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すれ違い(2)

 その日の夕食。

 今日は父さんと母さんは外で食べてくるらしく、四姉妹だけの夕飯となった。

 ――娘たちを置いてデートだって言っていたからなぁ。ホント、いつまでもアツアツなようで。

 あたしはダイニングテーブルに今晩のおかずである天ぷらを並べながら、両親が座る席を見て思う。

「結衣姉さん。もたもたしてると冷めるんですけど」

 受験勉強の気分転換を言い訳に率先して夕食を作り始めた三女のユウが、冷たい眼差しでこちらを見つめている。

「結衣ねぇはいっつも動きにキレがないんだよぉ! こうビシッビシッと――」

 茶碗にご飯を山盛りによそいながら遊枝が割り込む。

「うるさいなぁっ!」

 キッチンに戻りながら答えると、由奈姉ちゃんが「もうないよ」とジェスチャーで知らせた。彼女が持つお盆の上には味噌汁がすでに待機している。

 ――う、もう終わってるし……。

 キッチンを追い出されたあたしは渋々自分の席に移動する。

 そこに遊枝が、ご飯をてんこ盛りにした茶碗を差し出す。

「ゆ、遊枝……みんなあんたみたいにいっぱい食べないのよ?」

 にこにこ顔の遊枝に指摘すると、彼女は無視して置いていった。

「あのー、わたし、成長期は終わっているんですけどー」

 自分の茶碗によそってあるご飯の量を見て、呆れた口調で由奈姉ちゃんも注意する。

「大丈夫だよ! 食べられるから!」

 言って、各自の席に茶碗を置いた遊枝は椅子に腰を下ろす。

「ちょっとぉ、悠も文句言ってよ!」

 席に着いた悠にあたしが話を振ると、彼女は涼しげな顔でこう答えた。

「遊枝にご飯を炊かせたら、いつもの倍のご飯が炊けたの。一体どうしてかしら?」

 ――悠、それは確信してやったんじゃ……。

 語尾を上げて疑問形にしているものの、全く不思議そうではない。

 悠はあたしたち姉妹の中で一番クールな女のコだ。遊枝が元気いっぱい過ぎのためか、より静かに感じられる。

 ――この二人が同じ部屋で生活しているとは想像できないよな……。一体どんな会話をしているんだろう?

「さぁ、食べよ! いただきます!」

 全員が席に着いたのを確認すると、遊枝が強引に押しきった。

「いただきます」

 文句を言うのはここまでにして、あたしたちも手を合わせて言うと食べ始める。

「――それはそうと、結衣、鬼頭クンとはいつからそういう関係なの?」

「んぐっ!」

 あたしは思わずご飯を詰まらせる。

 ――そーだった。由奈姉ちゃんは典兎さんのことを「鬼頭クン」と名字で呼ぶんだった……って、問題はそこじゃないよ!

 苦しさでばたばたしていると、正面の悠が澄ました顔で烏龍茶の入ったグラスを差し出してくれた。

 ――サンキュー、悠。ナイスプレー。

 慌ててグラスを手に取りお茶を飲む。

 ――由奈姉ちゃん、あたしが喉に詰まらせるのを狙って言ったでしょ?

