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7――不死者の朝



 朝――優しい母親に起こされて、眠気を我慢しながら登校準備。

 同じクラスの友達と一緒に学校へ向かう。

 授業は簡単すぎて、いつも退屈。合間の休み時間だけが楽しみ。

 午前の授業が終われば給食だ。献立はカレー。とても美味しかった。家では出せない味だと思う。

 午後も勉強を頑張り、掃除をしてからサヨウナラ。

 家に帰れば母親が出迎えてくれる。少し待つと兄も帰ってきた。

 日が落ちるまで兄とゲームで遊ぶ。どうしても勝てない。すごく悔しい。

 夕食の準備を始めた母親の手伝いをしていると、父親も帰って来た。

 大きくて穏やかな父親も交えて四人で食事。それからテレビを見て宿題をして……なんだか眠くなってきた。

 歯を丁寧に磨いてから布団に入る。本を少し読んで、おやすみなさい。


 どうか怖い夢を見ませんように。






        ≠        ≠        ≠






 まだ太陽が昇って間もない早朝、不死者が眠りから目を覚ます。


「ぅ、んっ」


 直後、サヤの心中にド――ッと不実の恐怖があふれ出た。人間だった頃の夢を見た朝はいつもこうだ。夢の中で妙な祈りを捧げたせいか、今日は特に酷い。

 開いた瞳を半ば反射的に強く閉ざす。


(……、……ここは……傭兵団《オウマ》の臨時拠点。ボクと〝彼〟の私室)


 居場所を反芻しながら整息に努めて、落ち着きをとり戻す。

 恐れる理由など何一つない。そう自分に言い聞かせて、サヤは身体を起こした。

 気分に反して全身には力がみなぎっていた。絶好調と表現しても過言じゃない。肉体が常に最高の状態を維持する〝不死者〟の特権故だ。


(……そう。今のボクは人間じゃない)


 不死者。神器《斬界の刃》に召喚されて、不死身の肉体を得たバケモノ――頭を一度左右に振って、サヤは意識を切り替えた。


 現在時刻は日の出前後。昨日の目覚めより、なお早い。

 一抹の期待を込めて視線を真横のベッドに移す。


「……またいない」


 意図せず平坦な声が出た。


 廃坑を改良した臨時拠点で暮らし始めて、優に三ヶ月が経過している。その間、サヤが同居人より早く起きたことはない。就寝時間は相手の方が常に遅いのに。


(本当にここで寝泊りしてるのかな?)


 そんな疑問を懐きつつ、サヤは身支度を整えた。

 飾り気のない丈夫な長ズボンに、上は作務衣じみた和風の衣装。寝乱れた髪を櫛で整えたら、傭兵団《オウマ》の新人サヤ・シドウが完成する。


 半端に伸びた髪は結わえず手櫛で梳くに留め、部屋を出た。


 最初は坑道暮らしの妙に戸惑っていたサヤだが、今では慣れたもの。足元の起伏に注意しつつ、天然の迷路を終点目指して突き進む。

 途中で《オウマ》の構成員数人とすれ違った。


「西は形骸化に近いと」「いや、それが武具を買い漁って――あ、お嬢」「ちーっす」「お嬢、起きるの早!」「僕たちなんて今から寝るのにね……」


「えと……」


 傭兵たちの気安い応対に戸惑いつつ、サヤは遠慮がちに頭を下げた。


「お早うございます。それと……お、おやすみなさい?」


「うん」「桔梗ちゃんが上の岩場で待ってたよ」「訓練頑張ってね」「ふぁ……。さすがに眠ィわ」「飯どうする?」「適当につまんで、さっさと寝ようぜ」


 挨拶を交わして別れる。

 再び一人に戻ってからサヤは記憶を手繰った。


(たぶん先頭にいたのがシロ隊長のカリョウさん。後ろの二人は桔梗さん率いるクロ所属のゲニカさんとミシーダさん。その奥は……駄目。名前が出てこない)


