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3――その生は誰がために



 仮面型拘束具《メルザ》を、一部の永寿族は処刑道具と嫌悪していた。

 仮面は装着者の自我を木端微塵に破壊して、従順な奴隷に堕とす。二度と元には戻らない。精神的には死ぬも同然というワケだ。

 ちなみに、同族の《メルザ》被害者を人間族なら〝悪鬼〟と、永寿族なら〝亡者〟と呼ぶ。逆に異種族は《メルザ》の有無を問わず、常に悪鬼亡者と蔑むのが通例だった。


「……っ!」


 無謀な闘いに挑む亡者を見て、コウは無意識に歯噛みした。


(クソ……! ケイコさんの件があるせいか、普段以上に《メルザ》が忌々しい)


 歴史の闇に葬られた、非人道的な呪具の誕生秘話を思い出す。

 同時に、数年前からコウの心に巣食う諦観が再び暴れ始めた。






 ――神の手で救われた現世は、神の呪いにむしばまれている――


 それは動かない左腕と一緒に代々継承されてきた歴史の真実。

 異種族混成傭兵団《オウマ》創立の理由。

 初代勇者と、その仲間たちの誓い。


 ――真実を知った我々は雌伏の刻を受け入れた――


 代替わり以前に懐いたコウの夢。

 今代《オウマ》団長コウの絶望。


 ――いつか世界が〝未来〟の加護をとり戻す、その日まで――






 幾年月が経過した今も、神の呪いは人知れず〝災禍〟を生んでいる。人間族も永寿族もエルフ族もドワーフ族も、種族を問わず全人類を苦しめるため……。

 真実を知るコウが〝救世を継ぐ夢〟を懐いたのは、必然の成り行きと言えよう。

 だが、悲願成就のための行動は厳しく制限されていた。〝災禍〟との全面対決どころか、真実の公表すら許されない。


 世界はまだ〝未来〟の加護をとり戻していないのだから。


(……歯痒いっつーか、惨めだ)


 無力感に苛まれるコウだが、かと言って自暴自棄に振る舞う気はない。

 自分が下手を打てば先代までの苦労が無に帰す。そんなのは絶対に御免だ。

 団長の座を受け継いだ以上、コウには次代に夢を託す義務があった。

 

(俺も先代までと同じ。失われた〝未来〟のいしずえで終わる……)


