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4――バケモノの依頼




 コウが渾身の力で亡者の斬撃を迎え撃つ。辛うじて防御に成功。代償に、手中からナイフが弾け飛んだ。指が痺れて力が入らない。


「まだだ!」


 挫けない。踵を打ち鳴らし、両の爪先に仕込んだ暗器の刃を出す。

 亡者の二撃目に先んじて、コウは右蹴撃を放った。しかし、これは驚異的な反射神経で回避されてしまう。眼孔を逸れて《メルザ》に直撃。仮面は傷一つ生じず、逆に刃の方が破損した。


「く……っ、らえェッ!!」


 ここまで全てコウの読み通り。この距離この体勢なら外さない!

 右足を戻しながら左足で地を蹴った。そのまま全身を捻り、変則的な左後ろ回し蹴りを繰り出す。


 喉を狙った必殺の一蹴は、剣を持たない方の腕に阻まれた。


 これでコウの手札は打ち止めだ。


 絶望に意識が凍り付く中――

「ちぇっ、せっかくの初披露が……」

 ――コウは真後ろから人外の力で引っ張られた。


 背後に庇っていた子供の仕業だ。尻餅を付かされたコウは、子供の背中に驚愕の眼差しを送った。


(この子、人間族じゃ――)

「あ」


 人間じゃない子供、その柔らかな細首が亡者の斬撃で両断された。


 首から上が落下して、フードに隠れていた素顔が露となる。

 髪型は半端に伸びた黒髪を無造作に垂らす、洒落っ気が薄いもの。あどけなさを残す顔立ちは芸術的に整っていた。きっと将来は絶世の美女に――……斬首刑に処された今となっては、虚しい評価か。


「……ッ」


 地面を転がる少女の頭部を眺めて、コウは激昂に全身を震わせた。

 一方で、亡者はコウに対する興味を失っていた。当然、首無しの肉塊には見向きもしない。任務達成を喜ぶことも孤立無援の状況を嘆くこともない。


「――……あぁ……そうか。お前らも、被害者だったか……」


 悪鬼亡者の蔑称が相応しいバケモノを眺めて、コウの怒りが霧散していく。

 それでも彼は、胸を衝く使命感と自責の念を頼りに立ち上がった。燃えるように熱い左腕を、無意識に一撫でして――足元から声が届いた。


「意外とセンチな人だね」


 亡者という名のバケモノ紛いが、真のバケモノに捕まった。

 抵抗など有って無いの如し。腕を掴まれた亡者の全身が、小枝さながら軽々と浮き上がり宙を泳ぎ、そのまま桁外れの剛力で真下に叩き付けられた。

 成人男性の偉躯が地面を大きく跳ね上がる。

 息は辛うじて繋いでいるようだ。だが、地に落ちて以降は微動だにしない。

 おそるおそる近寄ったコウの部下が、無言で引導を渡す。

 皮肉にも先刻と同じ斬首刑に処されて、亡者の肉体は崩れ去った。


 ――首を切断されたら永寿族も死ぬ。

 絶対の事実を再確認してから、コウは正面に視線を移した。


 理不尽極まりないことに、〝それ〟は平然と動いていた。


 落し物を拾い上げて定位置に。時間を逆行するかのように断面が癒着した。

 頬を穢す泥を拭い身形を整えて、少女の双眸が開かれる。厭世感が滲む薄暗い印象の瞳が露となった。


「……視界が悪い。息苦しい。薄暗い。汚い」


 無感動に不平不満を垂れ流して、右腕を地面と水平に伸ばす。


「この世界の舞台装置は相変わらず、とことん役に立たないね。物語の開幕をこんな酷いシチュエーションで演じろって言うの?

