5――それぞれの宴
正五角形状の大陸は、中央部分が超巨大建造物に占拠されている。通称、神の墓場。大昔は魔王の根城で、今では魔物の住処だ。人が住める場所ではない。
だが逆に言うと、神の墓場以外は全て人類の住処である。
北部三角が七割のドワーフ族と全人間族の国〝ハザウェル〟。
南部二角は八割のエルフ族と全永寿族の国〝トコヨ〟。
ハザウェル東域の大陸中央寄り、アーネス地方。その北西付近にはかつて栄えた鉱山が連なっている。
廃棄された現在は、山賊の隠れ家――対外的にそう恐れられていた。
真実は違う。山賊は半年近く前に一掃済み。これは領主が重い腰を上げたのではない。麓の村々から依頼を受けた傭兵団《オウマ》の仕業である。
以後、彼らは報酬代わりに廃棄鉱山の一角を借り受けていた。
≠ ≠ ≠
廃棄された鉱山の天辺。
双月と千の星々の下で傭兵団《オウマ》が宴を開いていた。
「十九番、ドワーフ族。シロ隊長とは名ばかりの小者――カリョウ登場です!」
「なんで隊長格が見世物側に回ってんだよ……。この糸目! お前がそんなだから最近シロの扱いが悪いんだ! 副隊長の尻に敷かれやがって羨ましいぞ死ね!」
「うっせーぞハゲ! お前、他の隊長格を見てみろよ。逆らえる連中が一人でもいるか? 俺が小者臭いんじゃなくて、周りが大者すぎんの!」
「ハァッ!? 俺、別にハゲてねぇから!! フッサフサだろ!? 生え際も後退してるんじゃない! 他人より少し額が広いだけだ!!」
「……現実見ようぜ」
「おい急な真顔止めろ」
燃え盛る篝火を中央に置いて、百名余りの団員が乱痴気騒ぎ。
新人の協力で周辺には強固な結界が用意されている。耳目は気にしなくていい。酒も料理も大盤振る舞い。結果、主役を置き去りでご覧の有様だ。
「つーかマジ、何度考えても納得いかねぇ……! 永寿族は死んだときの損傷を癒やして転生するんだろ!? なんで毛根の損傷は対象外なんだよ!?」
「諦めろハゲ。それがお前のデフォルトってことだ」
「希望を捨てましょうハゲ。いっそ全部剃ったら? 言い訳も立つでしょ」
「どーでもいいよハゲ。いい加減しつこいぞハゲ。さっさと進行しろハゲ」
「テメェが一番しつこいんだよ! ハゲハゲ言ってりゃ面白いと思うな!!」
種族を問わず笑い合い謳い合い騒ぎ合う。
一般的には禁忌とされる光景だ。それが彼らには納得できなかった。だから今在る世界に喧嘩を売ると決めた。例えその結果、周囲から爪弾きにあうとしても。
異種族混成傭兵団《オウマ》は、そういうバカの集いだった。
(あーあ、こりゃ遅参組の不満すげーぞー……)
宴会後の顛末を想像し、コウがため息を吐いた。
ゴザの上に座り込んで酒と肴を交互にチビチビ。これで実はコウも楽しんでいるのだ。憂鬱気味な思考はただの癖にすぎない。
一方、全く楽しんでいないのが本日の主役だった。
「よくぞ……よくぞ、参戦を決意してくれました!」
「まさか生きている間に、この日が訪れようとは――っ」
主役を覚えていた少数派が、少女を囲って歓喜を爆発させている。
大半が古参の永寿族だ。悲願から目を逸らす鬱積期間は、歳若いコウを余裕で凌駕する。中には、感極まって涙を滲ませる者までいた。
だというのに、肝心の主役は「はあ……」と生返事ばかり。
サヤ・シドウ。
勇者の系譜であり、通称は〝不死者〟。異世界から問答無用で召喚された不運な生贄だ。しかし、傭兵団《オウマ》発足以来の待ち人でもある。
衣装はキキョウが用意した和洋折衷の上等品で、よく似合っている。唯一残念なのは無造作に伸ばした髪。少し弄れば一気に愛らしさが増すはず。だが、髪形は本人が頑なに譲らなかったらしい。
「我々は、この日のために技を磨いて参りました! 金も魔石も知識も潤沢! 必ずや悲願成就の一助となりましょう!」
