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第1話 私の血が薄く、不味いとはどういう事だ?

人間の血液なんて皆同じだと思っていた。

もちろん赤くてそれは生きている人間としては当然なのだろうし、味だってよく漫画や小説の表現にあるように「鉄の味がする」。

元々鉄分という成分で出来ているからそうだとも言い切れる。実際誰でも小さい頃はよく唾を付けて消毒したものだ。

だがしかし、それに「美味い」「不味い」「薄い」「濃い」という味覚的表現があるのだろうかと思うが、今現在私は言われた。

目の前に居る、同い年くらいの男の子に。


「何でそんな事言われなきゃいけないのよ。しかも、赤の他人に」

「俺はそういうのが分かる人種なんだよ。人種?ん?人種なのか?」


夜の公園。

私、碓井カナコはブランコに乗り一人体を揺らしていた。其処へやって来たのが目の前の彼である。

髪は黒いが、目は淡褐色。公園の外灯の助けもあって彼の姿が分かった事だが顔のパーツの作りからして明らかに日本人ではないことは確かだと伺えた。でも、何故か言語が通じるのかと疑問に思うももしかするとハーフかクォーターだろうという自分の結論に至っている。


「とにかく・・・ちゃんとしたの食べないと、本気で死ぬわよ」

「ちゃんとしたの?肉とか野菜とかか?」

「そうよ」

「そんな、不味いの食えるかよ。あのな、俺はドラキュラなの。分かる?吸・血・鬼!」

「は?」


彼の言葉で私は夜の公園で素っ頓狂な声を上げてしまった。ご近所に聞かれたかもしれないが、今はそんな事気にしている場合じゃない。目の前の男の子は一体何を言っているのだろうか?と自分の思考回路が一瞬停止して――――。


「あの、君さ頭大丈夫?」


出てきた言葉がコレだった。

この世のご時世。そんな夢物語に出てくるような人種が居るわけがない。ましてや、存在するはずもない。

確実に頭がイカれてる、としか思えない感じの言葉だ。


「んだと!?」

「だって、そういうのって大体中二病患者の言うことだし」

「チュウニビョウ?何だそれ?ペストか何かの感染病か?」

「え?」


彼の口から出てきた言葉に驚いた。

ペストは14世紀から19世紀にかけて猛威をふるっていた感染病の一種だ。授業で聞き覚えのあった言葉だから覚えている。現代の空想病とも言える「中二病」とは全く異なり、むしろそれの存在すら知らない時点で今時の人でなければ、自分で肯定付けていたハーフやクォーターという類の人ではない。


「ワケ分かんねぇ事言ってねぇで血ぃ寄越せ、ってお前の血は薄くて不味かったな」

「ワケ分かんないこと言ってんのはアンタの方よ。ていうか、何よ薄くて不味いって」

「事実だろ。あんな薄味でクソ不味い血飲んだの初めてだよ。何食ったらあんな味になるんだよ!」

「普通の生活してるわよ!ちゃんとご飯は食べて」

「手首切って、血を流して眺めてるバカが『普通の生活してる』って言えた口か」

「・・・・・・っ」


図星を突かれ、言葉を失った。


「女が一人。公園で何してるのかと思えば手首切って自殺か?世も末だな」

「自殺じゃないわよ。こうやって自分が生きてるって確かめてるだけ」


こんな時間に私が何故公園にいるのか。

彼が言った通り、私は手首を切っていた。でも、自殺をしようとしていたわけではない。

自傷行為、つまりリストカットだ。何度も繰り返したお陰で手首には幾つものカッターの刃が「常習犯」と言わんばかりの刃の痕が刻み込まれていた。死のうというつもりは毛頭ない。だけど、時々こうやって確かめたくなるのだ。

『自分が生きている』というその意味を。


「生存確認か?面白い事するんだなお前。まぁそのお零れのお陰で俺は助かったも同然だがな」


彼はニヤリと笑いながらブランコに座る私を見下ろしていた。

「お零れ」というのは、地面に落ちた私の血のことだ。

久々に深く切ってしまい、血はいつも以上に溢れ出ており、地面にも少量落ちるほどまでになっていた。其処にフラフラとやってきた彼が恐ろしい勢いで地面に落ちた血を啜ったのだ。

