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南部拠点ディルカにて

作者: 彩里きら

勢いだけの話。誤字脱字はいずれ修正する予定。

 溜まりに溜まった有給消化の半年間、折角の機会だからと魔術大国ルーゼインで魔術を学びに行っている間に、いつの間にか南部拠点ディルカには新しい面子が来ていたらしい。

 婿になります、と晴れやかな笑顔で退職していった中尉の代わりに、司令部配属になったのは同じく中尉の青年だった。

 魔術の方面にも明るく、今後も何かと顔を合わす機会もあるだろうからと挨拶することになった彼に、ミリルはぽかんと口を開けた間抜けな顔を晒すことになった。

「……もしや、リオウ?」

 恐る恐る問えば、白髪混じりの初老に差し掛かっている上司は知っているのかと驚いてみせる。

「……ちっとも成長してないな、ミリル姉さん」

 五十センチは見下ろす彼――リオウに、ミリルはかっとなって足を繰り出した。


 リオウは、故郷に居た頃よく面倒を見ていたご近所さんだ。

 年は四つ異なり、彼の両親が非常に大雑把で子供に怪我は付き物だと余程のこと以外華麗にスルーするのを良い事に、面倒を見るという大義名分を振りかざし盛大に玩具にしていた、という注釈が付くが。

 ぴーぴー泣きながら学校以外の時間を付いて回る、小柄と馬鹿にされるミリルよりも随分と小さい彼に対し、領主家に飼われる番犬に突撃させたり、彼にはまだ無理な大木に登らせてみたり、罠を仕掛けてドブにはめたり。まあ、大概な事をしてきた。

 そんな生まれた時から知っている玩具(リオウ)と別れたのは、ミリルが十歳の頃、彼はまだ六つの頃である。

 ミリルは一地方の学校で学ぶような、魔力の有り無し問わない初歩魔術の授業ではコントロール不能と言われ、あれよあれよという間に国内最高峰の魔術学校に通う事になったのだ。

 親元を離れての寮生活、寂しくなかったといえば嘘になるが、周囲は同じ境遇の人間で溢れていた。次第に寂しさも忘れ、あっという間に魔術馬鹿になり、同期と一緒に無茶な研究をしては怒られるのが日常になり、ついつい故郷のことなど頭の隅に追いやられたのは致し方ないことだろう。

 はっきり言おう。

 リオウの事など、完全に忘れていた。

 正直、今、顔を合わせて咄嗟に名前が出てきただけかなりラッキーとしか言い様がない。

 背に嫌な汗が伝うのを感じながら、ミリルは反射的に蹴りつけた事など忘れたようにじりと後ろへと下がった。

 それなりに強い力を持ち合わせる魔術師は、何かしらの弊害を併せ持つ。

 切っても伸ばしても常に一定の長さになる髪を持つちょっとホラーな人物、華奢なのにとても怪力な人物、血液が魔力になっていると揶揄されるほど貧血が酷く常に青白い人物、どんな魔術や染め粉でも染められないレインボーカラーの髪を持つ人物、美術館に立ってたら普通に芸術品と勘違いされる人外の美貌を持つ人物などなど、まあ、一同に会すると傍目からは異常な集団になってしまうわけだが、そんな集団内においてご多分に漏れずミリルも弊害を持っていた。

 成長しなかったのである。

 代謝は普通に行われているが、縦にも横にも伸びなかったどころか、顔形が変わらない。

 身体内部は一応女性として成長したらしいが、どうも見た目が十歳の頃から何一つ変わっていないのだ。

 縦に成長し精悍な青年になったリオウに気付けたのはミラクルであるが、その彼がミリルに気づいたのは、まあ、当たり前のことだろう。

 魔術師としては優秀だが魔術を発動するまでには時間がかかる。貴族でも無い彼が中尉の位にあるということは、それなりに成果を上げてきたということに他ならず、ミリルには昔の報復をされれば逃げる間も無く捕まって死ぬ自信があった。

 じり、と後退する彼女にリオウは大変爽やかな微笑みを浮かべた。

「あはは、可愛らしい蹴りだね、ミリル姉さん」

 彼女自身の年から算出するに、今年で二十四歳であろう体格的に普通に大人な軍人の青年に対して、彼女は十歳にしても小柄な少女の姿のままである。そりゃあもう可愛らしい蹴りにもなるというものだ。