 傭兵団《オウマ》の構成員は二百を超える。しかも、非戦闘員以外で拠点に長期滞在する者は稀だ。緊急時以外、戦闘員の過半数が仕事で遠征している。

 加入三ヶ月の新参者が、個々人の名を網羅していないのは当然のこと。

 だが、サヤ・シドウという少女はその当然を受け入れない。挨拶を交わした仲間の名前を知らないとなれば、申し訳なく感じてしまう。


 早く全員の名前を覚えよう――決心を新たに、サヤは緑豊かな外へ出た。


 必要最低限に整備された道の真ん中で、大きく深呼吸。

 坑道の中では味わえない澄み切った空気を肺腑に満たす。東から差し込む陽光を全身で浴びると、自然と口の端が歪んだ。

 

「今日も無駄に良い天気だこと」


 ゆっくりだが確実に動く〝空〟から、サヤは目を逸らした。


(天動説か。ガリレオも吃驚だね)


 元いた世界の偉人に思いを馳せて歩き出す。

 ほどなくして探し人――キキョウの姿を発見した。


「おはよう、桔梗さん」


「おはようございます、沙耶さま。今日も早いですね」


「あの昼行燈ほどじゃないけどね……。彼、今日は拠点にいるんでしょ?」


「コウさまなら、所要をすませてから食堂で待つと」


 二人は昼行燈――もとい、コウという共通の話題を持つ。同郷という点も重なって、歳の差を気にせず仲を深めていた。


「では沙耶さま。今日は早めに訓練を始めましょうか」


「うん。指導よろしく」


 毎日かかさない魔法の訓練も、二人の絆の増強に一役買っていた。






 訓練はまず、サヤが『自分はただの人間ではない』との宣言から始まる。

 それ自体が一つの魔法で、能力強化――主に魔法制御力の向上が目的だ。必須行為ではないが、使っておかないと悲惨な結果が待っている。


「IMADEHANAIITUKA KOKODEHANAIDOKOKA JIBUNNDEHANAI DAREKANOTAMENI!」


 文言は不死者サヤを育てた恩人の口癖。

 他のどんな長文もこれを上回る効果は期待できない。そこが、術者の想像を日本語で創造する〝魔法〟の難しいところだ。

 呪文の匙加減は慣れる他ない。早朝訓練はそのために行っていた。

 キキョウが用意した半円状の結界内で、サヤは意識を集中。細微な構想を脳裏に描く。あとは世界の欲すまま、異世界言語を重ねて容を与える。


 ――不死者の基礎機能は、人間のそれとは比較にならない。人間三人分と見なされる永寿族さえ大きく凌駕している。

 しかし力とは元来、高まれば高まるほど制御の難易度が上がっていくものだ。

 魔法は特にその問題点が顕著だった。


「あれ? なんだか、ボクの想像とは違う色になったような……?」


「真っ黒な炎ですね。見た目からして凶悪ですが、どんな効果を?」


「いや、単なる明かりのつもりで――っ!?」


 今日も今日とて制御から外れた暴走魔法が迸る。











 魔法の鍛錬後は廃坑へ引き返す。

 仕事のあったキキョウと別れ、サヤは食堂代わりの施設に足を運んだ。焼き立てのパンが放つ甘い匂いに、腹部からクーと可愛らしい音が。

 栄養摂取を必要としない身体でもお腹は減る。不合理な話だ。


 奥の棚に非戦闘員が作った料理が並んである。

 不死者が体重や栄養を気にする必要はない。サヤは遠慮なく好きな食べ物で皿を埋め尽くしていった。


「う~ん、これぞ子供のお食事って感じの品揃えだな」


「……会って早々言ってくれるね」


 背後から届いた小憎らしい声に、サヤは背中を向けたまま応じた。


「別にいいでしょ。楽しみが少ないんだから、食事ぐらい好きにさせてよ」


「ダメだなんて言ってないぞ。微笑ましく思って感想を述べたまでさ」


「……本っ当に一々腹の立つ人だこと」


 複数の焼き菓子や果物を棚に戻して振り返る。

 サヤの真後ろに、包帯で左腕を吊るす青年――コウの姿があった。


