の幅が広い為その三体の怪物は並んでゆっくりと不気味な音を立てながら近づいてくる。まだ距離はありエムリュスとの会話をしても大丈夫な距離であるがそんなに時間はなさそうだ。先ほどの幽霊の青年のいた部屋にもうさしかかろうとしている。
「コトハ様、こちらからも。」
エムリュスが声をかけてくる。先ほどの音から考えるに彼の方にも少なくとも複数現れたであろうスケルトンの事を察する。
お互い背中合わせになる状態で声を掛け合う。それと同時に私は左腰にさっき差しなおした己の刀の柄に手をかけ抜刀の構えを取る。
「そっちはいくつだ?」
「ざっと見ただけでも5体はいるかと。」
「任せて大丈夫か?」
「翼の騎士の名に懸けて。」
「ならこちらも任せろ。そっちよりも数は少ないからすぐに片が付く。」
「しかし・・・。」
「少しは自分の主人を信じたらどうだ。こんな修羅場長い間旅しただけあって慣れている。
そこいらにいるキャーキャー騒ぐ町娘とは違うんでな。」
私の視界にはやがて月の灯りに照らされた3体のスケルトンの姿がはっきりと映し出された。
その大きさはエムリュスの背を軽く超えている2mを超える大きさで、手には木材が握られ槍の様に構えている。この骨格は元々ルドヴェズ族の人たちだろうか。彼らは非常に大柄で女性でもかるく180cmを超えると聞く。昔は社会とのかかわりを嫌っていたそうであるが近年では人間と共に行動する者も多く、その巨体と槍の技術を買われ商船の護衛についている姿が多いとされている。実際にドルファイからくるときもインディアン風の姿を取った槍使いのルドヴェズの一族とも会話を交わし時には手合わせもしていた。
しかし、そんな背丈などどうでもいい。むしろ好都合。
一見すれば小柄な私のほうが不利に見えるだろう。なんせ相手は2mを超える巨体であり、槍もどきの長い木材を持っている。木材はこの船が壊れた時にできたのだろう。先端がまるで何本もの針の様にとがっており、刺さってしまえば痛いことは容易に想像がつく。おまけに彼らはその巨体を生かして長いものを自由に振り回せるのだ。リーチを考えても盾を持っているエムリュスの方が適任であろう。
しかし、私はその巨体を一撃で沈める剣技と自信があった。
「行くぞ。」
私のその言葉で生者二人はそれぞれの敵の前へと走り出す。
動きを察知したのか三体のスケルトンも機敏に動き出す。ます真ん中の一体が槍もどきをその骨だけの体の右手で突き出す。近くで見ればその骨は無族とは比べ物にならないほどに太い。肉がついているコトハの腕と対して差はないだろう。この船の太さと頑丈さゆえに死してなおこうやってこんな大きな物を振り回すことができるのかもしれない。
その槍もどきを姿勢を低くして足で案を描くように回避する。槍もどきが私の髪をかすめた。幸い髪の毛が絡まるということはなさそうだ。
そしてあらかじめ抜刀の構えを取っていたその回転の動きを利用して刀を抜いた。
敵との距離は、目の前。
弧を描くように向かれた抜刀は姿勢を低くしたすぐ目の前、すなわち足の骨を砕いた。あまりにもその太い骨に綺麗に入ったのか、摩擦音はほとんどしなかった。
まさに一閃。
目の前のスケルトンは足の骨が断ち切られたことでバランスを崩し、私に覆いかぶさるように落ちてくる。しかし、コトハは抜刀したと同時に、右へその軸をずらしたため、足を失ったスケルトンはそのまま床に激突し、その時槍もどきを突き刺そうとした左右のスケルトンのその槍もどきを食らって肋骨と頭蓋骨を砕かれた。その隙を逃さなかった。
スケルトンのその突き出された右腕と左腕を下から切り上げる。あまりの太さに最初は切れないと思ったが、このスケルトンの骨は芯の部分まではそんなに頑丈でないことが先ほどの一撃から推察できた。
それにこの刀は他の刀とは違う特殊な霊力を帯びている。彼らがアンデットとなってこうして襲ってきていたとしても、何者かの魔術によって操られていたとしていても、それを切り裂く。
切り上げた刀はスケルトンの両腕を切り捨てる。右側のスケルトンは攻撃手段を失い重みが突然消えたことでバランスを崩した。その前に後ろへと体をずらし、そこから刀の柄の先端を振り下ろし、スケルトンの頭蓋骨を床にたたきつけた。頭の骨は脆かったのかその衝撃でスケルトンの頭蓋骨はバラバラになる。
残りは1体。
