ギルドの門を叩くもの 一章 12‐②
扉の向こうには細い廊下が続いていた。
周囲は完全に月明りが遮断され暗闇が支配している。
今この扉を開けても廊下には大した光が入ってこない完全に足場に不安を覚える、水の音がはっきりとさざ波の音と砲撃の音と共に聞こえて来た。そして衝撃が走るたびに足場が揺れ頭からパラパラと木製の小さな欠片が落ちてくる。船の中は非常に強い湿気にあふれていた。こうして歩いているだけでも、空気の中にある水分が張り付いてくるようで気持ち悪い。
ちなみに本は箱の中にあったボロ布を使う事にした。箱から取り出してみると意外と長さがありエムリュスの協力を持ってよくやく取り出せたのだ。ボロボロであるが意外と使えることが分かった。かなり強く引っ張ってみても破れることがなかったので惚れに包んで運ぶという物だ。
この先何があるかわからない、できる限り両手がふさがるような持ち方はしたくない。
布の中央に本を置き左右の布を上下に折り、布の先端の両先をねじり、真ん中で結ぶ。それを右肩に掛けて背負うような形をとる。結び目を肩に近づけることで中身を落とす確率を減らす。
暗い廊下で目を凝らそうとして、
「コトハ様、お下がりください。」
突然エムリュスが前に歩み出る。驚くほど静かに歩いてきて、自身の横を通り過ぎたことに気付けたのは左腰にぶら下げられた鈍色の鞘から音を立てずにまるで、滑らかな絹を手でなでる様にその剣を抜いた。その「攻撃」の瞬間である。
そしてそれを暗闇の中に存在した「何か」を上から下へこれもまた静かにそれでいて「圧」を感じさせる何かを発しながら剣を振り下ろす。その際には何か乾いたような音が「パリッ」という一瞬の音だけを響かせた。
エムリュスは無駄のない動きで攻撃した後の姿勢からそのまま周囲を警戒するように周囲を見渡す。
その影響か廊下の側面の木造の脆い壁がボキリという音と共に吹き飛んだ。そして、カラカラという不規則な音を立てその「何か」は崩壊した。
コトハは思わず彼のその無駄のない水のような、絹のような、または風をなでる翼のような動きに思わず見とれてしまった。彼のその動き一つ一つにまるで洗練された刀を連想した。彼の右手に握られていたのは、何の変哲のないバスターソードである。その刃の長さは100cm以上はあるだろう。片手で持つには片腕に非常に負担がかかってしまうはずの武器を彼はまるで普通の片手剣のように軽々と振り回す。左手には菱形の形をした彼の上半身をすっぽりと覆い隠せるほどの大きな盾であり、多く見積もっても軽く80cmはあるだだろう。その縦には方羽の鷲のような大きな翼が刻みつけられている。
そして、どこか心の中で思い出していた。
ああ、そうだ。私は“風になりたかった”のだと。
そして同時に別の乾いた今度は金属が僅かな月の光に照らされて、コトハは今自分がどういう状況にあったのか理解した。
「助かったエムリュス。
まさかスケルトンがいるとは思わなかった。」
目の前に転がり込んできた錆びのにおいを漂わせた刃こぼれのひどいサーベルを見る。
サーベルの円形の柄に接触している鍔は、黄金色のメッキがはがれ木製の柄があらわになっている。そして湾曲したその特徴的な刃には多くの刃こぼれの後があり、ろくに手入れしていなかったことが読み取れる。
エムリュスによって壁が吹き飛ばされた為わずかである物の月明りが廊下に差し込んできた。同時に隣の部屋の様子が壁が崩れたことで見える。どうも自分がいた部屋と同じようなもので外に面している壁は崩れ海水がさらにエムリュスの攻撃の余波を受けて海水が波を立てて床を侵食した程度の違いだろう。
「先ほどから、この船から“負のオーラ”が強く漂っております。恐らくこの船が
港で話題に上がっていた“幽霊船”という物なのでしょう。
なぜコトハ様がこの船にいらっしゃっていたのかは存じませんが、早期脱出を提案します。“ここ”は生者であるあなたが長居することを望んでいますが惑わされないでください。」
「驚いた。
ここが“そういう場所”だというのは薄々感じてはいたが、あなたがそこまでの実力者とは思わなかった。
私もここから早く脱出するべきだとは思う。だがどうしても調べたいところがあるんだ。」
「コトハ様。この場所はあなたの様に“過去”に興味を強く示す人物ほどに取り込もうとします。あまり余計なことを知り、彼らの同情なんてすればあなたを“死者”へと変えてしまうでしょう。」
