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第2話 招かれなければ入れないなんて、猫以下か?

『俺はお前を立派な餌に育てることに決めた』



数時間前。

私は一人公園で出会った吸血鬼の男の子・ヒューバートにそう言われた。

人様の血を散々「薄い」だの「不味い」だのと言い張ってたくせに、結局は餌にするという決意をさせてしまったらしい。

私はため息を零しながら公園から家に帰る夜道を歩いていた。そして付いて来る足音。


「何で付いてくんの?」


振り返ると彼、ヒューが私の後ろを歩いていた。


「何でって、餌を育てるからにはお前の家に行かなきゃいけないだろ。それにこれ以上手首切られちゃ血が勿体ねぇよ」

「アンタは私のリストカットを食い止めたいの?それとも血を飲みたいの?」

「血は飲みたいけど手首切られちゃ困るから止めるだけ。あと、その薄くてクソ不味い血をちゃんと飲めるようにする。ほら!俺って優しい事してるくね?」

「どっちにしろ私にはいい迷惑よ」


血を飲むためならリストカットは阻止され、そして私の薄くて不味いという血をちゃんと飲めるようにする。

どちらにしても私に利益が来るような話ではないし、正直損ばっかりだ。唯一の楽しみも無くなってしまうのだからしばらくは大人しくするべきなんだろうな、と諦めの道しか私には残っていなかった。


本当に今日ほどツイてない日はない。

何でよりによって、こんな得体も知れない「吸血鬼」とかいう架空の種族に私の生存確認を奪われなければならないのか。

出来る事なら早く夜が明けて朝になってくれないだろうか、と願うばかり。

何故かと言うと、こういう種族は朝日を浴びたら死ぬという・・・映画で度々そういうシーンを目にしている。だから夜にしか行動をしない。日の出ている時間帯は棺桶の中で寝ている。つまり、私の背後に居るヤツも日の出ている時間は行動はしないはず。


「はぁ・・・・早く朝になればいいのに」

「あ?何か言ったか?」

「何でもない。あー・・・着いちゃった」


グダグダと考えている間に気づけば家の前。玄関の灯りは点いてる。

此処で私はまたもやため息。

家を出る時はそれを点けるどころか、私は灯りを点けて出た覚えはない。確実に家の中に居る「人物」が私の帰りを待ちかねていたと言わんばかりに玄関先を照らしていた。

今度はもう少し用意周到に家から抜け出さなければ、と考えながら門前の扉を開ける。


「・・・何してんの?」


ふと、後ろを振り返る。

今まで私の後ろを付いて歩いていたヒューが立ち止まっていた。さっきの調子なら後ろにピッタリとふっ付いて私と一緒に中に入るところだけれど付いて来るどころか、石のように固まって動こうとしない。


「お前、この家の主じゃねぇな」

「へ?・・・ああ。そうよ。両親は私の小さい頃に事故で亡くなってるから母親の知り合いの家に住まわせてもらってるの」


幼少期の頃、両親は事故で他界した。

駆け落ちで結ばれたからもちろん両家の親は勘当も同然。私の面倒を見るつもりもないと言わんばかりに、両親が居なくなった私は施設に放り込まれるところだった。そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、母親の大学時代の友人。

つまり、今帰ってきている家は「本当の私の家」ではない。彼がいう「家の主」という部分は間違いではない。私は家の主ではなく、居候という言い方のほうが正しいからだ。


「何?入らないの?」

「その逆だ。入れねぇの」

「は?」


入らない、ではなく、入れないとヒューは言う。

あまりにも不可思議な言葉に私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「意味分かんないんだけど」

「お前がこの家の家主だったら容易に入れたんだが、どうやら違ったみたいだな。だったら俺は入れねぇ」

「人の話を聞け。どうして入れないのかって私聞いてるんだけど、その耳は飾りか?ちゃんと聞こえてる私の話?」

「聞こえてるよ。つか、お前何?知らねぇの?」

「何が?」


当たり前のような表情で知らねぇの?と聞かれて、思いっきり大声で知るか!と答えたかったが生憎とそんな事をしてしまえば近所迷惑に成りかねないし、家の中に居るヒューのいう「家の主」に私が外に居たことがバレてしまう(既に玄関先の灯りが点いている段階で、私が家に居ないことは明白なのだが)。


「俺達は家の主に招き入れてもらわなきゃ、入れねぇの。だからテメェだけじゃ無理だ。つまり此処からの段階で俺は門前払い食らってるってワケ」

「招き入れなきゃいけないとか猫以下じゃない。野良猫でも勝手に入れるのに、入れないとかホント猫以下ねそう考えたら」

「お前、ゼッテェ根こそぎ血絞りとってやる」

「薄いだの、不味いだの言って私を立派な餌にするとか言いながら招き入れて貰わなきゃ意味ないじゃない。アンタはそうでもしない限り私に触れるどころか、この家に入ることすら出来ないんだから・・・ああ、いい気味」

「てっ、テメェ・・・ッ」


唯一の楽しみを奪った罰だ!と言わんばかりに私は彼をバカにした。

門前と道の間に出来た見えない境界線。彼はその境界線すら、家の主の招待が無い限り踏み越えられないのだ。そう思うと本当にいい気味だ。


「カナコ君」


途端、後ろから名前を呼ばれ肩が思いっきり動いた。

私はリストカットをした手首を隠しながらゆっくりと振り返る。すると其処に立っていたのは・・・この家の主。


「ば、伴教授・・・っ」


初老を迎えた、黒縁フレームの眼鏡を掛けた男の人。

白髪の一本すら見えない黒髪に、四十とは思えない風貌。

この人が亡くなった母親の友人であり、私をこの家に住まわせている「本当の主」。

伴陛士郎(ばん へいしろう)