 これはもう逃げるに限る。

 上司の事なんて無視してさっさと逃げてしまおうと身を翻した途端、がっと肩を捕まれ、体勢を崩した隙に身が宙を浮く。

「師隊長、積もる話もあるのでちょっとミリル・ラクタス士官をお借りしますね。失礼します」

 突然の事に固まっている隙に、リオウは魔術師部隊の長である上司に挨拶をして歩き出した。その腕にミリルを乗せて。


「ちょ、リオウ! 下ろしてよ! 恥ずかしい、っていうか怖い!」

 歩幅が小さくちまちまとした歩けないミリルが驚く歩幅とスピードでもって廊下をどんどん歩くリオウに、彼女は叫ぶ。

 南部拠点ディルカにおいて、全体の数からいうと魔術師の人数は少なく、それぞれが割りと知られている。その中でもその見た目に魔術師としての弊害が現れたミリルは、大抵の人間が知っているのだ。誰かに担がれる姿なんて恥ずかしい事この上ない。

 更に言えば、左の腕に座らされ、揺れ無いようにと右手で足を支えられているとは言え、上半身は不安定だ。慌てて自身の両手をリオウの肩にやりバランスを取っているが、怖いものは怖い。幾ら体つきの良い青年とは言え、小柄の十歳程度の少女の移動に使うには不向きな体勢である。

「リオウ!」

 浮遊系の魔術が無いわけではないが、この状況ではそんなものを使用するのも難しい。

 ただただ抗議の声を上げるしかできない彼女のことを無視して彼は只管どこかへ向かって歩き続ける。

 普段立ち歩く区域を出て、いつの間にか兵舎と呼ばれる区域へと来ていた。

 どれも同じに見える扉が並ぶ一つの前で、リオウは漸く歩みを止めた。揺れが無くなりほっと一息吐く間にどこからか取り出した鍵を使って扉を開け、再び歩き出す。

「ちょ、ここどこよ、リオウ!」

「煩い黙って」

 その部屋は狭いながらも居間と寝室とが分かれているタイプらしく、どうにか二人が座って食事が出来る程度の机を椅子、それから本棚が置かれている。ミリル自身もこういったタイプの部屋を貰えるらしいのだが、学生時代の寮生活がワンルームタイプで、軍属になってからも数年毎に配属先が変わることから荷物を増やさないためにもずっと同じ形式の部屋を選び続けているため、つい物珍しく見入ってしまった。

 これくらいのサイズなら、別に荷物も増えないかも、と現状を忘れて考えていると、室内の扉が開かれる。寝室だ。

 げ、と思った時にはもう遅かった。

 最大限優しく、けれどもぽいっとベッドの足元から放り投げられてミリルは衝撃に息を詰める。

「っっ! 何すんのよ!」

 はっきり言って、意味がわからなかった。

 幼い頃の報復をするにしても、謝る機会さえ与える事無くこの仕打ちは流石に酷いというものだろう。

 抗議を唱えて見上げた先には、怖い笑みを張り付かせたリオウの姿。それなりの魔力を持ち、魔術の発動さえ出来れば一人で一般兵百人分の働きを見せる彼女は、その姿に思わず硬直した。

「十八年ぶりに再開したっていうのに、逃げるから」

 極稀に帰省していたとは言え、ご近所の彼に会うのはそんなに久しぶりになるのか、とミリルは眉根を寄せた。ご近所の幼児遊び倒したのは六年程度である。その三倍もの時間を会っていなかったというのに、きちんと思い出せた自分は、思っていたよりも記憶力が良かったのかもしれない。

「……私だってあんたにしたこと流石にまずいと思ってんのよ。蹴っちゃったし」

 魔術師としてそこそこ力が付いたのは良かったが、それでもその弊害で体が成長しなかったのは正直腹立たしい。そこへ昔を知る人間がちっとも変わってないなんて言ってくるのは、嫌味にしか聞こえなかった。

 勿論そんな事情を彼が知るはずもないので、完全なる八つ当たりなのは重々承知だ。

 悪かったとは思うし、過去のことを考えればそれはもう逃げてもしまうものだろう。

「六つの時にミリル姉さんが居なくなって、魔術学校に居るとは言われても意味分かんなくてさ、ちっとも帰ってこないから自分も魔術師になってやろうと思ったら普通学校で十分な範囲の適正しかなくて、ミリル姉さんが学校卒業するって待ち望んでたらさっさと中央で就職して、しかも軍属になったなんて聞いて、ほんっと意味分かんねえよ」

「はあ?」

 こっちが意味分かんねえよ。

 ちらりと漏れたものの悪態を付き切ることはどうにか留めたミリルの事など素知らぬ顔でリオウは続ける。

「でもまあ中央で研究するタイプの軍属魔術師だろうって思ったらあっちこっちふらふらするタイプの軍属だとかさ、イライラして仕方なかったけど、まあ覚悟決めて軍人なって、ある程度人事にも顔が利くようになった漸くミリル姉さんとおんなじトコ配属まで行ったのに、有給でルーゼイン行ってるとか、ほんっとがっくり来た。で、やっとのことで対面かと思ってどんな大人になってんのかな、師隊長の元に下ってるとは言え実力十分って聞いてたからさぞかしって思ってたら、ちっとも変わってない」