「わかっている。しかし、私は彼の“依頼”を遂行する義務がある。」
「何か心当たりがあるのですか?」
彼に質問され、コトハは目を瞑った。
「あるには、ある。目星も大体ならつけている。昔、この刀の影響か“誰かの記憶”を夢として覗いてしまう事があった。
最近はそんなことなかったのだが、なぜか今ここにいるとはっきりと見たことを思い出してしまう。
生と死の狭間のこの領域にいるせいか刀の力も安定しないのかもしれない。」
「それでは・・・。」
彼は何か言いかけたが顔を合わせさらに目を合わせた瞬間、ビー玉同士が指ではいかれぶつかったようにすぐに視線を落とした。
そして少し何か考えた後に再び視線を上げた。
「なんでもございません。」
彼の今までにないごまかしの態度にコトハは一瞬だけ、奇妙な違和感を感じた。
その形容詞しがたい“何か”をコトハは気付くことはできた物の、それを言葉という形にすることができずそれ以上の追及もしなかった。
「何か、気付いた事があったら教えてほしい。
でも私は今の意志を変えるつもりはない。
直感に過ぎないが、ここに何か取りこぼしてはいけない何かがある。そんな気がするのだ。危険なのは承知だ。だが今すぐここを脱出できる手立てがあるわけじゃない。だから、依頼の目的を探しながら脱出の手立てを見つける。」
「わかりました。主に対し多くの意を唱えたことをお許しください。」
彼はそう言って再び跪こうとしたが、コトハが慌てて制止を掛ける。
「あー、だからそういう堅苦しいのは大丈夫です。
それと、主でもマスターでもなく“コトハ”です。」
「そうでした。失礼しました“コトハ様”。しかし私にも騎士道という、主に対して最低の礼儀を払うという私の義務がございます。
そこは、たとえマスターの命であっても覆すことはできない事、それは私の魂でもある。
ですからどうか“コトハ様”、そんなに気を張り詰めないでください。私はあなたの剣であり盾であり」
「翼の騎士でもある。
そうだろう。」
コトハか彼のいうことがなんとなくわかっていた。
騎士道という言葉はよく知らない。依然読んだ本では自害することが許されず、肉体的な愛ではなく精神的な結びつくを重要視しているという。
その考えはどことなく己が掲げる武士道に似ている気がした。
この短時間で分かったことは。
彼はバカがつくほどの正直者であり、謙虚でありながら腰を引かずそしてどこか、頼りがいのある人物である。そして礼儀正しく寛容。
だからこそ、コトハより十分“背中が大きい”と感じたのだろう。
彼はコトハの言葉にうなずいた。コトハもそれを見届けると視線を改めて廊下に移す。
エムリュスが「私が先頭を行きます」と言ってきかないので今はエムリュスが先を歩いている。
さっき、扉から出たばかりの時は右手にも右手側にも部屋は会ったのだが、エムリュスがさっき吹き飛ばしてしまった為に、左手の部屋と同じようにもう部屋が壁見えてしまった為行く必要がなくなった。向かい側にも部屋があり、周囲の警戒を怠らずにそっとドアノブに手を掛け、押す。木製のドアは鈍い木のこすれあう音を出しながら押される。
部屋の中は倉庫の様になってた。もうずいぶんとくたびれた木箱や木製の事は一人ならすっぽりと入れて隠れることができるほどの大きな樽が存在していた。それが床に散乱するような形で不思議なこともどこも腐食のない状態だった。但しやはりこの船の壁や床と同じように水分をたっぷりと含んでいた。その為衝撃を加えればすぐに破壊することができそうであった。なぜかここは月明がないに関わらず部屋の様子を知ることができた。
そして、さっきエムリュスとの対話に夢中になって気づかなかったが、先ほどから突然衝撃音や衝撃がピタリと止まっていた。その代わりに霧があった。
基本霧には気分を重くさせ不安を煽ってくるものであるが、奇妙なことにその霧には特にそういった感情を抱かなかった。むしろその霧が濃くなっていくにつれてどことなく安心感を持つ。きっと霧のおかげで敵から身を隠せるなどという安直な考えが頭の中にあったのだろう。しかし霧の濃さは驚くほど濃くなっていき次第に視界にすら影響を受けてくる。早いうちに調査を済ませてしまおう。
部屋にはその木箱や樽以外にあるものを見つけた。
