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8――授業の時間



 神々と言えど、心は人と同じ。主義主張の違いなどの理由から、同じ神の立場で争う場合も多々あった。それが口喧嘩の範疇で済むなら良い。

 しかし、時として戦争に発展することも。

 その場合、下界で代理戦争の開催が通例となっていた。絶大な力を有する神々が直接争えば、天界が滅んでしまうからだ。


 下界の住人――人間族エルフ族ドワーフ族は、戦争の駒でしかない。


 そんな人々を憐れんで、神の三柱が下界の独立を画策した。

 血肉を削り神器《斬界の刃》を鍛え上げ、天界の干渉断絶に成功。だが、このときの余波が原因で、下界に〝傷〟が生じてしまう。


 こうして誕生したのが、今在る世界〝テンプレ〟――。


「違う。世界の呼称は〝テンツァー・プレギメス〟だ」


「少し略しただけだよ。ちゃんと覚えてる」


 机を挟んで向かい合う教師と生徒――コウとサヤ。

 机上には、とある片田舎の地形を再現した大きな盤が置かれている。小生意気に口を尖らせるサヤだが、意識の大半は盤上に傾いていた。


「って言うか、ボクの召喚から半年以上も経ってるんだよ? 今さら世界の名前を間違えるはずないじゃない」


「その言い分には理解を示さんでもないが、試験代わりの問答で略称を使うな」


 苦笑気味に叱責を重ねながらも、コウの手付きには迷いがない。

 両軍の駒を二つ三つと立て続けに動かし、サヤが所属する軍を周到に追い込みながら「続きは?」と問うた。


「神の三柱が人々の前から姿を消す。入れ替わるようにして、世界の傷から日本の死者が流入した。永寿族を自称する彼らはエルフ族を擁立して、正五角形状の大陸下部を占拠。国家トコヨを樹立後、人間族並びにドワーフ族と敵対する」


「かなり端折ったけど……まぁ、歴史の一般認識と考えたら合格点か」


 採点結果にサヤは気を良くした様子で、自分――不死者の駒を動かす。規定に従い、敵軍百人の駒を一手で複数蹴散らした。不死者が参戦した場合、この程度は可能という見込みだ。

 それでサヤの手番は終了。間髪を入れずコウが動いた。


「でも、こっちは赤点かな」


「え? あ、あれ? ここは……むむっ。これで!」


「やっぱりまだまだ精進が足りない」


「あぁっ!?」


 敗北を悟ってサヤが息を呑んだ。

 すぐに平静をとり繕うが、続く声の棘は隠せない。


「……納得いかない。コウさん、ボク側の軍を操るとき手を抜きすぎじゃない?」


「多少都合良く動かしたのは認めるけど、サヤの動き次第で挽回可能範囲だよ」


 その後、コウは丁寧に一手一手を振り返って解説していった。

 教わるサヤの顔付きは真剣そのもの。普段は皮肉や嫌味の目立つ彼女だが、この時間に限っては違う。素直で真面目。コウに敬意すら滲ませるほどだ。

 