「サヤ一人か。キキョウはどうした?」


「クロの副長から呼び出し。遅くなりそうだから勝手に食べててだって」


「えー。それじゃ俺の食事の支度は誰がしてくれるんだ?」


「桔梗さんからボクが頼まれた。自分の食事を用意したらコウさんの分も持っていくから、それまで大人しく隅で座ってて」


 コウは左腕を自由に動かせない。食事の支度は代理を頼むのが常だ。普段はキキョウの仕事なのだが、今日はサヤにお鉢が回ってきていた。


「助かる。今日は野菜って気分じゃないから、果物多めで頼むな」


「好き嫌いせずちゃんと食べようね。……って言うか、どっちが子供よ」






 目一杯の野菜が盛り付けられた皿の数々を前に、コウが渋い顔で呻いた。


「野菜尽くしは予想してたが、主食抜きは嫌がらせだろ」


「人聞きの悪いこと言わないで。ちゃんと皿の底に置いてある」


「は? どの皿に――って、野菜スープの皿かよ。しかも揚げパンじゃねーか。嫌がらせ通り越していぢめじゃない? 食べ物で遊ぶと料理長に怒られるぞ」


 料理長は年季の入ったお婆さんで、非戦闘員だが怒ると問答無用の怖さがある。

 しかし、それを聞いてもサヤは動じない。澄まし顔で自分のスープをすすった。


「コウさんが美味しく食べれば遊んだことにはならないよ。重ねて言うけど、好き嫌いせずちゃんと食べることだね」


「これもう好き嫌い以前の問題だろ。スープ、油でギトギトだし。……仕返しにしたってやり口が汚いぞ。せめて、もう少し可愛らしくできないもんかね?」


「ボクみたいな悪趣味な女に可愛らしさを期待するとか、頭の具合は大丈夫?」


「変な開き直り方しやがって……」


 そう言うと、コウは手近な席に座る永寿族を呼び出した。スープに浮かんだ油を魔法で除去するよう頼む。


「え、面倒」


「おい……仮にも団長命令だぞ。雑な感じで拒否るな」


「飯の最中にアホな理由で呼び出された俺の身にもなってください。つーか、お嬢に命令すりゃいい話でしょ」


「そのサヤの仕業なんだよ。第一、脳筋の不死者に繊細な魔法は無理だ」


「む」


 脳筋扱いが不服で、サヤは憮然と眉を寄せた。

 言い返したいのは山々である。しかし魔法の指南役はあのキキョウだ。今日の訓練の微妙な進捗が、遠からずコウに伝わるのは間違いない。

 反論を諦めたサヤは代わりに呪文を詠唱した。

 コウの野菜スープから色素が抜け落ちていく。


「――へ? ちょ、おい……サヤ、今度は何をしてくれやがった?」


「加減が苦手でごめんね。油を除去するつもりが、色と旨味まで抜いちゃった」


「旨味まで抜くのって逆に難しいんじゃないか!?」


 無視。

 

 無駄に巻き込まれた永寿族の団員が、白い目で感想を述べる。


「団長、見えてる地雷踏むの大好きっスよね。マゾなの?」


「まぞとやらの意味は知らんが、違うと断言させてもらおう……!」


 二人の漫談を他所に、サヤは食事を再開しながらため息を吐いた。


(ボクは何をしているんだろう……?)


 急激に頭が冷えて、自分の言動が愚かしく思えてきた。

 からかってきたのは向こうが先だが、だからって今のはない。まるで、主人公覚醒前か正史の悪役令嬢じゃないか。あの日、誓った主人公像には程遠い。


 なぜかコウ相手だと調子が狂うのだ。

 実の兄相手のような錯覚に陥り、一事が万事この調子。遠慮が失せて、ふとした拍子に〝不死者の自分〟を忘れてしまう。

 とても良くない。


(もっと強く賢く格好良く、上手に生きなきゃ)


 不死者サヤ・シドウにはそれが可能なはず。

 だって今のサヤは完全無欠のスーパーチート。しかも此処はネット小説でお馴染みの、テンプレ異世界なのだから――。





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