それは、コトハの部屋にもあった白骨化してしまっている死体であった。その死体はぼろきれの一枚の布をまとっており頭にはかつてバンダナだったのであろうものが、頭にかぶさっているような状態であった。その骸骨がスケルトンでないかを確認するためにためしに足元に落ちてあった手のひらに収まるようなサイズの木片を広い、骨の前に投げつけた。
結果は、何も反応がなかった。スケルトンはなぜか音に対して非常に敏感でありその骨だらけの体でどうやって音を聞き取るのか不思議でならなかった。この知識はラクノシアの地を踏む前にある冒険家に教えてもらった。その冒険家によると骨全体で音の持つ振動を感じ取りそして獲物を襲うのだそうだ。スケルトンは己の骨を守るために新たな肉体を求めて生者を襲うのだという。スケルトンは無族の白骨化した遺体に霊が乗り移ったり、魔術によって動いているとされている。それ故に彼らには理性がなくだまし討ちといった先方は確実に生きている者が関わりを持つことになる。
スケルトンでないことを確認すると、その白骨化していた死体に歩み寄った。
その遺体はコトハと大して年の差が感じられないほどの大きさであり右足の膝から下が失われていた。否、正確には右足のその切断部分がはっきりとあり、何らかの理由で足を斬られ失ったことが推定できる。さらに遺体の骨だけになった首には鉄の鎖でつながれた青い宝石がはめ込まれたペンダントが下げられていた。そして、その遺体のすぐそばには、金色に光るブローチのようなものが確認できた。それは随分と色あせてしまっていたが、ブローチの中央には青い猫の横向きの座っている姿が刻まれており上に向かって顔をあげている。その周囲にはシダの葉やヒイラギの葉といった植物が存在しており、そのブローチのエンブレムを見てある疑問が浮かぶ。それは同時に心の中にある可能性を引き上げる。
その可能とは“幽霊船はバルザード家の所有物”というもの。
バルザード家の歴史を調べているときに彼らは証人として何度も海の向こうに存在するアルカスの地へ船を動かし、様々な物品を運んでいたらしい。難破した、という記述が見つからなかったために矛盾点が発生するが。ルキの話を聞く限り2代目と3代目は“友人”であり“家族”であったルットに対してひどい仕打ちをしていたらしい。
その中で、彼らが何らかの不正行為を行っていたとしていたら?
何かを隠す必要があってわざと船を沈めたか。
もしくは成長を遂げるバルザード家への攻撃だとしたら。
バルザード家への疑惑への可能性が一気に爆発する。その先はルットの出現によって調べることができなかったが、逆になぜあのタイミングでこの本を届けてきたのか気になる。
もしかして調べられたらまずいことがあの先にあったのかもしれない。
彼女はいつでも封印を解くことができたといっていた。ではなぜこの90年間。いや正確には初代バルザード商会当主の代から彼女はわざわざ人間たちにいつかその力を狙われるかもしれない中で、彼とともにいたのだろう。ルキからはルットがなぜバルザード商会の“ペット”という立ち位置にいたのかは聞かされていたが“なぜ、人間と関わり合いになったのか”は聞かされていなかった。
なにか理由があったのだろうか?
ではその理由はなんなのか?
きっとこの船に答えが乗せられている。
なぜ白骨化した遺体がここにあるのかが一番気がかりではあるが、今は脱出と手がかりを探すことが重要だ。
遺体の前で手を合わせ合掌する。
せめて地に遺体を埋めてやりたいが、あいにくここは海だ。
死者に対しての弔いは今の私にはこの位しかできない。
精霊使いや神官、もしくは魔術師なら霊を呼び出して話を聞くことも可能かもしれないが、私には精霊と語る力も、神に力を乞う信仰も、魔術を行使する知識もない。
だがせめてここで死んでいった彼らの魂に祈ることはできるだろう。
どうか安らかに。もしも遺体を運び出すことができたらせめて墓に埋めてやりたい。
・・・・もう切り替えよう。久しぶりに感傷的になってしまった。
「エムリュス。この遺体のことをどう思う?」
「おそらく、この船で行動していた水夫だと思われます。足を切断されており周囲に武器もないことから負傷してこの部屋に逃げ込んだか、隠れていたのでしょう。そのエンブレムを握っていたということは、そのエンブレムの家系と何らかの接点があったのだと思われます。
彼らから話を聞いてみますか?」
・・・ん?
