ギルドの門を叩くもの 序章 前編
海と山に囲まれ良質な木材と豊かな海に恵まれた小国ラクノシア。
そこは同時に多くのギルドが集いそこを拠点としていた。
ギルドとは他社からの依頼を受けそれを遂行するいわゆる何でも屋であるが、国に認められていなければそこはギルドとして正式に確立されずそれ故に犯罪に手を染める「クミナル」に分別される。
そして現在ラクノシアでもっとも有力な力を持っているのが「ブルーバード」、「イスバレル」、「チャップマン」の三頭である。
そしてもっとも冒険者が多く長い歴史を持つブルーバードに新たな目標を持った冒険者がギルドの門を叩いた。
ラクノシアの港町
私は船から下り朝の早い港町を歩いていた。
港町だけあって朝早くから漁に出るための準備に取りかかっている男達がせかせかと動きそれぞれの帆を下ろそうとしてるところであったが、朝市はまだ開かれてはいないためかどこか心地よい静かさがあった。
船にはバルバサから来航した船が鎮座しており今では帆をたたみ次の船出の準備に水夫達が船に食糧や武器などを積んでいた。
彼等の教えてもらったとおりに城下町の西通りを歩きやがて目印となる門が見え世界共通語で「ブルーバード」という大きな看板が掲げられた煉瓦と木材で組み上げられた古い屋敷の前にたつ。
そしてブルーバードの紋章が描かれた扉を両手で押し開ける。
ギルドの中は外とはまるで違い旅の一座が楽器をならしギルドメンバーと思わしき人々がエールを飲み交わし依頼書と思われる紙がカウンターのボードにいくつも張り付けられている。
私は扉からそのままギルドのカウンターへと向かう。
カウンターには看板娘と思われる少女がたっており、赤いドレスに白いエプロンの他に森の深緑のような深い緑色の瞳が印象的でその子はカウンターに座っている男の子と何か言い争っているように見えた。
私に気付いたのか少女は自然に笑みを作り声をかけてきた。
「冒険者ギルド、幸運の青い鳥ブルーバードへとようこそ。」
明るく高い声で室内に響いたためか無数の視線と彼等の興味がこちらに向いた。
私はその少女の話に戻る。
「おはようございます。こちらのギルドマスターにお話があって訪ねてきたものです。"モダンからコトハが来た"と伝えてくれませんか?」
「コトハさん?了解しました。少々お待ちください。」
そういうと少女はカウンターの下からおそらく予定を書き込むのであろう分厚い拳一つくらいの厚さの名前のない本を取りだし付箋の貼られていたページを開いた。
カウンター越しでも分かるほどにそこにはびっちりと文字が書き込まれ、顔を近づかせなければ読めないほどに細かくかかれていた。
「おい、お前。」
突然横から声をかけられそこでその場にはもう一人いたことを思い出しそちらに視線を移した。
まだこんな時間に出歩くような年の金髪に赤い目をした少年だった。
噛みつくような目でこちらを見ていたが声をかけたっきりなにか口をもごもごして言いそうで言わない状態が続く。
「おい、ジェイ。まさかお前あのことを頼むつもりじゃないだろ」「黙ってろよ髭親父」
ジェイと呼ばれた少年は男性の言葉を遮りそのまま私を見つめていた。私は少年の目線に合わせるように屈み込み話を聞くことにした。
「ジェイ君、といったね。私に何か用かい?」
そんなことされると思っていなかったのか、一瞬戸惑っていたジェイは口を開いた。
「ヒグレ草を探してほしいんだ。」
ヒグレ草、聞いたことはあった。非常に希少な植物で世界で今の所適正に育つ環境が認められているのは二ヶ国。
モダンという国とそしてここラクノシアのヒグレの谷だ。
その名を聞いただけで入手レベルの高さから匙を投げる者も多いと聞いている。
それよりも私は少年の余りにも焦った表情と真っ直ぐな目にその話を聞いてみることにした。
「どうして私に頼む?身分も分からないような冒険者よりも身分が明かされたギルドに頼む方がよっぽど安全じゃないか?」
するとジェイは急に悲しそうな目になった。
私はぎょっとして声をかけようとしたがジェイ涙腺に溜まった涙を流さず、そのまま両腕で目をこするとなにかぼそりと言って大騒ぎをする大人達の脇をすり抜けて扉を開けはなって猪の如く飛び出していってしまった。
呆気にとられた私に声をかけたのは受付の少女だった。
「ごめんなさいね。あの子も必死なのよ。」
少女は困ったように微笑んだがそこにはどうしようもない、"諦め"が宿っているような気がし、周囲の空気も微妙に重くなっていた。
「一体どうしたんだ?できれば相談に乗ってやりたいが。」
私がそういった瞬間一瞬だが周囲がざわめいたのを感じた。