もう一体のスケルトンは槍をちょうど戻していたところであり、突きの構えを取ろうとしていたが、それより先にスケルトンの懐に入り込んだ。まるで突進するかのような踏み込みの後に、刀を振り上げ重力のままに振り下ろす。そして、スケルトンの肋骨を砕く。上から頭蓋骨が口を開け落ちてきたが、両手がふさがっていたために後ろに下がる。その落ちてきた頭蓋骨はその向きを変え私を見上げる形で床に落ちたが、頭蓋骨の重さは余裕で床を貫通し海の中へと沈んでいく。残された足は力を失ったようにカラカラと乾いた音を立てながら崩れ去り、二度と動くことはなかった。
「・・・嬢ちゃんやるな。」
私の体に憑依していた幽霊の青年は感心したように言葉を漏らす。
「これでも冒険者ですので。」
すぐにエムリュスの方を見る。その時ちょうどエムリュスの剣が2体のスケルトンをまさに一刀両断した瞬間だった。わずかに入ってくる月明りが彼の剣を照らす。西から入ってくる月の光は彼のその一閃をより一層美しさを増やさせる。
彼はその動作を終わらせた後、周囲を警戒してからコトハの方を振り向く。
「こちらは終わりました。」
「こっちもだ。」
短い会話を追え、私はエムリュスへと近づく。
彼はその剣を鞘にしまい、私も刀を鞘にしまう。
「おそらく、あの青年が言っていた通りこの船に乗船していた水夫たちと用心棒達の遺体だと思われます。
コトハ様・・・。」
「まて、言いたいことはわかる。だがな、エムリュス。私の刀はお飾りじゃない。引き際もわきまえてはいるし、それを振るう意味も知っている。
だからこそ、私は冒険者としての道を選んだんだ。
過去の自分から成長するために、新たな自分の門をくぐるために。」
「・・・今回はかなり活動的な主のようですね。」
彼は小さくため息をつくと、己の両手を顔へと運び、そして兜をつかみそれを前へと動かし同時にマスクで隠れていた素顔を見せた。その兜を右わきに抱える。
オレンジ色の短すぎるほどの逆立った短髪、そして翡翠の色を纏った新緑の瞳。彼の柔らかな声とは裏腹にその顔立ちは逞しさをたたえ、柔らかな表情とは異なる誠実さがあった。そしてその顔の右頬にはマスクで隠れていた大きな十字の傷があった。特に縦に伸びている傷は顎から頭の上まで伸びている。
「そんな顔をしていたんだな。」
「主ともう認めているのです。素顔を隠す必要はないでしょう。
これから私は私個人として、あなたに仕えましょう。審判の書の守護者としてではなく、一人の騎士として。
ですか、あなたはまだ何も知らないに関わらず私との関係を“友”として接してくれようとしてくれました。
ならば私もあなたの事を主であると同時に、友としてあなたの言葉を信じましょう。
それでもあなたは一応女性なんですから、少しはお淑やかさを持つべきでは?」
「・・・女性であることはできれば触れないでほしいな。私は昔男として育てられていたからな。今でも女扱いされることは望まないし、どうもこう、慣れなくてな。
私が住んでいた国は今歴史の大きな分岐点に立っている。そのせいもあってか本来の国の仕来りがもっと厳しいものになっていてな、その中で女は男に対して常に従順であらなければならなかった。その上女が家事以外の事をすると必ず軽蔑されてな。
私はある理由で女ではなく、男として育てられた。だが、ある時に後継ぎとなる男子が生まれてな。・・・・急に女として生きることになった。
私はそんな家に愛想尽きてしまってな、いろんな人たちの協力を得て旅に出た。
それからだな、女扱いされると“お前に何ができるんだ”って言われてしまっているみたいでな。
セバに女だからあーだこーだ言われた時にそのことを思い出してしまってな。」
「ですが、女性だからできることもあります。そうやって性別で決めつける輩の話を全て聞き入れていたらあなたの精神が持たないでしょう。
きっと、“男としてのコトハ様”ではなく“女性としてのコトハ様”を求めている人がいるはずです。
新たな門出には過去の嫌な記憶は似合いませんよ。」
「そこまで言われるとは言われなかったな。
そうだな、あのギルドの門を叩いた以上はもう過去について悩む必要はないのかもしれない。だが私はどうも情に流されやすいからな、きっと完全に振り切るにはもっと時間がかかるんだろう。」
「では、これからどうしますか?」
「目的は変わらない。
この船を脱出して自分の夢をかなえる。」
「お付き合いいたします。」
「お二人さん話は終わったかい?」
幽霊の青年は二人が話し終わるのをずっと待っていてくれたらしい。そしてエムリュスに対して話しかける。
「あんた、アーティファクトだったのか。本当に驚いたぜ。あーあ。まだ生きていたら面白そうな世界が見れたのかもしれないのに。」
彼は本当に残念そうに言った。
本当に彼なら生きていれば、バルザード家の人間でなければ自由に外の世界を走り回っていたのかもしれない。