「エムリュス。今なんて。」
「彼らから話を聞きませんか?先ほどからあなたの目の前で浮かんでこちらを見ていますよ。
ただ、警戒されているのか向こうから話しかけてはくれませんが。」
「まって、じゃあなた、彼らと話すことができるの!」
「はい。できます。彼らから話を聞けばこの船で何が起こったか知ることができるでしょうし。」
「それを早くいってくれ!どうすればいい!」
彼の意外な特技と提案に思わず大声を出す。できれば本当にもう少し早く話を聞きたかった。きっと時間もないだろうしさっきから吐き気がしてきた。“負のオーラ”に充てられたのか、それともただ単に船酔いをしたのか。
彼は驚いたようにコトハの声に反応したが、やがて納得したように「ああ。」と声を漏らす。
「そうでしたね。
まだコトハ様に“審判の書”の機能を説明していませんでしたね。
では、今は必要なものだけご説明しましょう。
コトハ様、本の表紙にある大きな水晶があるでしょう。そこを骸へと向けてください。」
「こうか?」
コトハはエムリュスの言われたとおりに表紙に存在する水晶を白骨化した遺体に向けた。
水晶の様子に変化は起きない。
「そのままで、呪文をお願いします。」
「呪文?私は霊を呼び出す呪文なんて知らないぞ。」
「いえ、今自然に出てくると思います。あなたが私を呼んだ時と同じように。」
そう彼が口に出した時だった。不意に頭の中にあの時と同じように言葉が浮かんでくる。それはコトハの頭の思考回路の中に刷り込むような形で彼女の頭の中にと入ってきた。不思議と気味の悪い感じはなかった。むしろどこか懐かしい気分すら覚える。
「肉体を失いし魂の放浪者よ、今しがた我の姿にその姿を現し知恵を貸したまえ。」
今回の呪文はそう長くはなかった。単純。その言葉に尽きる。
だが不思議とあの時と同じような脱力感は感じなかった。
あの時は体の魔力が彼を呼び出しただけですっからかんになったのに。
水晶から光が溢れるように白い光がその白い骸をカーテンで包むかのように照らされる。
次の瞬間。コトハの視界にはしっかりと半透明になった今までその姿を見せることがなかった青年が遺体の宙に浮いてあらわれていた。
その青年は金髪の髪の毛を後ろで束ねており、青い瞳はどことなくバルザードのあの坊ちゃんを連想させる。服装も生前のものなのだろうか、布のズボンにくたびれた白いシャツを身に着けている。ただ骸と同じだったのは右手に何かを握りしめるようにこぶしを固めていたことと、バンダナが頭に巻かれていたこと、首から青い宝石がはめ込まれたペンダントをしていること。そして右足が遺体と同じように無くなっており、その先に傷口を隠すように布が雑にまかれていた。
その青年は、じっとコトハを見下ろしている。何かを待っているようにすら見えてしまう。
「えーっと。」
霊と話したことのないコトハは言葉に詰まってしまった。彼は最初からずっとそこにいたのできっとこちらの事をずっと見ていたのだろう。改めて霊がそこにいると認識した彼女は、彼にどう声をかけるべきか迷ってしまった。きっと何らかの理由があって自分たちの前からその姿を隠していたのだ。
姿をさらけ出させておいて勝手であるがもう少し考えてから行動するべきだっただろうか?