少女もそういわれるとは思っていなかったのか戸惑ってしまっている。
「あ、えっと、ああ!そうだ!さっきの話なんですけどちょうど今ギルドマスターが不在なので面会が出来ないんです。」
・・・話を逸らしたな。
不快感を感じながらも私はその話に乗ることにした。
「分かりました。後日また訪ねます。近くの宿屋を教えてくれませんか?」
「あ、そういうのは大丈夫だから。」
そういうと少女はさっき取り出したのとは別の宿帳のようなノートを取り出し私にペンと一緒に差し出した。
「今、魔法鑑定であなたのことを調べさせてもらったけれど間違いなく"コトハ"さんであることが確認できたのでギルドからのサービスでギルド内の宿泊施設を無料で貸し出すことが出来ます。なので外で宿を取る必要はありませんよ。」
いつの間にか私は"魔法鑑定"という魔術をされていたようだった。私は余り魔術に詳しくないため気づかれない内にされていたのかもしれない。
「鍵はこちらで預かることも出来ますがどうしますか?」
私はノートに名前を書いている途中あの少年ジェイの事がどうしても気になっていた。
「ではお願いします。これから他によるところが出来たので、夕方頃には戻ります。」
私はお辞儀をすると入り口の扉を開いて外に出た。
もう外は日が昇り朝市も次々と開かれていた。
朝市をまわっていると様々な物が目に付いた。
異国から輸入されたとされる骨董品や取れたての魚介類に日の光を浴びて一層おいしそうに見える果物が並んでいる。
その他にもたくさんの品物がたくさん並べられていた。
すでに大勢のヒトが朝市に集まっていた。
中には異種族であるドワーフや獣人族の姿もある。
夜までにはまだ時間があるも金銭を節約するために急ぎ足で朝市から離れる。
正直言って食べ物の美味しそうな誘惑に負けそうであった。
朝市からは無意識に離れている内に私は灯台の近くまで来ていた。
その頃にはもう太陽はお昼の直前まで昇っており先ほどの朝市に負けをとらない多くのヒトが出歩いていた。
灯台に近づいていくとジェイが居た。
灯台の東と北側は城下町に隣接し港町のシンボルともなっている。
しかし西と南側はすぐに山地と隣接しておりそこにはつい先ほどにも話に出たヒグレ谷がすぐそこにある。
ジェイはその谷の入り口にたっていた。
「ここにいたのかい。」
私が声をかけると彼は驚いたようにすぐにこちらを振り向いたがすぐに谷の方をみた。
彼の所まである居てくるとヒグレ谷の不気味さが一層感じ取れた。
入り口に隣接する二本の樹木は木の枝が垂れ下がっており白くなって枯れていた。
そして谷を形成している二つの両脇の山の木は黒に近い色の刺々しい葉っぱを形成している。
それによって日光が通らず日陰ができあがっておりそれに加えて獣の気配も漂っていた。
谷の入り口は鉄格子で堅く閉ざされており足も引っかける場所がない。
「さっきはすまなかったね。」
「いいよ。よく考えりゃあんちゃんの言っていること正しいよ。オイラもちゃんと話さず飛び出してごめん。でも」
ジェイは途中で話を切った。
でもハッキリとわかった。
彼の声は震えていた。
彼はなに考え込むように顔を谷に向けそして私を覚悟を決めたように見つめこういった。
「母ちゃんを助けて。」
その声はまるで漸く吐き出せたように重くそしてさっきよりもふるえていた。
彼に手を引かれ来た道を戻ることになった。
そこで私は気がついた。
人相の悪い男達がこちらを見ていることに。
ジェイに案内され私はさっき朝市が形成されていた港を通り過ぎ郊外に近い小さな家に案内された。
そして私は知った。
彼が助けたかった者を。
彼の母親は高熱を出していた。
そして何より右足が膿んでいたのだ。
私はすぐに母親の安否の確認の脈と呼吸を確認したが意識がなかった。
「いつからこんな状態なんだい?」
「一週間ぐらい前から、一週間前にいつもよりも遅く帰ってきて、いつもみたいに母ちゃん笑ってご飯を作ってたんだ。でも夜中に急に倒れて足に変な痣が出てきて、母ちゃん呼吸ぜんぜん整ってないし熱出るしどうしていいかわかんなくなっちまって。」
彼は母親を心配そうに見つめていた。
恐らくギルドでもめていた原因はこれだろう。
「ギルドに居た理由はこれだね。彼女たちはなんて。」
「今、ヒグレ草以外での解決方法を探してくれてる。でも、いつまでたっても何も変わんなくて母ちゃんどんどん苦しそうになって。」
「母ちゃん、助かるよな。」
私はじっと彼の瞳を見つめた。真紅の瞳にはいま不安が宿っている。
「その質問には答えられない。私は医者ではないのだから。でもこれだけはいえる。」
