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第2話 泥人形の魔改造

月が中天に昇る頃、俺の周囲には奇妙な音が満ちていた。


カサカサ、ゴソゴソ。


数え切れないほどの節足が草葉を揺らす、微細な摩擦音。

普通なら背筋が凍るような生理的嫌悪を催すその音色が、今の俺には心強い軍靴の響きに聞こえる。


視界の端に浮かぶウィンドウの数値が、小気味好い電子音と共にカウントアップされていく。


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【保有魔獣数】 47 / ∞

【内訳】 ポイズン・キャタピラー ×47

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よし。このエリアの「湧き」はこれで枯れたか。


額から滴る汗を拭う。

あれから数時間、俺はひたすらに収集ファーミングを続けていた。


魔獣使いにとって、捕獲は本来、命懸けの儀式だ。

相手を瀕死まで追い詰め、複雑な契約魔法を編み、精神的なパスを繋ぐ。通常なら一匹契約するだけで脳が焼き切れるほどの疲労を伴い、半日は動けなくなる。


だが、今の俺は違う。

相手は抵抗すらしないFランク。契約にかかる魔力コストは、呼吸するのと変わらない誤差の範囲だ。


まるで路傍の小石を拾うような手軽さで、俺は戦力を増やし続けていた。

容量1のゴミ屑も、積み上げれば山となる。

そしてその山は全て、致死性の猛毒を秘めている。


「……次は、あっちか」


俺は一息つき、湿地帯のさらに奥、澱んだ闇の方角へと足を進めた。


腐った水と、鼻の奥をツンと刺す鉄錆の臭い。

ここは通称、『冒険者の墓場』。

クエストに失敗した者が装備を捨てて逃げ去ったり、あるいは価値のないドロップアイテムが不法投棄される場所だ。


足元には刃の折れた剣、穴の開いた鍋。

そして主を失い、野生化することもなく蛆が湧いて朽ち果てた魔獣の死骸が転がっている。


通常の人間なら近づきもしない不浄の地。

だが、視界に展開されたWikiのナビゲーションは、このガラクタの山の中で激しく赤色灯を明滅させていた。


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【レアアイテム反応】 距離15メートル

【対象】 廃棄された人工魔獣

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俺は慎重にゴミの山をかき分けた。

崩れた石垣の陰。ヘドロのような泥に下半身を埋めた状態で、"それ"は鎮座していた。


一見すれば、ただの泥塊だ。

子供が泥遊びで作ったような、歪な人型。頭部と思しき部分には、ガラス玉のような核が埋め込まれているが、泥汚れで曇りきっている。

微動だにしない。魔力の反応も皆無。


マッドゴーレム。

動きは遅く、知能もなく、ただ命令された場所に立ち尽くすだけの泥人形。Fランクの中でも、さらに下の「廃棄枠」に分類される存在。


だが、俺の「攻略眼システム」には、違う真実が見えていた。


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【個体名】 マッドゴーレム

【状態】 機能停止

【素材品質】 S

【進化レシピ】 強酸洗浄 + 魔力充填

【進化先予測】 ???(高レアリティ確定)

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(マジかよ……)


思わず乾いた笑いが漏れた。

誰かが捨てたゴミ。

だが、俺にとっては当たりくじの確定演出(レインボー演出)だ。


「まずは洗浄だな」


俺は周囲を見回した。

都合のいいことに、湿地帯にはゼリー状の魔獣、アシッド・スライムが徘徊している。これもFランクの雑魚だが、その体液は金属すら溶かす強酸性だ。


俺は手近なスライムを一匹捕まえると、その核を握り潰さないように注意しながら、泥人形の頭上に掲げた。


「悪いな、洗剤代わりになってくれ」


スライムが嫌がって身をよじる。その拍子に、体内から分泌された酸性の粘液が、ポタリ、ポタリと泥人形に滴り落ちた。


ジュウウゥゥ……!