 涙でにじんだ視界には笑う由奈姉ちゃんがいた。

「そういう関係って?」

 目を輝かせながら身を乗り出してきたのは遊枝。

「結衣の作ったストラップ、鬼頭クンが着けていたのよ」

 ――う、姉ちゃん、しっかり見ていたのね……。

 すぐにそれを訊いて来なかったのは、バイトのために急いでいたからというわけじゃなく、ここで話題にしようと企んでいたからなのだろう。

「キャー! ますますミロク兄ちゃん、ノリト兄ちゃんに差をつけられてるー!」

 箸を持ったまま両手を頬に当て、楽しそうにはしゃいでいる。

 遊枝の隣の悠は普段の落ち着いた表情のまま黙々と箸を進めていた。

「わたしはてっきり、結衣は弥勒クンとくっつくんだと思っていたのに」

「由奈姉さん、箸で人を指すのは行儀が悪いですよ」

 あたしに向けられた由奈姉ちゃんの箸を、悠がすかさず冷静に指摘する。

 由奈姉ちゃんはすぐに箸をエビ天に移す。

「一昨日はノリト兄ちゃんに送ってもらってたよー。ポプリもらったんだって」

「あーそれで、結衣の制服から花の匂いがするのね」

 そんなに香りは強かっただろうか。

 ――って、突っ込むところはそこじゃないよ、あたし。

「誤解だってば!」

「何が?」

 由奈姉ちゃんはあたしを見てにやりと笑う。

「典兎さんにストラップをあげたのは確かだけど、前にもあげているし! あれはポプリと家まで送ってもらったお礼なの!」

 ――ううーん。顔が赤くなっているような気がする……。

 典兎さんの話題が出る度に条件反射のごとくドキドキしたり赤くなったりしてしまう。これはひょっとして、意識している、という状態なのだろうか。

「素直じゃないなぁ。ほっぺた赤くして、結構好きなんじゃん!」

 遊枝の指摘にあたしはますます全身が上気していくのを感じた。

「そうじゃないってば!」

「結衣姉さん、往生際が悪いです」

 話に参加していないかに思われた悠がきっぱりと告げる。

「違うって言っているでしょ!」

 向きになって言い返すと、悠は小さく肩を竦めて首を横に振る。

「そうやって否定している時点で、すでに確定しているんですよ」

「むぅ……」

 あたしは面白くない。ニンジンの掻き揚げを取って、口に運ぶ。

「――しかし、こうなってくると弥勒クン、どうするかしら? 鬼頭クンと良い関係になっていること、彼は知っているの?」

 シシトウの天ぷらに塩をつけながら、由奈姉ちゃんが楽しそうに訊ねてくる。

 あたしは由奈姉ちゃんのシシトウが辛いことを期待しつつ、今日のことを思い出す。

 ――典兎さん、弥勒兄さんに何を言おうとしたんだろう? 宣戦布告みたいなノリだったけど。

 果たしてあの台詞の続きを、弥勒兄さんはちゃんと聞くのだろうか。典兎さんは話すのだろうか。

「弥勒兄さんには関係ないよ」

「うわぁ、冷たーい! ミロク兄ちゃんはずっと前から結衣ねぇのこと好きなんだよ?」

 玉ねぎの掻き揚げを飲み込むと、遊枝がむっとした態度で言う。

「なんでみんなして、弥勒兄さんがあたしのことを好きだって決めつけるの? 本人がそうだと認めたわけじゃないでしょ?」

「明らかにそうではありませんか」

 あたしの問いに答えたのは悠。

 その台詞に合わせて、由奈姉ちゃんと遊枝はこくりと頷く。

「――鈍感ですねぇ、結衣姉さんは。弥勒お兄さんを哀れに思います」

 言って、悠はワカメと豆腐の味噌汁をすする。

「ど……鈍感って……! それに、弥勒兄さんがあたしに向けている想いは、恋愛感情とは違うものじゃないの?」

「どこまで鈍いんです?」

 悠は呆れたと言わんばかりの冷めた視線をあたしに寄越す。

「幼なじみの報われない恋の物語~。三角関係だねぇ」

 しみじみと遊枝が呟き、どこか遠くを見つめる。

「あぁ、不器用な男はツラいわねぇ」

 由奈姉ちゃんはため息をついて、視線を反らす。

 ――な、なんなのよ、この反応。

「……」

 言葉を失ったあたしは、ご飯を口に放り込む。

 ――まるであたしが悪者みたいじゃない。

「――何故、弥勒お兄さんは告白なさらないんでしょう?」

 ふと漏らしたのは悠。箸が止まり、天ぷらに視線を向けたまま悩み出す。

「この関係を壊したくないからじゃないの?」