大学で精神医学の教鞭をとっており、教授としてもその実績は類稀なるもの。

最初の頃は彼を「先生」と呼んでいたけれど、自分が成長して行くに連れて呼び方を「先生」から「教授」へと改めた。

父と呼ぶには若すぎる故のもの。それにこの呼び方は教授本人から言い出したことだった。

「私は君のお父さんではない。父と呼ばれるには私には重すぎる。だから先生と呼んで欲しい」というたっての願いを受け入れて今に至る。


「カナコ君・・・何処に行ってたんですか?」

「お、おお・・・お買い物に」

「こんな夜遅くにですか?」

「あ、明日の夕飯の材料が・・・た、足りなくて」

「言ってくれたら私が帰りに買いに行きましたし、そもそもこの時間近隣のスーパーは閉店してます。それよりも、手を見せなさい」


手を見せなさい、と言われてそう簡単に見せる私ではない。

見せたところでお説教は必須。

何度もやめろと伴教授に止められている。でも止められない。自分が生きている、という証明には欠かせないのだから。


「カナコ君」

「む、無理です」

「はぁ・・・言っても聞かないところは君のお母さんとそっくりですね。おや?そちらの彼は?」


ふと、教授が道に居るヒューの存在に気付く。


「あ、か・・・彼は」

「カナコの学校の留学生でヒューバート・アルカード・ミッテンベルグと言います。実は親とケンカして、家を飛び出してきてしまったんです」

「ほぉ・・・・・・それは大変ですね」


私がカバーに走ろうとした途端、ヒューは人の良さそうな表情を浮かべ伴教授と会話を始める。

先ほどまでの傍若無人極まりない態度とは打って変わっての、相手に好印象を与える・・・人当たりの良いヤツに見える。

コレが数分前まで私に「お前の血は薄くて不味い」と言っていたヤツの態度には見えない。


「それで、カナコと公園でばったり会って此処まで来たんですが・・・僕の家の仕来(しきた)りで、家主さんに招いて頂かないと入れない決まりになっているんです」


ヒューの言葉で私はハッとする。

「家主に招かれないと家に入るどころか敷居を跨ぐことすら出来ない」という吸血鬼の習性。

この吸血鬼は何処までも私の血を欲している証拠だ。嘘も厭わないとはまさにこの事。

何が何でも、この家に入って私の生活をメチャクチャにする気満々の言葉の並び。

私は自分の生活を守りたいがため、教授にはヒューの侵入を断ってもらわないと困る。彼の人を見て、返答を待っていると―――。


「おやおや、現代にもそんな古びた仕来りをお持ちのお宅があったとは珍しいですね。事情が事情です。夜も遅いですから、中にお入りなさい」


私の生活崩壊確定。

かの有名なムンクの描いた叫びの絵のように、私の顔は歪みに歪んだ。


「すいません、助かりました」


そう言って、ヒューはズカズカと上がり込んできた。さっきまで道端で電信柱のように突っ立ってた奴が満面の笑みを浮かべながら私の横にとやって来た。


「フッ・・・ちょろいな。人間は騙しやすくて面白い」


私の横に来た途端、先程までの人の良さそうな表情は何処へやら。

すっかり悪人面のような最初の表情に戻っている。


「ニンニク食って死ね」

「生憎と俺はニンニク効かない方なんでね。十字架とかも効かねぇからやめとけよ」


手をヒラヒラさせながら、嬉しそうに中へと入るも、何故か立ち止まった。雰囲気も先ほどまで楽しそうにしていたのに、一瞬にして警戒心を帯びたような空気に包まれる。


「ヒュー?」

「さっきは大分距離があって気付かなかったけど、あのジジィ」

「伴教授がどうしたの?」

「・・・嫌な匂いがする」

「え?」

「随分と前に嗅いだことのある匂いだけど、何だったか忘れた。でも、俺の嫌いな匂いだ。あの後ろ姿も気に食わねぇ。何か俺、迂闊な事したような気がするわ」


前を歩く教授に私は何も感じない。むしろ、あれこそ人当たりのいい人そのものだ。

近所の人の話を聞く限り、教授は決して悪い人ではないし、大学構内でも真面目で優しい人だと言う。


「アンタからすれば有害なんでしょうね、教授みたいな聖人な人は」

「聖人、か。ならアレが聖人の皮被った”何か“なら、それはそれで恐ろしいし、俺にとっちゃ有害かもな」

「は?」



聖人の皮を被った”何か“。

ヒューのその一言で、今まで育ててもらった人の背に微かな不信感を抱き始めたのは言うまでもないく、夜は更けた。



そして――――次の日の朝。



「おい、起きろ朝だぞ。日本の日光って気持ちがいいな!これなら毎日浴びてもいいくらいだぜ」

「ちょっと・・・吸血鬼って朝日弱いんじゃ」

「あ、俺そういうのも効かねぇから」

「もっ・・・最悪ッ!」


低血圧の私に、本当に厄介なモノが取り憑き始めた。

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