遥かなる未来のメリークリスマス
「新しいニュースが入りました。市街でテロによる小型ブラックホールが発生し二百人以上の市民が被害になった模様です。テログループはウレハ種の過激派シュラードと見られており現在も調査が進められて・・・・・・」
モニターの電源を入れた途端、滅入るようなアナウンスが飛び込んできた。淡々と冷静に語る女性型のアンドロイド・アナウンサーの表情に変化はない。画面にテロリストのリーダーであるサガサリの顔写真が表示されていた。ひどく目つきの悪い男で、頭にはウレハ種の特徴である青い触覚が二本伸びている。
「またテロか・・・・・・ここ最近はひどくなる一方だ」
そう呟く彼のスラックスの尻から生えている赤い尻尾がぐにゃりと輪を描く。デニアン種が不機嫌になった証拠だった。
ん、と彼は反応した。モニターの下部にメッセージ受信を示す四角いアイコンが浮かんでいる。彼は球状をしたコンソール・デバイスを指ですっとなぞって本文を表示させた。
『ンジュリオ!』
デニアン種が使うお決まりの挨拶がモニターの隣で聞こえる。
いつの間に現れたのか、そこには若い青年の姿があり彼に向かって笑みを浮かべている。何故か青年の輪郭は緑色に光っているが、これはモニターのヴィジュアル・メッセージ機能で立体映像と音声を再生しているだけのことだ。実際に青年がそこにいるわけではない。
『カッファ博士、どうぞ驚いて下さい。とてもユニークな資料を見つけたので添付しときました。完全な解読には博士の頭脳が必要でしょう。では、今日はメッセージですが、次はアカデミーのほうで会いましょう! 貴方の優秀な助手フレルより!』
青年が尻尾を二度左右に振って親愛なる、という意味を込めたところで立体映像が消えた。彼――カッファは明るくて賢いフレルが好きだった。
「では資料のほうを拝見」
カッファはコンソールを操作して添付されたデータを表示しようとした。ところが操作を誤り、先程のニュースチャンネルに切り替えてしまう。
「・・・・・・ニマーナ・ロー、女性十八歳。クレミ・アマシン、女性四六歳。デド・カーサ、男性三九歳。フレル・ジンス、男性二十歳」
女性型アンドロイドは変わらない表情のまま、口をパクパクと動かし料理の材料を並べるように淡々と名前と年齢を読み上げている。
その中にフレルの名前を聞いた時、カッファは胸騒ぎがした。
「どういうことだ」
映像にテロップが流れる。
――セキュリティの映像から身元が判明した犠牲者の名前をお伝えしています。心当たりのある家族の方は警察当局に連絡を――。
目の前が暗くなり、カッファは意識を失いかけた。
フレル・ジンスはテロに巻き込まれ、ブラックホールの暗い渦に飲み込まれてしまったのだ。もう彼に会うことは永遠にない。
「畜生! そんな馬鹿なことってあるか。だってあいつは俺にメッセージを送ったばかりじゃないか」
思わず先程のメッセージを再生する。
『ンジュリオ! カッファ博士、どうぞ驚いて下さい。とてもユニークな資料を見つけたので・・・・・・』
モニターの横に再びフレルの姿が浮かんだ。青年の無邪気な笑顔と生命力に満ちた明るい声を聞いていると、もう彼が死んでしまったなど信じられなくなる。
「テロさえなければこんなことにはならなかった」
カッファの悲しみはベクトルを変え、怒りへと走っていった。いっそ全て消えてしまえばいい。こんな悲しみを繰り返すのなら、と。
その時、突然フレルの姿が消えた。メッセージが終了したのだ。モニターには添付データがあると表示されている。
「あいつが最後に送ったデータだ。ちゃんと見てやろう」
少し平静を取り戻し、カッファはコンソールをなぞった。
棒状の線による組み合わせの奇妙な記号がモニターいっぱいに浮かぶ。これは現代では使用されてはいない古代文字である。カッファは考古学者としての知識をフルに回転させ解読を始めた。