コトハは目を閉じ今一度深く深呼吸をし、顔をあげ目を開く。
「初めまして。私はコトハといいます。ブルーバードで冒険者をしているものです。」
コトハがしゃべりだしたことに幽霊の青年はようやく反応を見せた。急に彼はコトハの顔を覗き込むように彼女に近づいた。
じーっと彼女の瞳を覗き込むようにした後、再び自分の骸の上に舞い戻る。
「冒険者が、いったい俺らの船で何をしてるんだ?一応言っておくがこの船には宝なんて一つもないからな。これ以上俺らの船を荒らすようなことをしたら俺だってあんたに憑依するかもしれないからな。」
「あなたに尋ねたいことがあったので。
この船はバルザード商会のものですか?」
幽霊の青年は警戒している表情を変えないまま「そうだ」と答える。
「次に、この船がこうなってしまった時期を覚えていますか?」
幽霊の青年は不機嫌そうな顔になるものの、答えてくれた。
「もう、何年か前なんて、死んだあとになれば気にならないし、時間がどうでもよくなる。
だが、この船“ニンフィア号”が出向したのは1755年5月だった。
いつものようにバルザード家の商品をアルカスへと運び込んだ後だった。」
彼はそういうといったん言葉を切った。
「あの嵐でこの船が沈むまで。」
彼はコトハから視線を写し海を睨むように、逆に懐かしむようにも見つめた。
コトハもその視線を追いかけ海を見る。霧のせいで月の明かりがばらばらに散ってしまい、今では薄ぼんやりとしか部屋の構造を知ることができなかった。
しかし、最後の彼の言葉に驚きを隠せなかった。
それと同時にある確信が心に突き刺さる。
この状況は、間違いなく生者が関わっていることに。
「アルカスとラクノシアをつなぐ海があるだろ、戦争のあとからは両国の名前をとって
“ラノカス海峡”。
そこは気候が基本的に安定して、嵐なんてほとんど起きない。黒潮のおかげで漁業も盛んになった。バルザード商会の商会が“商売”という形を得てアルカスとの交流がさらに活発になった。
5月は特に気候が安定した月でな。俺たちはいつものように家族と離れ1週間をかけてアルカスに赴き、そして帰路についていた。
そんな時だった。急に空に雲が立ち込め雷が鳴った。俺たちが見えるほどにはっきりした稲妻が黒い雲の中で大きなドラをたたいているような音をまき散らしながら走っていた。外に出て、特に見張り台にいた奴らは雷に打たれた。真っ黒焦げになった死体が落ちてきたんだ。
そこで皆急いで操舵室へと向かった。ほかの連中は風が使えなかったせいで船の底にあるオールを使って漕ぎ出した。
その後だった。今度は大雨が降ってきた。風も吹いてきた。その影響か波が荒れた。それが海の中で何度も繰り返したんだろう。
その波は俺たちの船を・・・。」
彼はそこまで話てくれたがそこから先は口をつぐんでしまった。
でも言わずもわかってしまった。
この船は、沈んでいたのだ。
突然訪れた海と空の死神たちによって。
そして何らかの理由でこうやって浮上している。
「・・・。沈んだ後、どうしてここにいるんだ?」
「わからない。どうして今こうやって船が浮いているのかさえ。
俺たち船乗りは海の女神を大体信じている。俺は別段振興深いわけじゃあないが信仰が深い奴ならきっと今頃嘆いているだろうな。
海の女神フィリア様は海で散った者達を受け入れ、魂を海の波に乗せて“真実の海”へ連れて行ってくれる。その海は悪党でも善人でも受け入れ今まで俺たちが犯してきた罪を洗い清めてくれる。
だから信仰深い奴はフィリア様に認められなかったって話になるわけだよ。
そういえばあんたは警戒しないのかい?」
「何をだ?」
「俺があんたにとりついて体を乗っ取るかもしれないってこと。」
突然の幽霊らしい発言にコトハは目を見開いた。
そういえばこうやって未練の残した者は生きている人間にとりついて肉体や精神を乗っ取るって話聞いたことがあったな。しかし、憑依される心配はないだろう。この幽霊の青年が今まで
私たちが好きがあったのに襲撃してこなかったのがその証拠だ。それに何より私には
「大丈夫だ。頼もしい騎士がいるからな。」
その言葉に幽霊の青年は「へぇー」と呟き、エムリュスは後ろを警戒していたために驚いたように顔をこちらに向けた。
「なに?お宅ら付き合ってんの?」
「いや?彼は私の騎士だ。」
「あ、はい。」と彼は言うと「はぁ」ととため息をつくと顔を上げた。