最初は食に飢えた浮浪者が遂には他人の血液をも水の代わりとして飲むまでに乏しくなったのかと思い痛みを堪えながら見ていたら―――――。


『薄っ!何だよコレ!つか、マズッ!!』


衝撃の一言を言われ、深く切っていた痛みが何処かへと消え去っていった。

そして今現在、彼から「不味いが血をくれた礼だ」と言われ自分の着ていた服を破り包帯代わりとして私の手首にそれを巻いてくれてた。


「自殺とか大いに結構だがな」

「だから自殺じゃないって」

「そうじゃないにせよ。自分の体傷つけても痛いのしかねぇよ、やめとけ。その体つきからして、ろくに食い物も食わねぇ感じだろうし」


何故初対面の、しかも赤の他人に私の食事情が分かるのか疑問に感じたけれど反論したところで正論を返されてしまう恐れがあるから私はこれ以上彼に対しての物言いをやめた。


「ていうか、血が勿体ねぇからやめろが一番の本音だがな。俺達はそれが食料になってんだから。いくら薄くて不味くても人間の血は俺達には有り難い食料なんだよ」

「アンタやっぱり吸血鬼なの?でも見た目、普通の人間みたいだし、そうとは思えない」


彼は未だに自分を「吸血鬼」だと言い張る。

アレは架空のモノであり、実在するモノじゃない。

でも、私の流した血を飲む辺りそうなのかもしれないと思うも、やはり信じ難い。見た目、本当に私と歳が変わらない男の子にしか見えないからだ。


「お前、まだ信じてねぇの?俺が吸血鬼だって」

「あのね。『俺吸血鬼』って言われて『ええ?!そうなの!?凄い!!』って信じる人間は少ないわよ」

「ふーん。じゃあ見せてやろうか?俺が本物の吸血鬼って証拠」

「え?」



途端、彼は私が座っているブランコのチェーンを握り笑みを浮かべながらこちらを見下ろす。ふと、見間違えているのではないだろかと思うが先ほどまで淡褐色だった目が血のように赤く染まっていた。

そして、気付く。

頭の天辺から足の爪先まで体が金縛りにあったかのように体中が動かなくなっていた。声を出したいのに、喉の奥で何かが詰まったような感じがして声が出ない。


「人間ってのは本当に面倒くせぇ生き物だよな。こうやってあーだこーだ、証拠を見せろっていうからさぁ。だから俺達一族が引き篭もった生活を強いられなきゃいけねぇんだよ。面倒事は嫌いだし。俺は別にこのまま500年以上寝てても良かったんだけど親父が煩くてさぁ、渋々起きてこんな所フラついてたってワケ」


言っていることに反論の言葉を投げたいのに、声が塞き止められて何も言えない。

首筋に触れてくる彼の手。体温が冷たく感じる。横目で見たら、爪が長い。人工のものじゃない・・・明らかに自然のモノ。普通の人間ではつけ爪やらしない限りならないその爪と長さ、そして首の皮膚を破ってしまいそうな先の鋭さ。

短時間で準備して出来るシロモノじゃない。


「お前・・・肌綺麗だな」


耳元で吐息混じりの囁く声。意識が何処かに飛んで行きそうなほど甘い声だ。

こんな声を今まで私は聞いたことがない。初めて自分の心臓の音が聞こえる。早鐘を打つ程、痛く、そして熱い。

おかしくなっていると分かっている、だから抵抗したいのに体は動かず声は出ず。ただ、ただ身を委ねるだけのまるで娼婦のようだ。

首に彼の顔が埋まる。


「痛いのは最初だけだ。後は全部俺に身を委ねろ。痛くねぇように優しくしてやっから」


首元で言われた言葉に背筋に電撃のようなモノが走る。

優しく首を這う舌の動きにまで体が痺れて動かない。初めて感じるその感覚に体が震える。

恐怖か、それとも初めて感じる「何か」か分からない震えだ。

だから声を出して助けを呼びたいのに、声が出ないし体だって動こうとしない。

本当に彼は本物の吸血鬼なのだろうか?もし、そうだとしたら私は根こそぎ自分の血を吸い取られてしまう。

ましてや、アレだけの暴言を彼に向けて吐いたのだ。体中に流れる血を一滴残らず吸われるに違いない。


「じゃあ、500年ぶりの食事と行きますか」


そんな声が聞こえ、かろうじて動いていた目を私は閉じた。



「って。お前みたいなクソ不味い血なんて誰が飲むか」

「へ?・・・あ、体動く」


真剣な空気を切り裂くかのように、彼が私から離れた。途端、金縛りも解けて自由の身。


「お前のような味も薄くて不味い血なんて最初から飲むつもりもねぇよ」

「じゃ、じゃあ何であんなことしたのよ!」

「はぁあ?ちょっとビビらせただけに決まってんだろ?マジでお前の血吸うと思った?バッカじゃねぇの?吸うわけねぇじゃん、んな不味い・・・って、イッテェエエ!!」

「いい加減それ言うのやめろ」


不味いだの薄いだのと言われ続けた挙句、変な金縛りにもされ体の自由を奪われた私は一発彼の頬をグーで思いっきり殴ってやった。


「おい!歯が抜けたらどうしてくれんだよ!!」

「いいじゃない1本や2本抜けたくらいで、グズグズ言うんじゃないわよ。新しい歯に生え変わると思えば1本抜けようが2本抜けようが安いもんでしょ」

「自殺未遂の常習犯が何言ってんだ」

「自殺未遂の常習犯じゃないわよ!手首切ってるだけ!本気で死のうなんてこれっぽっちも思ってないんだから!!」


夜の公園に近所迷惑と思えるほどの声が響き渡る。

しかし、私も此処は訂正させて欲しい。

別に自殺を図ろうとしてるつもりはない。あくまでリストカットは「私が生きている」という生存確認のようなものだ。だから別に死のうなんて思いもしないし、ましてや―――――。