「生誕・・・・・・祝福・・・・・・贈り物・・・・・・なんてことだ。これは本当なのか」
資料のソースが記載されており、サイバースペースに接続して検索してみると、確かにそれは遺跡から発見された古文書のデータに違いなかった。発見当時に重要視されなかったのか、データはかなり古く学者であるカッファでさえ知らないものであった。
「お前の意志は無駄にしない」
カッファは古文書の本格的な解読に取りかかった。
数週間後、ウレハ種の過激テログループ・シュラードはデニアン種の国家に対し和解を求め、今後一切のテロ活動を停止し、幹部層の人間のみ刑罰を受け入れる姿勢であると表明した。
「我々はあまりにも愚かだった。たかが触覚があるか尻尾があるか、そんなもので争い憎しみ、多くを失ってしまった。我々は過ちを清算したい。そしてウレハとデニアンの関係修復を支援する」
モニターにはシュラードのリーダーであるサガサリが二本ある触覚を結んで表明文を読み上げている映像が流れていた。触覚を結んでいるのはウレハ種の反省の意を表している。
「突然の和解宣言ですが、それは考古学書カッファ博士が発表した“新説”が起因であるという話は本当ですか」
「ああ、そのとおり。遥か古代の人々の素晴らしい精神を現代人である我々は見習わなければならない。もし古代人が我々の有様を見たらきっと失望するだろう!」
記者団の女性型アンドロイドの質問にサガサリが答えた。
この会見の一週間ほど前、カッファは古代人の新たに発見された事実を論文にて発表し世間を驚かせたのである。
先のシュラードの表明の数日前、論文を発表し一躍有名になったカッファはバラエティ・チャンネルのトークショウに出演していた。
「――すっかり人気者の博士ですが、正直どう思われてるんです?
やはり、鼻が高いのでは?」
「この事実はすでにアーカイブにされていた古文書から解読し検証し発表したのです。それに情報をくれたのは助手です。まるで私のお手柄だと勘違いしている方が大勢おられますね。Mr.ポアラ、あなたも含めて」
軽薄な職業スマイルを浮かべ、人の心理を知ったかするMCのポアラに対してカッファはちくりと反撃する。
「おっとこれは手厳しい。ジョークですよ、ジョーク! 博士はジョークがお腹一杯のようなので、そろそろ真面目にお話を伺いましょうね、モニターの前の皆さんも宜しいですね」
「・・・・・・」
カッファはポアラのトーク・パフォーマンスにうんざりし、今更であるが出演したことを後悔していた。しかし収録は続く。
「いやぁ、ほんと、あれですね。古代の人々は。たった一人の誕生日のために国中がお祭り騒ぎだなんて! 私の誕生日もそうして欲しいですよ」
「ええ、それも一回きりではなく毎年です。何年、何十年と欠かさず祝ってあげていたんです」
「うんうん、あとあれですよね! めでたいって事で関係のない国中の子供たちにプレゼントを贈ったという謎の老人」
画面の端から女性型アンドロイドが現れて無表情でボードをカッファに手渡す。メインはアナウンサーだがこのチャンネルではアシスタントをしているようだ。視線が合うが、氷ついたかのような冷たい瞳にカッファは思わず目を逸らしてしまう。
「ありがとう――このボードをご覧下さい。これはMr.サンタ、その老人のイメージです。赤い衣装を着ていますね。古代でも珍しい空飛ぶトナカイで子供たちの家に回りプレゼントをこっそり配っていたのです」
「まったくクレイジーな・・・・・・いや失礼、クールな老人ですね! きっと相当なお金持ちだったんでしょう」
ポアラは思わず口にした失言を笑って誤魔化す。
「確かにクレイジーかも知れません。しかし、これは素晴らしいことです。ここまでやれ、なんて言うつもりはありません。だが我々現代人が失っているものを彼らは持っているのです」
「は、はい。あれですね、私もそう言おうと思っていたんですよ! うん」
トークをリードされている事に焦るポアラはさらに口を開く。
