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序章――最初で最後の鬱展開





 素人が書いた小説が好きだ。


 正確に言うと、素人が書いた出来損ないの小説が好きだ。


 より正確に言うと、素人が書いた出来損ないの小説を酷評するのが大好きだ。


 何百番煎じの無駄な設定を。王道の皮を被る陳腐な展開を。人形のような登場人物を。見ず知らずの書き手を――。

 あらゆる要素を上から目線でこき下ろすのが、最高に楽しい。

 そんな悪趣味なボクにとって、電子の海は絶好の遊び場だった。

 匿名性を良いことに悪びれず、やりたい放題。無論、罵詈雑言のような興を削ぐ書き込みはしない。切れ味鋭い酷評は、あくまで感想の域に留めてある。

 それでも、ボクは大量のネット小説を更新や公開の停止に追い込んできた。


 ちなみに、ボクが最も好んで読んだのは〝テンプレもの〟だ。






        ≠        ≠        ≠






 虫の鳴き声一つ響かない静謐な森の奥深く。

 交錯する二つの三日月と、千の星々が放つ頼りない煌きの下。

 外套のフードを目深に被った子供が、筋骨隆々の覆面男性に刺された。


 だが、子供は気にする素振りも見せずに笑った。


「貴方ならボクの〝初めて〟に相応しい」


 緩やかな弧を描いた唇が、毒々しい呪詛を紡ぐ。男が黙らせようにも、頼みの剣は子供の腹を貫いたまま、いくら力を込めても微動だにしない。

 焦燥感を募らせていく男を、子供は無機質な瞳で見上げた。


「よくもボクの恩人を――継古さんを傷つけたな」


「ぁ、ひぃ……っ!」


 子供と目が合った瞬間、男が理性と武器を置き去りに踵を返した。


 無駄だ。


 今さら逃走を許すほど子供は慈悲深くない。無造作に一歩踏み出して、男の足首をグチャリと潰した。


「いっ、……ギ、あぁあァァぁぁあァァアアアアアア――――ッ!!」


 耳を覆いたくなるような悲痛な絶叫が響く。

 下手人の子供は足裏を穢す血肉を地面で拭い、悠然と歩を進めた。転倒した怨敵の背中に足を乗せる。今度は優しく丁寧に踏み躙った。

 男の肋骨や内臓が徐々に軋み歪み砕け潰れていく。

 それでも子供は満足しない。感情を押し殺した声で囁いた。


「殺してやる」


 だらりと垂れ下がった右腕の先、小さな掌が虚空を蠢き〝柄〟を握る。


 ――荒ぶる子供の意に応え、真紅の刃が道理を斬り裂き顕れた。


 刀身はギロチンさながら幅広重圧で、どう見ても斬り合いには不向き。

 そんな超重量級の処刑刀を、子供は片手で軽々と振り回した。何の工夫もない強引な力技だ。それでも周囲の木々は軒並み斬り倒されていく。

 このまま男も両断――と思いきや、刃は男の首筋手前で止まった。

 断頭台に囚われた気分の男が、双眸に涙を滲ませる。


「う、ハッ。い、ぁ、ひ……っ、バ……バ、ケ」


 バケモノ。その単語を口にする前に、男は雷光を浴びて息絶えた。

 子供が慌てて雷の出所を探る。

 背後に、青褪めた顔の女性――ケイコ・トノエの姿が。彼女は紫電の名残が散る腕を下ろすと、荒い呼吸の合間に叱責を飛ばした。


「こら、沙耶! 当分の間、力は発揮したら駄目だって言ったでしょ。せっかく今まで我慢をしてたの、に……っ!」


 言葉の途中で咳き込む。すると口の端から真紅のゲルが零れた。

 斜めに裂けた衣服の隙間でも同じ物体が煙を上げていた。鮮血の代わりにとめどなく漏れるゲルは、人外の証明だ。


「あ、はは。参ったわね。仮にも魔王殺しの生き残りが、こんな……格好悪い」