「――ざっとこんなところか。質問は?」


「ボクは不死者。魔王を名乗る天界の使途を滅ぼした、勇者の系譜。頭の回転速度も運動能力同様、人類規格を逸脱してるはず。……なのに、何で勝てないの?」


「サヤの肉体は《斬界の刃》が用意した特別製で、優秀なのは事実だよ。

 悪いのは操縦者だ」


「もう少し歯に衣着せてくれてもいいんじゃない……!?」


 少女が真に二代目勇者と言えるのは、換装された不死の肉体限定だ。

 精神の方は、異世界の平和な国で生まれ育った元人間のサヤ・シドウ。成長途中の十四歳な上に、戦術を学び始めて日が浅い。

 戦の専門家であるコウ相手の敗北は、至極当然の帰結と言えた。


「普段は斜に構えた態度を気取ってるクセに、変なところで負けず嫌いだよな」


「普段の態度は『シニカル』と表現してほしいね。……まぁ、異世界の住人相手には無理な相談か。斜に構えた態度扱いを大人しく受け入れよう。

 でも、負けず嫌い呼ばわりには異議を唱えさせて」


「そうだな。こんな無残な連戦連敗が三ヶ月も続けば、誰だって気分を害するか」


「あぁはいはいまったくもってそのとーりだよ!」


 直截な指摘にサヤが憤慨する。コウが微笑を浮かべたのにも気付かない。ぷりぷりと――実年齢相応の子供らしい態度で、机上の盤と駒を片付け始めた。


「勝負中の議題が簡単な歴史の再確認だったから、いい勝負ができると思ったのに……。そういえばコウさん、なんで今日の議題はあんなに難易度が低かったの?」


「本当は別の議題を用意してたんだよ。でも、資料が届かなくて」


 コウの返事に、ドアを叩く音が重なった。

 部屋の主二人が揃って「どうぞ」と告げる。


「お邪魔させてもらうよ」


 そう断りを入れて、痩躯の男性が入室した。

 白衣に眼鏡の学者ぜんとした永寿族だ。外見に斟酌しない性質なのか、衣服全て皺だらけ。痩せ細った顔は生気に乏しく、無精髭も伸ばし放題という有様だ。


「桔梗君から報告書の郵便を頼まれた。たまには動けってさ。ひどいよねー」


「大遅刻かましやがって……。ひどいのはお前の顔色だよ、スガワラ」


 部下――スガワラの醜態にコウは渋面を浮かべた。

 嘆息し、郵便物に目を通す。途中、スガワラが書面の一部を指差した。


「興味深い記述があった。この資料はあとで僕にも回してくれ」


「それが遅刻の理由か。どうせまた歩くの忘れて思索に耽ってたんだろ」


 コウは報告書を机上に並べると、身内随一の知識人に意見を求めた。


「一通り読んでの感想は? スガワラは今後の成り行きをどう見る?」


「風向きが変わるね。桔梗君の派遣に異論はないが、個人で対処可能な域を越えそうな気がする。予定を前倒しすべきかも。

 ……風向き一つが死活問題なのは、僕と同じだ」


 実際は強靭な永寿族の一人なのだが、スガワラの外見はそよ風で揺れる小枝さながら。自虐にも真実味があった。


「傭兵団に名を連ねておきながら、軟弱な発言しやがって……。キキョウの言い分にも一理ある。スガワラはもう少し動くべきだな。トコヨ産の香辛料を九袋準備しろ。情報提供の三村に振る舞う」


 コウは団長命令を発して、嫌そうに唸るスガワラを室外に蹴り出した。それから再びサヤの対面に着席して、今度は教師としての顔を見せる。


「唐突ながら《オウマ》の今後の方針についてサヤに質問だ。どのように動くべきか、意見を聞かせてほしい」


「雇い主としては、さっさと依頼遂行に励んでほしいとこだけどね」


 サヤは一度皮肉を叩いてから沈思黙考し、自信薄そうに回答した。


「…………ボクの依頼は大半が抽象的。唯一確かな〝神さまの救い〟も胡散臭い。無知な民衆向けの喧伝方針は、二種族共存国家の樹立辺りが妥当じゃない?」


「間違っちゃいない。けど、国家の樹立を喧伝するのは時期尚早だ。二種族共存の思想も〝テンツァー・プレギメス〟では異端。両国の上層部は俺たちを認めないだろーよ。実際、うちの先代団長やケイコさんは、その辺の理由で殺された」


「……同じ轍は踏めない」


 お互い思うところはあれど、深く踏み込まずに話を進めた。


「しばらく地道な傭兵活動に従事し、力を蓄える――それが模範回答?」


「正解。世の中に堂々と宣戦布告をするのは控えた方が無難だろう。サヤもしばらく裏方に徹してもらう予定だ。一般人は勇者の正体を知らず、存在すら眉唾だからな。〝敵〟の動向にも警戒がいるし、登場の時期は慎重に見定めないと」