「この誕生日を祝ってもらってる人はほんと幸せ者ですね! 確かメリークリスマスさんでしたっけ」
「・・・・・・それは彼を祝う言葉です。彼はキリスト氏です」
見事な空振りにポアラの職業スマイルが明らかにひきつっている。
「えっと、あれですよあれ・・・・・・メリークリスマス!」
そのかけ声と共に編集で入れた拍手喝采が巻き起こり、無理矢理チャンネルが終了する。
先日のトークショウに出演したことを未だに後悔しているカッファはその時のことを思い出し、苦笑いした。
“クリスマス”を考案した古代人は広く美しい心を持っていたのではなく、ただのお人好しでレヴェルの低い文明を築いていただけ――そんな烙印を押されて笑い話の種にされてしまうのではないかと危惧していたが、それは杞憂に過ぎなかったようだ。
今しがた、生中継で大統領が表明に合意しテロ組織と和解したことを宣言した。戦えばさらなる悲しみを生むだけだと理解したのだ。広い心を持っていた古代人のおかげかも知れない。そして、彼の優秀な助手の。
その時、カッファは寒気を感じ尻尾を振るわせた。空調システムの故障か? そう思ってモニターからシステムを呼び出しチェックするも異常はない。ふと、窓の外に目が向けられた。
「雪・・・・・・」
白い天使たちがふわふわと街中に降り注いでいた。まさか、とカッファは呟く。今は十月で、まだ雪が降るには早い時期である。そういえば、と彼は思い出した。
モニターにカレンダーを呼び出し、計算してみる。
「今日は旧暦で一二月二五日! クリスマスなのか」
単なる偶然か、はたまた運命なのか。
そして時は過ぎ一年後――クリスマスは遥かなる時を越えて復活し和解の記念日として平和の象徴となった。過ちを繰り返さないよう、忘れないために。
この奇跡は誕生日をずっと祝っていてくれた、そして思い出してくれたことへの恩返しなのかも知れないぜ――粉雪の舞い散る中、カッファはひとつの墓にそう呟いた。
「あなたは、カッファ博士?」
どこかで聞き覚えのある声にカッファは振り返る。
そこには無表情で立っている女性型のアンドロイド。手には花束が握られていた。
「君はアナウンサーの。いつぞやは僕にサンタのボードを渡してくれたね」
そう言うと、無表情の顔が少しだけ変わった気がした。だがどう変わったのかわからない。目の錯覚かも知れないと思った。
「覚えていたんですか」
「ああ・・・・・・その花束、誰かの墓参りかい?」
彼女は表情を変えず頷く。
「私が報道した、一年前のテロで亡くなった人たちに。自己満足かも知れませんが」
カッファは胸中で意外に思う。無機質な声で機械的に報道していた彼女には感情がないのだという勝手な認識をしていた。
「その顔は驚いてますね。私にも感情はあるんです。確かに人の手で造られたものですが」
改めて見ると表情が少し曇っているのがわかる。第三者として報道しなければならないアナウンサーとして本音を隠していたのだろう。それが癖のようになって表情や声が無機質になっていたのだ。
「・・・・・・その花、こいつの墓にやってくれないか?」
彼女が薄く微笑んだように見える。いや、微笑んだのだ。カッファも苦笑いを返し照れを隠す。尻尾がへの字に曲がっているのでバレバレだが。
「名前を聞いても?」
「私はマリアといいます。みんなには、変わった名前だと良く言われます」
はて、とカッファは考える。その名前をどこかで聞いたような気がしたが、思い出せない。だがしかし、とても美しいと感じた。
「マリア・・・・・・君に言ってほしい言葉があるんだが」
「なんとなく、わかります」
瞳を閉じ両手を握って言葉に思いを込める。そして彼女はそっと祈るように呟いた。
――メリークリスマス。
時期物を書いて見たくて、勢いで「やってしまった」作品です。すみません。
教徒の方、私はキリストを馬鹿にしているわけではないので、あしからず、です。
読んで頂き有り難う御座いました。