センチメンタルヒーロー
ユウタくんは一人っ子でした。
お父さんとお母さんは毎日仕事で忙しく、だからいつも一人でお留守番をしています。
だけど寂しくなんてありません。
ユウタくんには大きいおもちゃの飛行機や可愛いくまさんのぬいぐるみ、カッコいいスポーツタイプのミニカーなどたくさんのおもちゃたちが居てくれたからです。
大きなおもちゃの箱の中には、たくさんのおもちゃが入っています。そのおもちゃたちに囲まれて時間を忘れて遊んでいると、すぐにお父さんもお母さんも帰ってきてくれます。
だから一人ぼっちでも全然寂しくないのです。
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誕生日の日、いつもより早くにお父さんとお母さんは帰って来ました。
「「優太、誕生日おめでとう」」
二人揃ってそう言うと、お母さんはぎゅっとハグをしてきます。ユウタくんは少し照れくさくて抱かれた体を捩りました。
「ほら、プレゼントだぞー」
「うわぁ!」お父さんの差し出したその箱を見てユウタくんは嬉々とした表情を見せました。
「欲しがっていただろ?何だかわかるか?」
見間違うはずありません。
だってそれはユウタくんがずっと憧れた正義のヒーローロボット───。
「ライガーだっ!やったぁありがとうお父さん、大切にするよ!」
ユウタくんはライガーを箱から出して頭上高くに掲げました。
「弱きを助け悪しきを挫く、僕もいつかライガーみたいなヒーローになるんだ!」
こうしておもちゃの箱の中に、他のおもちゃよりも一際目立つ、ヒーローロボットのライガーが加わりました。
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今日もいつものようにおもちゃで遊ぶユウタくん。
飛行機のおもちゃを片手に庭に出て走り回ります。たくさんのおもちゃとこの芝生の庭があれば、飽きてしまうこともありません。
「うわあぁぁん、うわあぁぁん」
不意に大きな泣き声が聞こえてきました。
「どうしたんだろう?」
気になっていってみると同い年くらいの男の子が一人で泣いているのでした。
「うわあぁぁん、うわあぁぁん」
彼が泣いているのは家の敷地の外、お父さんとお母さんからは「迷子になるから、お外に出てはいけないよ」と言われているのでユウタくんにはどうすることもできません。
「うーん、どうしよう。助けてあげたいんだけど……」
「うわあぁぁん、うわあぁぁん」
その間も男の子は泣き続けていました。
「お父さんお母さんごめんなさい」
そう言って、ユウタくんは我慢できずにお父さんたちの言いつけを破り敷地内を出てしまいました。
走って駆け寄ると、座り込んで泣いていた男の子がユウタくんを見上げます。
「とうして泣いてるの?」
「おもちゃが、ぐすっ……壊れちゃった」
「おもちゃ……?」
男の子は袖口で目元をごしごし擦りながら言います。
見ると翼の折れた飛行機のおもちゃが道に落ちています。
「転んじゃって、それで……ぐすっ」
彼の壊れてしまった飛行機は、ユウタくんの持っている飛行機よりも一回り小さなものでした。
それに、翼が折れてしまっている以前に、至るところに傷があってボロボロ、壊れてしまってもしかたのないほどに古くなっています。
「ずっとその飛行機で、ぐすっ、遊んでたのに……壊れちゃった」
「うーん」ユウタくんはどうすればいいか考えて、そうだと頷き言います。「キミのお父さんに新しい飛行機を買って貰えばいいよ」
しかし彼はぶんぶんと首を横に振りました。
「買ってもらえっこないよ、それだってずっとお願いしてやっと買って貰ったんだ!」
「うーん、そっかぁ……」
ユウタくんの右手には彼の飛行機よりも、大きくて新しいユウタくんの飛行機がありました。
「じゃあ」と、その飛行機を彼に差し出して言います。「この飛行機をあげるよ」
「え、いいの?」
「うん」
戸惑いと驚きが混じったような表情をしている彼にユウタくんは笑顔で答えました。
「僕には他にもおもちゃがあるんだ、だからこれはキミにあげるよ」
そう言ってあげると、彼は泣き腫らした顔をぱぁあっと輝かせ「ありがとう!!」と言いました。
泣いている子をほおってはおけない、きっとライガーなら見捨てるはずがないと、ユウタくんには確かな想いがあったのでした。