「わかってる。……チートの自由を奪う枷は、お約束だしね」


 サヤが自嘲気味に異世界特有の単語を呟く。

 彼女との会話では頻繁に飛び出す単語故、コウも意味を把握していた。一々問い質そうとはせず、肩を竦めて聞き流す。


「傭兵団《オウマ》は長い間、地道に貯蓄と情報収集を続けてきた。資産や知識は潤沢だ。でも他は全く足りていない。特に兵数。二百程度じゃ全然足りない」


「テンプレ世界のクセに、その辺は現実的だよね。弱チートの永寿族を含めても、突出した強さを誇る存在が少ない。戦争は基本的に数の多い方が有利」


「例外は神の眷属と不死者と、あとは使い方次第で魔石もか。一応、全て揃っちゃいるが……それでも兵数不足じゃ心もとない。理解者を増やす必要がある」


「だからこその傭兵活動でしょ? 騒動に介入して都合の良い顛末を導き、報酬代わりに仲間を増やす。上手くいけば一石二鳥以上の戦果を見込める」


「正解。……案外、初代は全て予見した上で傭兵団を立ち上げたのかもな」


 一を聞いて十を知った教え子に、コウは満足気な微笑を返した。

 それからおもむろに立ち上がって着替えだす。


「――――」


 教師の突然の奇行に、サヤはポカンと間抜け顔を浮かべた。

 制止の言葉一つ用意できない。まじまじと眺めてしまう。

 流石は傭兵団の長。筋肉質な体型に無駄はない――そんな感想を懐いた直後、サヤはハッと我に返った。


「お、女の子の目の前で堂々と着替えないでよ!」


「股間くらいは隠してる。もう三ヶ月も一緒の部屋で暮らしてるんだから、半裸くらい慣れろ。俺はサヤの着替えを見たって、なんとも思わなかったぞ?」


「過去形!? じ、冗談だよね!? 冗談だと言ってよ!」


「ああ、冗談。――本当はそれなりに興奮した」


「そっちじゃない!!」


 ケラケラ笑う半裸のコウから目を逸らし、サヤは青筋浮かべて頭を抱えた。


(もう本当になんなのこの人……っ!?)


 つい先刻まで優秀な教師で指導者だったのに、もはや見る影もない。

 日々の生活面だけで評価を下すなら、コウはだらしない子供が関の山。今も余所行きの格好虚しく、書類の束と格闘している。


「困った。資料がない。キキョウから、くれぐれも大切にと念を押された奴が」

「……そう言えば昨日、桔梗さんがゴミ箱を漁って一部を棚に保管してたね」


 キキョウの気苦労を慮って、サヤはため息を吐いた。もっともキキョウの場合、それを楽しんでいる節があるのだが。


 資料を机上に揃えたコウが部屋の出入口に向かう。


「スガワラが持ってきたのも含めて、机上の書類は焦点が同じ。アーネス地方の枢軸で燻る反乱の火種について、クロが調査したものだ。今日中に読んでくれ。今のところは介入予定だが、雇い主の判断次第じゃ見送るのも吝かじゃない」


「読むのは構わないけど……もう出かける気?」


「忙しなくて申し訳ない。これでも一応団長だからさ。仕事が腐るほどあって」


 傭兵として未熟なサヤに手伝えることはない。


 憮然と見送る少女の心境を知ってか知らずか、コウが唐突に振り返った。


「言い忘れてた。数日後、他の連中と一緒に街まで出向く」


「もしかして、ボクも街に連れてってくれるの?」


「ああ。引きこもり続きでカビが生えても困るからな。その代わり、準備が整うまでは良い子で待ってるんだぞ?」


「また子供扱いして……! そっちこそ、無駄に出しゃばって部下の足を引っ張らないようにね!」


 皮肉の応酬を最後に、サヤはコウと別れた。







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