第九話:エリートお兄様たちに教わる「これが普通」講座
「アルスちゃん、今日は私の教え子たちを呼んでいます。彼らの魔法を見て『普通』の基準を学びなさい」
エレナ先生に連れられてやってきたのは、騎士団の演習場でした。 そこには、十代前半から後半の、シュッとしたお兄様やお姉様たちが十人並んでいました。 彼らは王立魔法学校でもトップ十に入る、この国の将来を担うエリートたちだそうです。
「エレナ様、この子が例の……?」 「ええ。この子に『適切な魔法の加減』を教えてあげてちょうだい」
先生がそう言うと、一番年上らしき十六歳の青年、カイルさんが僕の前に立ちました。 彼は学園ナンバーワンの秀才だそうです。
「いいかい、アルス君。魔法っていうのは、こうやって丁寧に魔力を練って、ゆっくりと的に当てるものなんだ。見ていなさい」
カイルさんが杖を構え、数秒かけて「火球」を放ちました。 それは時速五十キロくらいの速さで飛び、的に当たってパシュッと弾けました。 的の木箱は、少し焦げただけです。
「どうだい? これが理想的な、安定した魔法だよ」
カイルさんは得意げに微笑みました。 周りの弟子たちも「さすがカイルさん、無駄がない!」と拍手しています。
(……ええっ!? 今の、めちゃくちゃ魔力が漏れてたよ!?)
僕の目には、カイルさんの魔法は穴の空いたバケツで水を運んでいるように見えました。 魔力のほとんどが、的に届く前に熱と光として空中に霧散していたのです。 あんなに魔力を捨てておいて、最後にあれっぽっちの威力しか出ないなんて、物理学者としては見ていて落ち着きません。
「アルス、貴方もやってみなさい。カイルの半分くらいの威力でいいわよ」
エレナ先生が優しく背中を押します。 僕は考えました。 「普通」とは、つまり「ものすごく非効率にやる」ということなんだ。
「わかった。……えっと、魔力をわざとバラバラに散らして。えいっ」
僕は指先から、なるべく雑に魔力を放り出しました。 カイルさんたちの真似をして、わざと「光」と「音」がたくさん出るように無駄なエネルギーを混ぜたのです。
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
僕の指先から、まばゆい光の奔流が溢れ出しました。 わざと漏らした魔力が、空気中の分子と激しく衝突し、勝手に「熱核反応」に近い連鎖を起こしてしまったのです。
ズドォォォォォォォォン!
一瞬にして、演習場の的どころか、背後の頑丈な防壁までもが蒸発しました。 あまりの衝撃波に、エリート弟子たちの十人は全員ひっくり返り、カイルさんにいたっては腰を抜かして震えています。
「……あ、ごめん。やっぱり、無駄を混ぜようとすると、その無駄がまた別のエネルギーになっちゃうんだね」
僕は頭をかきました。 「無駄なエネルギー」を「熱」として放出しようとしたら、それがそのまま「熱線銃」になってしまったわけです。
「…………」
演習場に、しんと静まり返った沈黙が流れます。 エリート弟子たちは、自分たちの十年以上の修行が、たった五歳の子供の「わざと下手にやった魔法」に完敗した事実に、魂が抜けたような顔をしています。
「カイルさん、大丈夫? 今のが『普通』の半分くらい……のつもりだったんだけど」
「……。……。……先生。僕、今日で学校辞めます。田舎に帰って耕運機にでもなります……」
カイルさんは、杖を捨ててトボトボと歩き出しました。
「待ちなさいカイル! 心を折りかけないで! ……アルスちゃん、もういいわ。貴方に『普通』を学ばせるのが、そもそも間違いだったのよ」
エレナ先生は、泣きそうな顔で僕を抱き上げました。 どうやら、国一番の弟子たちですら、僕の「手加減」の相手には力不足だったみたいです。
「アルス、貴方はやっぱり化け物ね……。でも、そういうところ、嫌いじゃないわよ」
隣で見ていたシルフィちゃんが、震える足で僕に歩み寄り、そっと手を握ってきました。 ませた態度はどこへやら、彼女の目には恐怖を通り越した「尊敬」の光が宿っています。
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、国のエリートたちの自信を、ただの「手加減の練習」で粉々にしてしまったのでした。