なんだかとても良いことをした気分になって、意気揚々と部屋に戻ります。
そこにはユウタくんを迎えてくれるたくさんのおもちゃたちがいました。
「じゃあ、次はキミと遊ぼう」
ミニカーをズザザーっと走らせてブーンブーンと楽しく遊びます。
楽しい時間はあっという間、すぐにお父さんたちも帰ってきます。それまで楽しく遊べばいいのです。
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今日もミニカーは軽快に走ります。フローリングの床をスイスイと駆けてゆきました。
「兄ちゃんのバカ~!」
突然大きな声が聞こえます。
慌てて様子を見に行くと、家の前の通りで男の子がしゃがんで泣いていました。
「兄ちゃんのバカ~、兄ちゃんなんか嫌いだ~、ふえぇぇぇん」
お兄ちゃんと喧嘩でもしたのかな?と思いそっと近づきます。
敷地内を出てしまうのでお父さんたちにバレないかが心配です。
「兄ちゃんなんか~、ふえぇぇぇん」
近づいても気がつかない男の子。
ユウタくんには兄弟が居ませんでしたが、きっと兄弟喧嘩はどっちとも悲しくて辛いのだろうなと、想いを巡らせました。
「どうしたの?喧嘩でもしたの?」
「……ふぇ!?」
急に声を掛けられて驚いたのか、彼はすっとんきょうな声を出しました。
「あ、うん。ぐすっ……兄ちゃんと、喧嘩したんだ」
ゆっくりと立ち上がって目もとを擦る男の子、その瞳には今にも溢れそうなほどの涙がすぐに溜まっていきます。
「どうして喧嘩したの?」
「兄ちゃんが、ぐすっ、ミニカーを貸して、ひくっ……くれないんだよ」
「うーん?」
兄弟の居ないユウタくんにとって、おもちゃの取り合いなんて一度も経験したことのないことだったのでよくわかりません。
「明日また、貸して貰えばいいんじゃない?」
「無理だよ」言下にそう言うと、彼は諦めたように肩を落とします。「兄ちゃんは、ぐすっ、あのミニカーが気に入ってて、ひくっ……ずっと、遊んでるんだ」
「……そうなんだ」
確かに好きなおもちゃでずっと遊んでいたいのはわかるんだけど、ユウタくんは考えながら持っているミニカーを見下ろします。
しばらくじっと見詰めたあと、何かを振り切ったように顔を上げて言います。
「じゃあ、キミにこれをあげるよ」
「え、ミニカーだ!……いいの?」
差し出されたミニカーを受け取って、驚いたようにユウタくんの顔を見詰めます。
「僕には他にもおもちゃがあるんだ、だからこれはキミにあげるよ」
彼は途端に嬉しそうに表情を綻ばせました。
人の笑顔は、見ている側も笑顔になれるということをユウタくんは初めて知りました。
「ありがとう、バイバーイ」
手を振る男の子を見て、少しはライガーみたいなヒーローに近づけたのかなと、ユウタくんは思ったのでした。
部屋に戻るとおもちゃの箱にはまだまだたくさんのおもちゃが入っていて、ユウタくんを迎えてくれます。
兄弟が居なくとも彼にはおもちゃたちがいるのです。
「そうだなぁ、じゃあキミと遊ぼう」
くまさんのぬいぐるみの手をとって仲良く一緒に遊びます。
一人ぼっちのお留守番もみんながいるから寂しくありません。
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最近はくまさんと遊ぶことが多くなりました。
それは気紛れ的なサイクルのようなもので、他の特定のおもちゃで遊ぶことが増えることもあるし、もちろんライガーで遊ぶことが増えることもあります。
だからくまさんで遊ぶことが増えても何ら不思議ではないのです。
「えぇぇぇん、えぇぇぇん」
どこからか泣き声が聞こえてきました。
それはどうやら外からのようです。
外に出て、家の前の通りを伺うと女の子が泣きながら歩いてきています。
「えぇぇぇん、えぇぇぇん」
泣きながら一人とぼとぼと歩く彼女のことをユウタくんは可哀想に思いました。
ちょうどユウタくんの前を通り過ぎようとしたとき、いてもたってもいられなくて想わず声を掛けてしまいます。
「どうして泣いてるの?」
それに気づいて立ち止まる女の子、彼女の濡れた瞳がユウタくんを見詰めます。
「ぐすっ、私は、ひくっ……持ってないから」
「え?……なにを?」
「……ぬいぐるみ」
「え……ぬいぐるみ?」