泥が焼ける音がした。

焦げたような化学臭が立ち込める。

こびりついた長年のヘドロが、酸によって分解され、泡となって流れ落ちていく。


泥の下から現れたのは、土色ではない。

月光を弾く、冷ややかな銀色だった。


俺はスライムの粘液を丁寧に塗り広げていく。指先を通して、埋もれていた輪郭が露わになる。

武骨な泥の塊ではない。

細く、しなやかな四肢。

球体関節によって精巧に組まれた指先。

そして、長い睫毛に縁取られた、閉ざされた瞳。


それは、美術品のように美しい、銀の少女の彫像だった。


「すごい……」


息を呑む。

洗浄を終えた彼女は、泥の中に捨てられていたとは思えないほど、神々しく輝いていた。

ミスリル。この世界で最も硬く、魔法親和性の高い幻の金属。それが全身に使われている。


だが、まだ足りない。

これは器だ。魂を吹き込まなければ、ただの高価な人形に過ぎない。


俺は、彼女の胸部にある核へ手を触れた。洗浄されて蒼く透き通った結晶だ。


熱い。

触れた瞬間、俺の中の魔力が、乾いたスポンジに水が染み込むように、猛烈な勢いで吸い上げられていく。


『警告:MP残量が低下しています』

『警告:MP残量が危険域です』


視界の隅で、アラートが赤く点滅する。血管の中を流れる血液ごと持っていかれるような喪失感。膝が笑う。

構うものか。持って行け。俺の全魔力を、くれてやる。


ドクン。


指先で、脈動を感じた。

同時に、眩い光が溢れ出す。

銀の身体を包み込む、青白いマナの奔流。


キュイィィン……パキ、パキパキッ。


硬質な駆動音が連続して響く。球体関節が微調整のために回転し、銀色の髪が重力に逆らってふわりと舞い上がった。


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【進化確認】 マッドゴーレム ⇒ ミスリル・オートマタ

【固有スキル】 『絶対守護』をインストールしました

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光が収束する。

ゆっくりと、その瞼が開かれた。

そこにあったのは、感情の色を持たない、しかし吸い込まれるような深蒼の瞳だった。


彼女は瞬きを一つし、首をかしげ、俺の顔を覗き込んだ。

ガラス質の瞳に、ボロボロの服を着て息を切らせている俺が映り込む。


「起動シークエンス、完了」


鈴を転がすような、しかしどこか硬質な声。


「個体識別。魔力波長の一致を確認。――貴方が、私のマスターですか?」


「ああ、そうだ。俺がお前を拾った」


俺は頷き、震える足で踏ん張った。魔力枯渇寸前で目眩がするが、不思議と気分は高揚していた。


彼女はゆっくりと立ち上がる。その動作には、一切の無駄もノイズもない。完璧な機械仕掛けの妖精。

彼女は俺の前で跪き、恭しく頭を垂れた。


「承認。これより当機体は、マスターの所有物となり、その盾となります。命令を」


「名前が必要だな」


俺は少し考え、かつての泥の面影など微塵もない、その清廉な姿にふさわしい名を紡いだ。


「プリム。今日からお前はプリムだ」


「プリム……」


彼女は一度だけその名を口の中で反芻し、


「了解。登録しました。プリムは、マスターの剣となり盾となります」


無表情なまま、しかし心なしか声を弾ませて告げた。


最強の矛である、毒。

最強の盾である、プリム。

手札は揃った。


俺が拳を握りしめた、その時だ。


ドォォォォォォン!!


腹に響く重低音。

遠く、街道の方角から爆炎が上がったのが見えた。

大気がビリビリと震えている。尋常な魔力量ではない。


Wikiのマップが赤く染まり、緊急警報を表示する。


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【戦闘反応を探知】

【敵性個体】 アイアン・オーガ

【交戦中】 神聖ドラゴン

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神聖ドラゴン。

その名を見た瞬間、俺の脳裏に兄の嘲笑う顔がフラッシュバックした。


偶然か、必然か。

俺を捨てた過去が、すぐそこで悲鳴を上げているらしい。

俺の口角が、自然と吊り上がった。


「行くぞ、プリム」


俺は背を向け、爆心地へと歩き出した。


「初めての敵だ。初めての相手には、少し荷が重すぎるかもしれないがな」


「肯定。マスターの敵は、全て排除します」


銀の少女が、音もなく俺の背後に続く。

草むらからは、数十匹のキャタピラーたちが這い出し、軍隊のように隊列を組んだ。


準備は整った。

さあ、復讐の幕開けだ。


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