「喋らないで! 今すぐ治療する!!」


 子供――サヤは処刑刀を投げ捨て、腹部を貫く邪魔な剣を引き抜いた。

 ケイコ同様、サヤの傷口からも大量のゲルがあふれ出す。ただし、ケイコと違って長くは続かない。

 肉体再生。腹腔の損傷が瞬く間に癒えていく。


「ボクの魔法なら即死でなきゃ癒やせるはず!」


「無理よ。この傷は心臓にまで届いていて、今も自壊が進んでる」


 駆け寄って屈み込むサヤの展望を、無情にもケイコ本人が否定した。


「教えたでしょ。心臓は、私たち日本の死者――〝永寿族〟の生命線だって。そして回復魔法を筆頭に、生物に直接作用する類の魔法は、他の魔法と比べて効果が鈍く遅効的よ。心臓部に傷を負った以上、いくら沙耶が凄くても間に合わない」


「そんな……。それじゃ、継古さんは!」


「うん。もうすぐ肉体維持機能が停止して、死ぬ」


 ケイコは普段と変わらず、穏やかな微笑みを浮かべている。だが、その膝から下は、すでに足としての体裁を保っていない。真紅のゲルが地面に広がっていた。


「……覚えてる? 沙耶が召喚されたときのことを。突然の事態に沙耶は終始冷静で、私の方が混乱気味なの。異様に物分かりがいい上に、予想もバンバン的中させるんだもん。いろいろ教える気の私は、空回りしてばかりだったね」


「っ、あ……」


 そんなことない、とサヤは声高に否定したかった。

 ――しょせん知ったかぶりの強がりだ。自分は陰気な天邪鬼で、たくさん迷惑をかけた。あらゆる場面で支えてもらった。

 ずっと素直になれなかったけど、本当はとても感謝している。

 まだ何一つ恩を返していないのに……ッ!


「あれから半年……望外の幸福な時間。薬屋の依頼で薬草を採取したり盗賊を退治したり、いろんなことがあった。もっとずっと一緒にいたかったけど……ごめん」


「……そっ、う……やぁ……あ、ぁあ――ッ!!」


 サヤの口から無意味な嗚咽ばかりが漏れ続ける。

 今すぐ何かを伝えなきゃ、自分は一生後悔すると理解していた。しかし、感情が暴走して言葉にならない。


「沙耶……よく聞いて。いずれ必ず、傭兵団《オウマ》が貴女を探しにくる。団長は飄々とした感じの、中々イイ男よ。……アイツもいるしね。《オウマ》と合流するまでは南に逃げ続けなさい」


 泣きじゃくるサヤとは逆に、ケイコの心境は穏やかだった。

 死の間際ならば懐いて当然の恐怖や後悔が、欠片も存在しない。余計な感情は全て、初めて見たサヤの涙で洗い流された。

 二度と還らない思い出を糧に、ケイコは死力を振り絞る。

 泣き叫び悔いる暇などあるものか。残された時間は極わずか。だからこそ、その全てを娘同然の少女――サヤ・シドウのために使いたい。


「あと……これは少し酷な話かな。でも、お願い。物語が集まる場所……いんたーねっと? そこでサヤが得た知識は、きっと今後の武器になる。私が教えた《蒼月夜の英雄譚》や《魔王と勇者》同様に、ちゃんと覚えておいて。他に、は……」


 ケイコがサヤの頭部を隠していたフードを剥ぐ。

 左右二つのお団子頭が露になった。


「その髪型、よく似合っているわ」


 この半年、ケイコがサヤの髪を結んできた。

 これからは違う。


「どう結ぶのか教えてあげる。……自分の手でできるようになりなさい」


 ケイコは震える腕で手鏡をとり出すと、御団子を二つとも解いた。

 手順を鏡で確認しながら、丁寧に髪を結び直していく。


「あの、ね……沙耶にとって、この世界の全ては夢や幻……御伽噺なの、かも。無意味で無価値と諦めるのは、簡単なこと――っ、ゴホッ。ハ、ァ……っ! ……でも、さ。今では、沙耶だって……この世界の一部なのよ?」