その顔には先ほどの警戒の色が薄まりどこか社交性の感じられる柔らかみを帯びた顔つきになった。
「じゃあ、あんたらに頼みたいことがある。」
「どうした?」
「あんたらどうせこの船から抜け出すんだろう。だったら手を貸してやる。だからよ。頼みと言っちゃなんだが、そのペンダントをある人物に渡してほしいんだ。」
「いいのか?道案内してくれるならありがたいことこの上ないが、どうして急に?」
コトハが答えると幽霊の青年は自分の遺体にある青い宝石のはめ込まれたペンダントを指さした。
それを取れという意味なのだろう。コトハは遺体に近づき首にかかっている鎖のペンダントを手に取った。鎖の部分はもうボロボロでかなり錆が鎖の内部にまで到達しているのが、一部の鎖が取れ完全に首飾りの機能を失ってしまったかのようだ。宝石は手の中に納まってしまうほどの大きさであるが、基本的な宝石の大きさと比べたら断然大きい。海の中に沈んでいたせいか宝石の方はいまだその輝きを放っており、きっと売ればかなりの価値となるだろう。
「それが、俺の未練なんだよ。この通りもう肉体はとっくの昔に沈んで魚たちに食われちまった。でもよ、町に残してきた息子がどうしても気がかりでな。
息子の事だから“あいつはどっかで生きている”とか変な夢を見てたら困るからよ。そのペンダントを見せて現実を教えてやってほしいんだよ。
そうでもしないと俺はきっとあの世へ逝けん。」
死んでいる彼だからこそそんなことを淡々と言ってしまうのであろう。
コトハは何とも言えない気持ちとなっただが同時に、それはその子の希望を断つことにも繋がりかねない事を悟った。
「あなた自身が届けることはしないのですか。」
「嬢ちゃん、馬鹿言っちゃいけない。
俺はこうやって今理性を保っていられるけどよ、今この船を取り巻いている嫌な空気にいつのまれるかわからん。そんな状態で息子と会ってみろ、あの子を穢しかねない。
死者はもとより生者に触れることもできない。
死んだ身は大人しく生者を遠くから見守るさ。」
「残された者の気持ちを勝手に決めつけるな!」
私は思わず叫んでいた。
そんなこと言わないでくれ、可能性を塗りつぶすようなこと言わないでくれ。
その現実を感じてしまった時の絶望や怒り、嘆きを簡単に考えないでくれ。
それを回避できなかった者の気持ちを考えてやれ!
「コトハ様、落ち着いてください。」
エムリュスが声をかける。きっと今の私は今まで以上に目つきが悪くなっているに違いない。
自分でも気が付かあないうちに呼吸が荒くなっていた。すぅっと息を整える。
そしてにらみつける様にその幽霊の青年を見てある啖呵を切った。
「その依頼は受けます。
ですが、そのペンダントを渡すのはあなた自身です。」
幽霊の青年は驚いたように目を開き、目を大きく見開いたがすぐにその瞳孔は元に戻る。
「あんた、今の話聞いていたのか?第一に俺はもう肉体を失ってるんだって言ってんだろ。どうやってそれを渡せと・・・」
「私の体を使えばいい。」
2人(エムリュスと幽霊の青年)が驚き言葉を失った。絶句という言葉がそのまま二人に当てはまる。そして二人は我に返ってコトハの説得に当たった。打ち合わせなどは全くしていない。だが二人が慌てるほどに“憑依”とは大きな意味を持ち人生を変えかねない大きなものなのである。
「あんたさ、憑依されることがどういう意味か分かってんの?
俺がそのまま体を支配してあんたを飲み込むことだってありえるんだぜ。」
「コトハ様、その提案は必要性を感じません。
ただ単に彼の頼みを聞きそれをご子息に届ければよい話。要らぬリスクを冒す必要はないと思われます。」
「だめだ!
大切に思っているならなおさら、本人の口から言うんだ!
あんただって本当は直接伝えたいんだろう!
亡霊だからなんだ!他人が伝えるのと本人が伝えるのじゃわけが違う。重みが違うんだ!
・・・残された者達の思いを勝手に決めつかないでくれ。」
最初こそ勢いを持ったコトハの言葉は終盤につれ、自身の本音が混じったものとなった。
自分らしくない、また自分らしい感情的な冷静さの欠片もないわがままだとはわかっている。でも、思われている者の気持ちを決めつけるのはやめてくれ。
「だから、決めてほしい。
私たちと一緒に地上へ行くか、私にそのままその宝石を託すのか。」