「……期待してます。程々に頑張ってください」
「歳は十四でしたか? 先代はたしか十代終盤で召喚されたと聞きます。その年頃ですと、戦漬けの日々はお辛いでしょう。ましてこの地は異世界ですから」
「……まぁ……はい、そうかもしれませんね」
サヤの応対は大分おざなりな感じだ。数時間に及ぶ挨拶や感謝の攻勢で、辟易しているのが見てとれた。
(内心はもっと隠してほしいもんだが……十四の元平凡な少女にゃ酷な話か)
横目で主役の様子を確認したコウは、続いて宴の中心を眺めた。
「十九番カリョウ。コウ団長のモノマネいきやす! ……キキョウ、愛してる」
「あっはっは似てない死ね」
「ひぎぃっ!?」
「とめろ! 誰か今すぐ、あの亡者をとめろぉッ!!」
「酔っ払い状態のキキョウちゃん、冗談通じないからねー」
「いや、それ以前の問題。今のはカリョウがバカ。自業自得。処置なし」
騒ぎの中心人物は永寿族の女性――キキョウだ。コウとは長い付き合いで、ここ数年は主従関係にあると言ってもいい。
しかし、主のコウですら今のキキョウの姿は初見だった。
深酔いした挙句に周囲を巻き込んで大暴走。呑めや歌えやどころの騒ぎですらない。走って踊って飛び跳ねて、殴って蹴って魔法を唱えての大立ち回りだ。
ここまで彼女が羽目を外したのには、明確な理由が二つある。
一つは最古参故。キキョウは誰より長くサヤの登場を待ち続けた。
そしてもう一つはコウの現状に起因する。
(口には出さなかったが、やっぱり気に病んでいたんだろーな。あの件は俺の自業自得。見えないなら見えないで別に構わなかったのに……)
闇しか映さなかった左目で、コウはキキョウの浮かれ具合を眺めていた。
――五年前。神獣や魔獣と畏怖される神造兵器に、コウは無謀な闘いを挑んだ。奇跡的に勝利したものの、その時の怪我で左目の視力を失う。
傷口は神の毒に犯されて永寿族の回復魔法も通じない。
一生見えないままだと、コウ本人も覚悟していた。
それが、永寿族を凌駕する不死者の回復魔法で呆気なく覆された。
『この治療を報酬代わりにするべきだったかな。……でも、傷痕が消えないんじゃ片手落ちか。理由はたぶん、治療の遅れと毒の凶悪加減。視力の回復が間に合っただけ儲けものと思って――ひゃっ! あ、貴女、急に抱きついて何を……』
『あ……ありがとうっ、ありがとうございます! 本当に本当に――ッ!!』
自分以上に喜ぶキキョウの姿を思い出しつつ、コウは彼女を呼び寄せた。
「キキョウ」
「っ、はい!」
宴の音に紛れる小声に、キキョウが過敏な反応を示す。周りの団員を蹴散らすと千鳥足で歩み寄り、コウの胸に跳び込んだ。
「お呼びですかー、コウさまぁ~?」
子供のようにすり寄り全身全霊で甘えてくる。
実際に子供なら何も問題なかった。だが、キキョウは背丈を除くと立派な大人の女性なのだ。好ましい感触と匂いが、酒より強烈にコウを酩酊させる。
ニヤつく外野の視線で理性を維持し、コウはキキョウを抱え上げた。
「呑みすぎ。膝を貸してやるから、少し休め」
「わぁ~……えへへ。コウさまがそう仰るならぁ、遠慮なくー」
キキョウが素直に横になる。主の膝枕を堪能して満面の笑みだ。
「ふわぁー、ん~……。ねー……コウさまぁ、左目の調子は如何です~? あたしの姿が見えていますか? 貴方の桔梗ですよー?」
「見えてる見えてる。治ったんだから、もう大丈夫だ」
「本当ですか? ちゃんと……ちゃんと、見てくれなきゃ嫌ですよ?」
「――……あぁ。ちゃんと見るよ。もう二度と目を逸らさない」
「ん……。これからも、ずっと……ずーっと……」
幸福を噛み締めて目を瞑るキキョウを、コウは優しく撫で続けた。