 お団子が一つ完成した。

 二つ目が完成する前に、ケイコの両腕がゲルに転じて崩れ落ちた。


「沙耶がよく言う、お約束云々の是非……それを問うのは、私の役目じゃない。ただ……お願い。自分のことを、無意味で無価値だと笑わないで……。

 沙耶は、私の誇りなんだから」


「――……っ、……はい」


 サヤはケイコの言葉を心の奥底に刻み込んで、誓った。


 先代勇者一行の悲願を受け継ぐことを。そして、この面白味に乏しい異世界で生きていくことを。――ケイコが誇るに相応しい、立派な〝主人公〟のように。


 手始めに涙を拭った。


 続いて、砕けるくらい強く歯を噛み合わせた。


 それから全身全霊で微笑んだ。


「継古さん。半年もの間、ありがとう……ござい、ましたッ!!」


「ん……こちら、こ……そ……――」


 ケイコがサヤに笑顔を返す。直後、グチャリと生々しい音が響いた。ケイコの笑顔までもが、真紅のゲルに転じた音だ。




 こうして、ケイコ・トノエは数百年に及ぶ第二の人生に幕を下ろした。




 残されたサヤは深々と項垂れて、しばらく無言で恩人の死を悼んだ。

 やがて緩慢な挙動で髪に手を伸ばす。目的はお団子頭の完成。結び方なら教わった。きっと永遠に忘れない。

 それなのに上手くできなかった。


「……鏡」


 不慣れの今、何も見ずに結ぶのは難しい。

 ゲル塗れの手鏡を倒木の上に立てかけて、再び試してみる。


「……、……あ」


 上手にできた。

 できてしまった。


「……ぅ、ぐ」


 自分一人で。

 ケイコがいなくても。


「――――っ!」


 誇るべき事柄なのに、また涙が零れた。






        ≠        ≠        ≠






 テンプレートなネット小説とは?


 想像できない人は最大手の小説投稿サイトを閲覧してみよう。

 古典ファンタジーな異世界や、SFちっくな近未来でVRゲームの中かその類似異世界を舞台に、転生召喚迫害虐待の憂き目にあった主人公が、スキルや過去の記憶などのチートに覚醒。ギルドの依頼や魔物退治や世直しや内政や迷宮攻略や経営の片手間に、種族や職種を問わず多彩な異性に関与してハーレムを築く。他、三流悪役に復讐し、偉業達成や偉人とのコネで成り上がり、のんべんだらりと平穏を望み、美味い飯に舌鼓を打ち――そんな調子の作品が多数派のはず。


 素人が書くネット小説は、大半がテンプレ頼み。

 しかも九割以上が駄作だ。


 それもそのはず。手垢で汚れた〝お約束〟を面白く仕立てるのは難しい。

 テンプレの扱いは自然と雑になる一方。

 独自性を重視しすぎて破綻した物語は問題外だ。しかし、テンプレを手抜きの言い訳に利用する三文小説も、ボクは認めない。

 あんなの自己満足の公開自慰と同じじゃないか。


 公開自慰は叱責を受けて然るべき。


 そんな言い訳を心中で重ねながら、ボクは主に後者の作品を苛烈に非難した。


 ……思うに、当時のボクは俗に言う〝高二病〟を患っていたのだ。その上、実年齢相応に〝厨二病〟真っ盛りでもあったから性質が悪い。


 だが、どちらも恋愛と同じ麻疹に例えられるようなもの。日々の充実に反比例して、ネット小説の添削時間は自然と減っていく。

 素人が垂れ流す小説紛いの散文など、やがて見向きもしなくなる。

 その後、十四歳の自分が『テンプレ未満』と評す平凡な人生を送り、死ぬ――――頭の片隅で、そんな未来予想図を思い描いていたのに。

 

 なんの因果か、ボクは『テンプレの具現』と相成った。







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