「アンタに飲まれる血なんてこれっぽっちもないわ!」

「俺だってお前なんかの血、飲むつもりもねぇよ。不味すぎだっつーの!」


こんな得体の知れない奴に、自分の血液を安々と明け渡すつもりはない。


「ん・・・あれ?アンタ、目」

「あ?ああ・・・もう戻ったか。やっぱあんだけしか飲まないと戻りも早ぇな」


ふと、気付いた。

先程は本当に血のように赤かった目が、今では出会ったとき同様の淡褐色に戻っていた。爪も、私と同じくらいの長さに戻っている。錯角か?と自分の目を疑うも、目の前の彼はため息を零す。



「大体赤い目が俺達の中じゃ当たり前だけど、餌を求める時は自分から近付かないとダメなんだよ。赤いままで近づいたらそれこそ吸血鬼だってバレちまうからな。だからコレは言わば仮の目の色。本当の目の色は赤なんだよ」

「じゃあさっき赤かったのは」

「お前の血飲んだから。目が赤くなるのはその時だけ。量が多かったらその分目の色は保てる。でも少ないと戻りが早いんだ。チカラだって、お前を金縛りにさせとくまでのチカラしかねぇのが分かった」


中二病患者でもこんなにスラスラと言えるだろうか?

いや、言える人も居るだろうけど爪を伸ばしたり、目にカラコン入れたりする時間は無い。

ましてや私一人を金縛りにさせとくチカラなんて空想病患者には出来得ない事だ。

だったら目の前の彼は本物の吸血鬼、という結論に遅いながら至る。


「で、人間。俺が本物だって理解できたか?」

「理解したくないけど、理解できるような材料が揃いすぎてるから、そうせざる得ないわね」

「人間にしては学習できてるな。やっぱ500年も経てば人間は学習するもんなんだな。そうと決まれば俺も学習しないとな」

「は?」


何やら目の前の彼は嬉しそうな表情を浮かべて私を見ていた。

いや、此処は「500年」という辺りに深くツッコミを入れるべきなんだろうけど、今現在私の目の前で不可解な笑みを浮かべている彼を見ていたらそれどころの問題じゃないような気がしてならない。



「おい、お前!」

「人に指をさすな」

「俺はお前を立派な餌に育てることに決めた」

「は?え、餌?」



予感は的中した。

明らかに500年という所に深くツッコミを入れなくて済むような発言をしてきた。いや、もう今の段階でもツッコミを即座に入れたくなるところだ。


「ちょ、ちょっと餌って何よ!?」

「お前は俺の餌だ。だが、今のお前では俺の餌になるどころかゴミ以下だな」

「歯が抜けるくらいぶん殴ってやるわよ」

「そこで俺は決めた。お前を立派な餌にする。そしてゆくゆくはその血を俺が全部飲む!一滴残らず」

「うわぁ~凄く嫌」

「稀少である吸血鬼に餌として育てて貰うんだぞ!有り難いことだと思えよ!!」

「有り難くもなんとも無いわよ!!結局は血を吸われるんじゃない!!私が死ぬわよ!!」

「死にたくなきゃ手首を切るんじゃねぇよ!!」

「だからアレは違うって言ってんでしょ!!何度言えば分かるのよこのバカ!!」



途轍もないモノに私の密かな行動を見られてしまった、というか・・・とにかく、面倒くさいヤツに見つかった。

学校の人でもなければ、近所の人でもない――――血を求める魔物-吸血鬼-に。


「もう私の細やかな楽しみ返して」

「手首切って生存確認とか言ってるお前の楽しみが理解できねぇよ」

「アンタに理解してもらおうだなんて思ってないから」

「理解したくもねぇし、ましてや血が勿体ねぇからやめろ」


唯一の楽しみ―生存確認―を止められてしまい、私はため息を零す。

こうなってしまった以上、仕方がない運命かと受け止めるべきなんだろうけどそう安々と受け止めれない。

何せ体に染み付いた、言わば習慣的なモノになってしまったのだから多分コイツの隙を見てやるしかないな、と私は心の中でそう決意した。


「そういえば、アンタ・・・名前は?」

「あ?」


今まで「彼」とか「アンタ」呼びをしていたからまだ彼の名前を聞いていなかった。


「ヒューバート=ドラキュリア=ミッテンベルグ三世」

「は?」

「だーかーら!!ヒューバート=ドラキュリア=ミッテンベルグ三世だ!!こう見えて俺は貴族生まれだからな。この名前は古より代々受け継がれてき」

「長いわよ。ヒューでいいわね」

「人の話は最後まで聞けよ、罰当たりな人間」

「碓井カナコよ。いい加減その『人間呼び』やめて。アンタが居る此処の世界は人間って呼ばれる人種が多いんだから、区切りぐらい付けなさい。バカでもできるでしょそんな事」

「血の味も薄けりゃ、名前までウスイのかよ」

「本気で歯、何本か抜くわよ」


彼、ヒューとの出会いから私の日常は段々と吸血鬼まみれの非日常へと変わっていく。

そう此処は出口の見えない道のほんの入口にしか過ぎない場所だった。

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