 ますます意味が分からない。

 全く分からないというわけではないが、意味を理解すると何となく駄目な気がするから意味が分からない。

 え、あれ、なんかおかしい。

 そんな感想を抱いている隙に、リオウはベッドに乗り上げた。

「しかも可愛らしい蹴り付き」

 横たわるミリルを覆うリオウに、彼女は気付きたくなかった一つの結論に達した。

 本筋に関わるだろうことは脇においておいて、彼は大人の女性として成長した姿を楽しみにしていたにも関わらず、居なくなった頃と変わらぬ姿を有する彼女に何らかの気持ちを萎らせることがなかったのだ。

 となれば。

「えっ、うわ!」

 小さな体でも出来ることはある。

 自身を支える事にしか力を入れていなかったリオウを横へと倒し、ミリルは素早く体勢を入れ替え、ベッドへ仰向けに横たわる形となった彼が動き出さないように、その引き締まった腹に馬乗りになった。

 傍から見れば大人と子供の戯れにしか見えないだろうことは、重々承知だった。

「ねちっこくいけど、まあ憧れのお姉ちゃんを追いかけてきた美談のつもりかもしれないけど、あんたただのロリコン――ううん、はっきり言うとショタコンにしか見えないからね」

 魔術の研究では、髪が長いと時々焼き焦がす事がある。

 前述の髪が一定の長さにしかならない人物はさておき、肩より上に切り揃えることが多い魔術師と同様、ミリルはショートカットに近いボブを維持している。

 それは小柄で全体的に薄っぺらい彼女の体つきや子供特有の性別の定まらない中性的な顔立ちと相まって、あたかも少年のように見せる一役を買っていた。

 実年齢と外観年齢が釣り合っていた頃はまだ髪も長く少女と見られていたが、短い髪を取るようになってからは動きやすい格好もあり少年にしか見られていない。

「別に、言いたい奴には言わせておけばいい」

 嬉しそうに笑う彼に、ミリルは眉をしかめた。

「理解できないわ」

 これでただの同郷のよしみのドッキリです。ちょっとからかっただけです。なんて言われたらショックだが、そうでなければ、恐らく、リオウはミリルを一途に追いかけてきたということだろう。

 ところでミリルはこんな外見である。

 どれだけ誰かを好きになったとしても、相手は彼女を恋愛対象として見ない。

 親しい同期の魔術師内においても、いや、あれは無い。流石に少女・少年趣味は……。と言われること多数なのだ。

 今の今まで完全に忘れていた相手であっても、幼少の頃に散々遊び倒した相手であっても、そこに悪感情は無い。

「理解は要らない。ただ、ミリル姉さんならいいんだ」

 頬に伸ばされた手を払いのけ、彼女は逆に彼の両頬に手を当て、その距離を僅かにまで寄せる。

「いいわ、歩み寄ってあげる。あんたが私を必要だと言って態度を示す限り、側に居てもいいわ」

 焦点を合わせることすら難しい距離の中ですら分かるほど、彼は顔を綻ばせた。

「それなら、ずっと側に居られるよ」

 彼は彼女の小さな頭に手をやり、その僅かな距離を詰めようと力を込めた途端、盛大に鈍い音を立てて二人の額がぶつかった。どこにそんな威力を生むものがあったのか分からない強さで、両者に痛みが走る。

「っつ! あのねえ、あんたがどんだけ長いこと一途に考えてたか知んないけど、私にとっては十八年ぶりにあんたに対する思考を再開したとこなの。まずは誠意を見せなさい」

 リオウが痛みに身動きが取れない内にその距離を離し、ミリルは蔑むような暗い笑みを浮かべて小さな体に乗られる姿を見下ろした。

「でも、早くしないと次の辞令出るから」

 言い置いて、彼女は彼の上から退いた。

 え、と驚き動きを止めたリオウを置いて、ミリルはそのまま部屋から脱出を図る。


 軽やかな足取りで至極上機嫌に廊下を走る姿に、彼女を知る人々は目を見張る。

 普通の魔術師は身体に何の弊害も現れない。少年の様な侮られやすい形をしているが、その実は現在の上司である師隊長よりも余程の強大な魔術を操るのだ。

 侮られる分だけ、その実力で人を見下す。

 魔術師内であれば分かる事も、ただの軍人には分からない。

 だから、慣れ合うこともなく、彼らは不愉快そうな顔をしている姿や、不機嫌そうな顔をしている彼女の姿ばかりを見ているのだ。

「うふふ、楽しい玩具見つけちゃった」


 彼女の性格は、昔から変わらない。

 楽しいモノ――つまり気に入ったモノで徹底的に楽しむ。

 楽しむ期間が長いか、それとも誠意を見せられて遊ぶことが出来なくなるのが先か、それはまだ未知の話である。

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