彼女はなんとか涙を押し留めてそこまで言うと、堪えきれずにまた涙を流します。
「えぇぇぇん、えぇぇぇん」
再び泣き出す彼女を前に、ユウタくんは驚いて慌ててしまいます。
「待って待って、泣かないで。どうしてぬいぐるみなの?」
「……お友達と遊んでたの、ぐすっ」
「うん」
「ぬいぐるみで、ぐすっ……おままごとしようってなって……私は持ってないって」
つっかえつっかえ彼女は語ります。
「そしたら、おままごとできないからって、ぐすっ……一緒に遊んでくれないって」
「うーん、そっかぁ」
ぬいぐるみを持ってないだけで遊んであげないだなんて、そのときの彼女の心境をユウタくんは想ったのでした。
「そうだ」言って右手に持っていたものを差し出します。「はい、これ」
えっ、と彼女は小さく呟きすぐにうわぁあと目を丸くします。
「くまさんだぁ。これ、キミのくまさん?」
「うん、僕のだけどキミにあげるよ」
「え、いいの!?」
これで彼女もお友達と一緒におままごとができるだろうと、ユウタくんは少し安心します。
誰だって一人ぼっちは嫌なもの、そんな寂しい思いをしてほしくなかったのです。
「うん、僕には他にもおもちゃがあるんだ、だからこれはキミにあげるよ」
そのくまさんのぬいぐるみを彼女は両手で受け取って、ぎゅと大事そうに抱きしめます。
「ありがとう!」
そう言って、手を振りながら来た道を走って戻っていきました。
「バイバーイ」ユウタくんも手を振ってそれを見送ります。
お友達の元に戻って一緒に遊ぶのだろうかと考え、彼女とそのお友達が仲良くおままごとをしている姿を想像しました。
仲直りした彼女らのことをうまく想像することができると、その手助けを自分がしたのだと誇らしく思いました。
部屋に戻ったユウタくん、彼を出迎えるおもちゃはまだあります。
ユウタくんは一人ぼっちではありません。
「こんどはキミと遊ぼう」
ライガーを手に取り高々と持ち上げました。
ライガーは強くてカッコいい正義のヒーローロボット。平和を守るヒーローです。
今の自分にはなんだかぴったりのような気がしたのでした。
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その後もユウタくんは泣いている子におもちゃを分けてあげます。
おもちゃを壊してしまった子。
おもちゃを落としてしまった子。
おもちゃを買って貰えない子。
おもちゃが無くて困っているたくさんの子供たちにユウタくんはおもちゃを分けてあげました。
ついには、お父さんから誕生日に貰った強くてカッコいい正義のヒーローロボットのライガーまでも、泣いている男の子にあげてしまったのです。
一人ぼっちになってしまっては可哀想だから。
一人ぼっちになってしまうととても寂しいから。
だから「僕のおもちゃを、キミにあげるよ」と。
ユウタくんのおかげで町の子供たちは皆一人ぼっちじゃありません。
友達と、兄弟と、仲間たちと、一緒におもちゃで遊んでいます。
ユウタくんは皆を救ったヒーローです。
ユウタくんにとって、強くてカッコいい正義の味方のヒーローは、ずっとあのライガーでした。でも、この町ではユウタくんこそが正義のヒーローになりえたのです。
「ライガーは居なくなっちゃったけど、代わりに僕がヒーローになれたんだよ」
誰もいない寂しい部屋で、ポツリと一人呟きました。
部屋の隅に置いてある大きなおもちゃの箱には、今は何も入っていません。彼の声を聞いてくれるおもちゃはもう居ないのです。
数日前まで飛び出るほどにたくさんのおもちゃが入っていたのに、今は虚しい空の箱。
なにかぽっかりと穴の空いてしまったような、それはユウタくんの心に似ていたのかもしれません。
おもちゃが無くなり大きくぽっかり空いた穴。
いいえ、きっとそれは違うのです。
ユウタくんはおもちゃの箱に空いてしまった穴をそっと覗き込みます。
もう、すべて無くなり空っぽになったと思っていた箱の中には唯一、一枚の紙が入っていました。
不思議に思い手を伸ばし、その紙をひっくり返すと、ポタリ、ポタリと、写真の上に涙が零れました。
それは昔の写真。
ここに引っ越してくる前に住んでいた町の写真。
そこには友達がいました。
たくさんのおもちゃに負けないぐらい、たくさんの友達がいました。
ユウタくんの心にぽっかりと空いた穴は、おもちゃが無くなり空いた穴?