「男の子が諦めちゃいけない。」
私は母親の膿ができている部分の包帯を一時取り外した。
包帯はかなり丁寧に巻かれており恐らくギルドの誰かがやったのだろうと直ぐに分かった。
直ぐに彼に綺麗な水を沸かすように指示し私は布を取り替え膿んでいる部分を観察した。
まだ小さいため大きな手術を必要とする心配はないようだった。
彼がお湯を沸かしている間に冷静になってきた。
そしていろいろな疑問が浮かんだ。
彼の父親はどうしたのだろう。
妻を放っておいているとしたらなんて奴だ。
同時に気づいたことがある。
母親を診断していたとき彼女の手からかなりの草の臭いがした。
急いで案内されたため気付かなかったが恐らくジェイの家は薬草園だ。
「あんちゃん。お湯」
ジェイがちょうどお湯を持ってきたところであった。
「ジェイ、キミの家は薬草園なのかい。」
私は傷口をできるだけ傷つけないように作業に掛かった。
「ああ、曾じいちゃんの頃からこのあたりでずっと薬草園をやってんだ。」
「ならよかった。ジェイ、消毒用の薬草を調合できるね。」
「できる。今作る。」
最初の時と比べると冷静になっているように見えた。
彼は薬棚から大きなさっき見た樹木の葉が漬けられていた瓶とアロン草を取り出した。
アロン草を擦っていくと折れた部分から半透明な粘液が出てきておりそれを彼は瓶の中の液体と混ぜた。
そしてさっき沸かしたお湯をもう一度沸かし、別の容器に入れてお湯が入らないように慎重に暖めていた。
その時だった。
家の扉にノックがしたのだ。
出るべきか悩んでいると
「大丈夫、多分サラ姉ちゃんだよ。」
「分かった。」
手が合いている私が扉を開くとあのギルドの看板娘ことサラともう一人男性が居た。
「あれ?コトハさん。どうしてここに。」
「あんたはさっきの。」
二人は何か言いたげであったが私は中にはいるように勧め、いつの間にか夕暮れにさしかかっていた空の夕闇を一瞬だけ睨んだ。
また、さっきと同じ。
消毒液と解熱剤をジェイの母親に投薬した後、ジェイに母親を任せ私は二人、サラとイグラムに話を聞かれていた。
そして質問されるであろう事をされた。
「少なくともあなたとジェイは初対面よ。それに今回はもしかしたら伝染病かもしれない。それがもしも町に広がったりしたら大惨事になりかねないし、貴方にはこの件にあまり関わる理由は無いじゃない。」
初めてあったときとの印象とは裏腹に今回の彼女サラの口調はきつく強かった。
でもそれはジェイにこれ以上重荷を背負わせかねない事態を恐れ、彼の身を案じていることがよくわかる。
それにこれは完全に私に判断ミスでもある。
下手したら大惨事をおかしかねかねなかったのだ。
「すまない。様々な症状を見て個人で勝手に判断して彼等の側にいた。」
「判断をしたと言ったが、一体なにを根拠に判断をしたんだ。」
今まで口を閉じていた男イグラムが質問をしてきた。
常に無表情な鋭い眼光を持っており十分に実力を秘めている威圧感がった。
「説明します。
一つ目に彼女、ジェイの母親は一週間前に体調を崩し長い時間彼女と一緒にいたジェイ本人は何ともない。
二つ目にあなた方が少なくとも1日に誰か一人が彼女の包帯を巻きに来ているはずです。その証拠に彼女の包帯は一週間前のままならもっと不潔になってしまっているはず。
三つ目に何故、ジェイの母親だけが病に伏せたのか。一つ目と二つ目を判断材料とするならば、これは感染症の確率が極めて低くなり彼女だけが感染源に接触したことになる。よって私達が感染する確率はさらに低くなりますが、彼女が使った食器などは処分するべきだと思います。」
二人は黙って私の話を聞いていたが、サラの方は完全に黙ってしまいイグラムはため息をついた。
「それほど理屈が通っているなら私達が君を責める理由はない。逆にこの短時間でここまで冷静に推測できたのに驚いているんだ。私もサラもな。」
「もう一つ私は彼を見捨てられない理由があったんです。」
「一体それは?」
イグラムが訪ねる。
しまったと思った。
自分のことは人に話さないと決めていたが、逆に話さないもの不信感を与えるだけだと悟った。
「私の母親も謎の病に伏せ亡くなったから。」
コトハ
ギルド「ブルーバード」に訪れた若者で、マスターに会いに来た。バルバサからの船で来航してきた
受付の少女
赤いドレスに白いエプロンと深緑のような緑の目が特徴的な少女でおそらくギルドの看板娘。他のギルド員同様にジェイの事情を知っているようである
ジェイ
コトハにヒグレ草の入手を求めてきた少年。しかし口が悪く余り大人を信用していないようである。
編集 2016/5/15 訂正