 ……冗談じゃない」


 小さな掌が、ゆっくりと五指を曲げて――柄を握り――少女は剣を執った。

 神代の芸術品にも劣らない豪奢で巨大な両手剣。

 刃は鮮烈な真紅で魔剣か聖剣の如く仄かに輝いている。折れず曲がらず曇らず穢れず……ただ其処に存在するだけで、世界すら斬り裂きそう。


「IMADEHANAIITUKA KOKODEHANAIDOKOKA JIBUNDEHANAIDAREKANOTAMENI」


 少女は大剣を軽々と掲げると、淡々と呪を唱え始めた。


「OSANAKIWAGAMINI YUUSYANOKISEKIWO YAIBAYO WARERANOMITIWO KIRIHIRAKE」


 逆手に握り直した大剣を真下に突き刺す。

 一呼吸の沈黙を挟み、少女の祈りで世界が爆ぜた。大地から衝撃波が上がり、永寿族三人分の結界ごと土砂を吹っ飛ばす。


「な――っ!?」


 開けた視界に少女以外の誰もが喫驚した。無論、コウも例外ではない。


(なんだこの出鱈目な威力は!? 魔石の支援もなしに……いや、仮に魔石で威力を増幅したとしてもありえない! まるで神造兵器の一撃じゃないか!)


 魔法とは、術者の想像を異世界言語で創造する曖昧な力だ。

 しかし、制約が多い上に不可能も上限も厳然と存在する。少女の魔法はその辺の道理を無視していた。他のどんな優れた術者でも再現できまい。


「うん、見晴らし良好。少しは格好も付いたはず。これなら及第点だ」


 少女は平然と大剣を引き抜くと、やはり醒めた目でコウを眺めた。


「その変な感じがする左腕……貴方が今代《オウマ》の団長?」


「あ、あぁ……」


 コウが半ば茫然自失の体で頷く。

 すると少女は値踏みするように双眸を細めて、言葉を続けた。


「亡くなった継古さんから言伝を預かってる。でも、伝える前に確認させて。貴方、神の三柱が救世に支払った代償を知ってるの?」


「……首謀者で世界の未来を司る姉神は異界に追放。

 過去を司る兄神は呪いを浴びてバラバラに。

 今を司る妹神は世界の奥底で血肉を垂れ流し、家族の罪を贖い続けている」


 畢竟――この世界は、細切れの呪われた〝過去〟を礎に、罪に塗れた〝今〟を浪費して、消えた〝未来〟を捜し求める。


「人知れず闇に葬られた史実の一つだ。他にもケイコさんが重要と目した知識は全て記憶してる。対面こそ代替わりのときが最後だが、彼女には世話になった」


「そう……。なら、言伝の意味も通じるはず」


 斬首を無視した少女の正体・熱を宿した左腕・保護を求めてきた盟友・歴史の闇の再確認……それら全てが、コウの中で一本の線に繋がろうとしていた。


「勇者とその仲間たちが魔王を討伐し、天界の干渉を断ってから幾年月。この世界は、再び〝未来〟の加護をとり戻した。

 今後どうするかは、今代《オウマ》団長の判断に委ねます――と」


「なるほどね……」


 遺言となった盟友の言伝に、コウは深々と慨嘆した。

 その間に少女がするりと言葉を繋ぐ。


「それと、ボクから傭兵団《オウマ》に依頼がある」


「依頼? ……俺の予想が正しいなら、キミは神さまだって殺せるのに」


「否定はしない。でもボクの興味は神の殺害どころか、神の救出にあるの。これは偉大な左腕を受け継いだ、貴方にしかできないことなんでしょ?」


 神の救出は魔王を討伐した勇者と、その仲間たちの悲願。最後の当事者ケイコ・トノエの死で潰えたかに思われたが……。


 今この場に、それを認めない者が〝二人〟いた。


「……このテンプレートな異世界に変革を。

 十乃重継古の二度目の死に意味を。

 限りある永遠に価値を。

 神さまに救いを」


 一同が固唾をのんで見守る中、少女が瞳と真逆の真摯な声で願いを紡ぐ。


「もちろん傭兵に無料で力を貸せとは言わない。前報酬代わりに、ボク……〝不死者〟紫藤沙耶の身柄と、神器|《斬界の刃》を捧げる」


 その瞬間、コウは左腕のみならず胸中にまで猛烈な熱を感じていた。

 次代に託す気で燻らせていた〝救世を継ぐ夢〟が再燃しているのだ。まるで〝神授の左腕〟と〝神の血統〟に呼応するかの如く――。





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