いいえ、違うのです。
友達と会えなくなってしまったが故の穴なのでした。
ユウタくんはその穴を、おもちゃで必死に埋めました。必死に必死に埋めました。
僕は一人ぼっちじゃない、おもちゃたちが一緒に居てくれる。だから全然寂しくなんかないんだ、と。
精一杯の虚勢を張って、けれど、その答えは間違っていて、本当に穴を埋めてくれるものは、もうとっくにわかっているのです。
友達が抜けて空いてしまった穴は、おもちゃでは埋められない。
友達が抜けて空いてしまった穴は、やっぱり友達でしか埋められない。
こんなに簡単なこと。ユウタくん自身、それにずっと気づいていたのに。むしろ気づいていたからこそ、おもちゃを手放していったのに。
ただほんの少しの勇気だけがユウタくんに足りなかったのです。
たった一言、
「僕も一緒に遊んでいい?」
それだけ。
一人ぼっちだったから、その寂しさを知った。
一人ぼっちだったから、その悲しさを知った。
一人ぼっちだったから、その辛さを知った。
だからおもちゃをあげたのです。泣いている子が一人ぼっちにならないように。
ヒーローという仮面を引っ提げて。
しかし、たくさんの子供たちを助けても、たった一人、自分だけは助けることができませんでした。
僕には他にもおもちゃがあるから。
なけなしの小さな勇気を無意味な虚勢が覆い隠してしまったのです。
「うえぇぇぇん、僕は……僕は一人ぼっちになっちゃった」
それを認めてしまったら、もう泣かずにはいられませんでした。
自分は一人ぼっちじゃないと、自らをずっと偽って。しかしそれも終わるのです。
ユウタくんの悲しさと寂しさの詰まった泣き声は、おもちゃが一つもない冷たい部屋に響きました。
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でもね、ちょっと待ってほしい。
キミはヒーローじゃないのかい?と、ユウタくんに伝えたい。
だってヒーローが泣いて終わるなんて、そんなストーリー聞いたことがない。
こんなバットエンドなんて誰からも求められてはいやしない。
ヒーローは皆から好かれるものなんだ。
ピンポーン……ピンポーン……。
ユウタくんだけの部屋に、インターホンの音が響きます。
「……」
ピンポーン……ピンポーン……。
驚いてじっと玄関の方を見ていると、再度インターホンがなりました。
お父さんとお母さんが帰ってくるにはまだ早い、引っ越してきたばかりのこの家に一体誰がくるんだ?と、首をかしげて玄関へ向かいます。
ガチャ、ガチャっとロックを外し恐る恐るドアを開けると──。
「あ!やっと出てきたっ!」
明るい声はどこかで聞き覚えのある女の子。
「遅いよー」
「ねえ、中に入っていいの?」
「ねぇねぇ、ユウタくんっていうんでしょ?」
他にもたくさん、どこかで聞き覚えのある声が我先にと飛び交います。
事態を把握しきれないユウタくんはただただ驚いて口をパクパクさせてしまいます。
「え、あ、あの……なんで?」
やっとそう口にしたユウタくんは、一人ひとりの顔を思い出していきました。
おもちゃを壊した男の子、兄弟喧嘩した男の子、仲間外れにされた女の子。他にもたくさん。今までユウタくんがおもちゃをあげて、助けた子供たちで溢れています。
「なんでって……」
ユウタくんの言葉に代表して先頭の女の子が答えるのでした。
「そんなの、友達だからだよ」
大切そうに両手に持ったくまさんのぬいぐるみをスッと差し出して、満面の笑みで言うのです。
「ねぇ、一緒に遊ぼっ!!」
ヒーローが泣いて終わるなんて、そんなストーリー聞いたことがない。
だから、このストーリーはちょっと変わってるのかもしれません。
一緒に遊ぼうと言われたユウタくんの返事?
そんなの断る理由が見つからないわけで。
顔をぐしゃぐしゃにして満面の笑みでボロボロに泣いて、
「─────うんっ、遊ぼっ!!」
そう言うに決まっていますから。
ヒーローは皆から好かれるものなんだ。
そして彼はヒーロー。
心優しいセンチメンタルヒーローなのです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
私個人としては初めての割には綺麗にまとまったんじゃないかと思っています。まあ及第点ですね(笑)
始めは長編を書こうと思っていました。
そしたらこれが思いの外難しく、執筆の途中から文章が迷走し、さらには暴走し始め、手のつけられない状態になってしまったのです。
だから、まぁとりあえず短編から、と書き上げたのがこの「センチメンタルヒーロー」になります。
今後もまた短編をいくつか書きたいと思っていたりするのですが、どうなることやら……。
またお会いできたら幸いです。