 悠の問いに、由奈姉ちゃんは飲んでいた味噌汁を置いて答える。

「だけどこのままじゃ、想いを告げられないままノリト兄ちゃんに結衣ねぇを取られちゃうよ?」

 落ち着かない様子で遊枝が割り込む。心配そうな表情を浮かべていた。

「そこはなんとかしたいわよね」

「同意見です」

 由奈姉ちゃんが箸を止めてため息混じりに言うと、正面の悠がこくりと頷いた。

 ――なんか、あたし抜きで話が進んでいるみたいなんですけど……。

「――三人はそういうけど、あたしはまだ典兎さんに返事を言ってないし、典兎さん自身も弥勒兄さんと気まずくなるのは嫌だって言っていたけど?」

 自分の話なのに参加できないのは落ち着かないので、ひとまず今日までの状況についてを報告しておくことにする。

「――結衣としてはどうしたいの?」

 由奈姉ちゃんがあたしのほうに身体を向けて問う。その表情に冷やかしの色はなく、相談にのってくれる優しい姉の顔があった。

「どうって……」

 ――あたしは今まで通りで充分なのに……。

「返事をしていないってことは、告白されたってことでしょう?」

 悠の問いに、あたしは頷く。

「う、うん……たぶん」

「じゃあ、きちんと返事はしないとね。いつまでも先延ばしにはできないでしょ?」

 確かに由奈姉ちゃんの言うことは正しいと思う。

 ――だけどさ……。

「……あたしは、このままの状態でいたいんだよね。付き合いたいとかそういうの、よくわからないから」

 ぽつりと出てしまった本音。

 それに対して、遊枝が不思議そうに首をかしげる。

「でも、好きなんでしょ?」

「好きだと思うけど、それが弥勒兄さんに対しての好きとどう違うのかわからないんだもん……」

 典兎さんの話題になるとドキドキしたり赤くなったりするのは確かだ。それは意識しているとこの際認めよう。

 だけど、そんな状態になるからと言って、典兎さんに対する好きという気持ちに変化があったようには思えない。弥勒兄さんを好きだと思う気持ちとほとんど同じように思える。だから、違いがわからないのに、典兎さんのカノジョになるのはいけないことのような気がするのだ。

「――結衣姉さんは、意外と欲張りなんですね」

 悠の冷めた視線があたしを貫く。

 直視できなかったあたしはそっと避けた。

「ズルいかな、やっぱり」

「贅沢だと思います」

 悠の指摘は容赦ない。きっぱりはっきりと言い切られてしまうと、黙っているより他はない。

「うーん、勢いで付き合っちゃえば、って後押しするとミロク兄ちゃんが可哀想だもんね」

 箸を握ったまま、遊枝は腕を組んで考え込んでしまう。

「弥勒クンが結衣に告白するようなことになれば、決着をつけざるを得ないだろうけどねぇ。さすがにそうならないか」

 由奈姉ちゃんは言って味噌汁をすすった。

「――もうこの話題、やめない?」

 各々黙ってしまったところで、あたしはさりげなく提案する。ここで話していても仕方のないことだ。

「しょーがない。自分の恋愛話が嫌なら、遊枝の恋愛話を訊こうか?」

 あたしの提案に賛同してくれたと言うより話が詰まってしまったと感じたからといった調子で、由奈姉ちゃんは笑顔を作って遊枝に話を振る。

 唐突に話を振られた遊枝は目をぱちくりさせた。

「こないだ、学校で告白されたって言っていたでしょ? その後はどうなのよ?」

「え、えっと……」

 そのあとは遊枝の学校の話になって、そのまま夕食の時間は過ぎていった。



 お風呂に入る前によーちゃんにメールを送ったが、明日の予習を終えてベッドに潜り込むまで返事はなかった。

 ――よーちゃん、まだ治らないのかな?

 メールの返信さえままならない状態だというなら、まだまだ休むことになるのだろうか。

 あたしは弥勒兄さんに電話をしてみようかと思ったが、下校途中に出会ったときの様子を思い出して留める。

 ――起こしちゃったらいけないもんね。

 よーちゃんが倒れている上に弥勒兄さんまで倒れるようなことになったら大変だ。休んでいるところを邪魔してはいけない。

 あたしは小さな欠伸をするとすぐに眠りに落ちた。


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