 そう自分に言い聞かせながら、コウは歩みを進めた。

 キキョウと闘う亡者の背後に忍び寄り、一息で首を刎ねる。


「……キキョウ。彼の二度目の人生は、何のために存在したんだと思う?」


「さて……。生死に理屈を求めぬ凡愚の身には、ちょっと分かりかねます」


 永寿族の死体は肉塊として残らない。ゲルとなり、やがて蒸発する。

 全ての過程を見届けたコウの傍に、キキョウが寄り添った。


「ただ、このように信じたいとは思います。

 自我を剥奪された状態で、永劫を生きるためではなかった――と」


 益体のない感傷を懐くコウを見上げて、キキョウが優しく微笑んだ。どんなときも彼女はコウの心を尊重し、控え目に歩みを支えてくれる。

 誰より自分を愛する少女の前で、これ以上の無様はさらせない。

 コウは気合を入れ直して胸を張り、おもてを上げた。


 そのおかげで誰より早く窮地を悟った。


「ッ!? ……そ、総員集合! 永寿族は魔法障壁を全面に展開しろ!!」


 無意識に後退するコウの視界に、非現実的な光景が映り込んでいた。

 草木や岩石、土に砂。斜面の全てが、ゆっくりと〝ズレ〟ていく。


「土砂崩れだ!!」


 コウが叫んだ瞬間、斜面は完全に決壊した。


 重低音を伴い押し寄せる大自然の奔流。

 圧倒的な質量が周辺の全てを飲み込んでいく。

 人間が抗える脅威の域を大きく逸脱していた。真っ当な感性の持ち主なら、まず思考が凍って立ち竦む。そうでなくても逃げるだけで精一杯。

 立ち向うなど正気の沙汰ではない。

 もしくは、人間じゃない。


「WAREHA TENNSINI ARAZAREBA AWARENA MOUJYADE ARUNARABA」「SEMETE SEKAIWO KURUWASEMASYOU」「INNYOUGOGYOU SOUKOKUJYU」


 キキョウを筆頭に、土砂の前へと立ち塞がった三者。

 見た目こそコウたち人間族と変わらない。しかしその実態は、人間族とは別の生物――永寿族。


「KITARE BANNBUTUWOHABAMU SYUGONOKABE」


 雪崩を打つ多量の土砂の到着よりも、呪文完成の方が早い。魔法で生じた力場が半円状の結界となって、土砂の流入を防いだ。

 頑強な障壁の内側で、コウは安堵の息を吐いた。


「永寿族様々だな。人間族だけじゃ間違いなく全滅してた」


 こんな時は、コウでさえ種族の落差を痛感してしまう。

 永寿族は目前の脅威に堂々と抗ってみせた。対して、怯え縮こまる他なかった自分たち人間族のなんと脆弱なことか。


「安心するのは早いんじゃない?」


「っ」


 聞き馴染みの薄い声が届いて、コウは我をとり戻した。

 慌てて振り返る。子供がフードの奥で双眸を細め、周囲を見渡していた。


「まだ終わってない。どこかに亡者の生き残りがいるはず」


 標的の子供自身が他人事のように警戒を促す。

 直後、パリンッと硝子の砕けるような快音が響いた。


「上だ、避けろ!!」


 予兆の察知と同時にコウが吼える。

 一同が一斉に飛び退いた直後、大量の土砂が降ってきた。

 間一髪、全員が土砂による圧死を免れた。すぐに永寿族が魔法の綻びを修復していく。迅速な手際は流石の一言。

 だからこそコウには解せなかった。


「どうして結界に穴が……?」


 答えは結界中央にたい積した土砂の中に。

 砂利や枝葉の隙間で紫色の光が瞬いた。黒砂晶と同じ魔石の一種。魔法を打ち消す破魔の力を宿した、〝紫雲石〟の輝きだ。


 ――魔石の発見場所は二つ。大陸中央を占拠する巨大建造物の内部か、魔物と呼ばれる怪物の死体。獲得は常に命懸けで困難を極める。


 そんな貴重で高価な魔石が、土砂に偶然紛れ込んだとは考え難い。


 胸騒ぎを覚えてコウは目を凝らした。

 よく見ると、土砂の一部が歪に盛り上がっているような気が……。


(……いや、気のせいじゃない。何か――いる!!)


 直後、土砂の中から亡者が現れた。紫雲石で結界を砕き、土砂と一緒に侵入したのだ。

 昆虫の羽化めいた登場に、子供が「きゃっ」と短い悲鳴をあげる。それが合図となった。亡者の無機質な瞳が〝敵〟を見定める。


「ヤベ……」


 標的の子供を守るように立つ邪魔者――即ち、コウ。

 状況は最悪の一言だ。

 土砂の流入で陣形に乱れが生じていた。コウと子供が孤立している。しかも二人の背後には強固な結界が。逃亡すら許されない。


 邪魔な土砂を魔法で蹴散らした亡者が、剣を片手に跳び出した。コウの部下が咄嗟に投射武器を放つも、その足は止まらない。


「コウさま!!」


 キキョウにしては珍しい大声が響く。魔法の合間を縫って出た呼び声に、大した意味などない。ただひたすらコウの身を案じてのことだ。

 しかしキキョウが持ち場を離れたら、結界が崩れて一同は壊滅する。

 その結果を、一同の長であるコウは絶対に許さない。


「っ」


 コウが厳しい目を向けると、キキョウは泣きそうな顔で踏み止まった。

 次はコウが覚悟を示す番だ。大地を力強く踏み締めて、一歩前へ!

 ――本当は他の行動も選択肢にはあった。

 標的である子供を生贄として差し出すのだ。応用の利かない亡者のこと、それでコウの安全は保証されるはず。


(クソ喰らえの選択肢だ)


 子供の単独逃走劇は、ケイコ・トノエの死を暗示していた。

 魔王を討ち世界を救った英雄が、百年以上に渡って傭兵団《オウマ》を支えた盟友が、今代の《オウマ》に未来を託して死んだのだ!


(彼女の二度目の人生がなんのためにあったのか、俺は知らない。

 でも……彼女の二度目の死が、無駄じゃなかったことなら証明できる!!)


 敵は一般的に人間族三人分と目される亡者。対するコウは隻眼隻腕で、人間族一人相手にも苦戦する身。圧倒的な不利は否めない。

 それでもコウは決然とナイフを構えた。

 盟友の忘れ形見を護るために――。






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