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第七十四話:大悪魔召喚のバグと、前魔王リリスの「お掃除」

アルエドが月面開拓すら視野に入れたインフラ拡充を進める中、世界の隅っこに追いやられた「旧時代の亡霊」たちが、最後の悪あがきを画策していた。


「……認めぬ、認めぬぞ! 物理などという小理屈で世界が満たされるなど! 我ら闇の結社『エントロピーの揺り籠』こそが、真の混沌を呼び戻すのだ!」


ドミニアン帝国の最果て、古びた遺跡の最深部。黒いローブを纏った狂信者たちが、禁忌の儀式を執り行っていた。彼らが捧げたのは、膨大な魔力石と「物理学への憎悪」。その負の感情を触媒に、時空が歪み、魔界の深層ですら恐れられる伝説の大悪魔「アスタロト」が召喚された。


「ククク……我を呼んだのは貴様ら……――ッ!? なんだこの空気は! 魔力が物理的に『整理』されていて、居心地が死ぬほど悪いぞ!」


アスタロトが咆哮を上げた瞬間、その座標をアルスの観測パッチが即座に検知した。


「……シルフィ、北緯45度地点に未登録の巨大魔力熱源。大悪魔クラスの『バグ』が発生したよ」


「アルス様、即座に母君であるアイリス様に報告いたしますか?」


「いや、母さんは今、王都の魔導士たちの『再教育パッチ』の最終試験で忙しいはずだ。わざわざ手を煩わせるまでもないよ。……幸い、あそこの近くには『魔界・人間界親善スパ』を視察中のリリスがいたはずだ」


アルスは通信を繋ぎ、優雅に温泉を楽しんでいた前魔王リリスを呼び出した。


「リリス。近くにちょっと行儀の悪い悪魔が湧いたみたいなんだ。僕が物理的に消去デリートしてもいいけど、それだと魔界の希少種のサンプルが失われてしまう。……君の権威で、少し『お話(OHANASHI)』してきてくれないかな?」


「あらアルス。随分と人使いが荒いのね。……でも、私のスパタイムを邪魔したその『バグ』には、少しお仕置きが必要かしら」


遺跡の広間。召喚されたアスタロトが信者たちを食い散らかそうとしたその時、空間が深紅の魔力と共に割れた。


「……あらあら、随分と懐かしい顔ね。アスタロト、貴方、魔界の底で大人しく寝ていたはずじゃなかったかしら?」


「なっ……! リ、リリス様!? なぜ貴女がこんな場所に……!?」


アスタロトは、前魔王の圧倒的なプレッシャーに蛇に睨まれた蛙のように硬直した。リリスは優雅な足取りで近づくと、アスタロトの顎を扇子でクイッと持ち上げた。


「ねえ、アスタロト。今、世界はアルスが作った『美味しくて便利なもの』で溢れているの。なのに貴方は、こんなカビ臭い場所で無意味な破壊を起こして、景観を汚そうとしたのね……?」


「い、いや! 私はただ召喚されただけで……!」


「ダメよ。悪い子には……再教育(OHANASHI)が必要ね」


リリスの手から放たれたのは、破壊魔法ではない。魔王としての絶対的な格の差を魂に刻み込む、魔王流の「教育的指導」だった。


一時間後。 遺跡から出てきたのは、涙目でリリスの後ろをトボトボと歩く、すっかり毒気の抜けたアスタロトの姿だった。


「……分かりました、リリス様。魂を喰らうより、アルエドの『高純度魔力バッテリー』を摂取する方が生存効率が良いことを理解しました」


「いい子ね。アルス、この子を『重機代わりの土木作業員』として雇ってあげて。角の強度が岩盤掘削に最適だわ」


「助かるよ、リリス。これで工事が三割加速する。母さん(アイリス)も、余計な手間が省けて喜ぶと思うよ」


こうして、闇の組織が呼び出した最終兵器は、リリスの「お話」を経て、アルエドの「土木作業主任」へと華麗に転身したのであった。

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