第五十九話:特級十三天使の審判と、天空を繋ぐ「聖なるライフライン」
天軍五百名、さらには上級天使セラフィエルまでもが魔王領のリゾートホテルに「引きこもる」という異常事態に、天界の最高意思決定機関がついに動いた。
「もはや一刻の猶予もない。魔王アルスが作り出した『利便性』という名の毒が、神の兵たちの魂を溶かしている……」
天界の雲海を割り、眩い雷光と共に降臨したのは、神の側近にして天界最強の守護者、「特級十三天使」の全員であった。彼らはそれぞれが一個師団に匹敵する魔力を持ち、その羽が羽ばたくたびに地上の気象が書き換わるほどの絶対的な存在である。
魔王城の屋上ラウンジ。アルスはコーヒーの香りを楽しみながら、空を埋め尽くす十三の神々しい影を見上げた。
「……来たね。シルフィ、カイル、ルナ。コーヒーの用意を。十三人分、それぞれの魔力特性に合わせた温度と濃度でね」
「畏まりました、アルス様。既に彼らの神聖波形から、最適なカフェイン含有量を演算済みですわ」
ラウンジに降り立った特級十三天使の長、メタトロンが、冷徹な瞳でアルスを射抜く。
「魔王アルス。貴殿の構築した理は、世界の均衡を乱している。我が軍を解放し、この不浄な快適さを直ちに撤廃せよ。さもなくば、この地を概念ごと消滅させる」
「消滅させるのは勝手だけど、その前に一つだけ聞かせてほしい」 アルスは平然とカップを置き、空中に巨大なホログラムを展開した。
「君たちの管理する天界の居住区、魔力循環の効率が計算上、今の魔王領の三割にも満たないんだ。冬は寒く、夏は眩しすぎる。そして何より、君たちは『奇跡』に頼りすぎて、基本的な生活インフラの維持に多大な神聖魔力を浪費している。……非効率だと思わないかな?」
「な、何だと……!? 神の住まう地を効率で語るか!」
激昂する天使たち。しかし、アルスはさらに畳み掛ける。
「例えば、これを見てほしい。君たちの翼の構造に基づいた『自動気流制御』と、羽の分子結合を強化する『聖なるナノミスト・シャワー』だ。これを使えば、君たちは祈りの時間を削ることなく、今の十倍の休息を得られる」
アルスが指を鳴らすと、ラウンジの一部に「特級天使専用・試食&体験ブース」が出現した。そこにはミーナが魔界から持ち帰ったスパイスをアルスが最適化した「天界風ガストロノミー」と、リーズが真心を込めてセッティングした「最高級・神聖低反発雲ベッド」が並んでいる。
「……っ。我らは神の使い、このような誘惑に——」
十三天使の一人が、我慢できずに「聖なるナノミスト」を浴びた瞬間、その顔が劇的に弛緩した。 「……おお、羽の付け根の凝りが、物理的に……解けていく……」
さらに、ミーナの料理を一口食べた別の天使が、涙を流して膝をつく。 「これが……パンだと? 我らが千年間食べていたマナ(神の糧)は、ただの乾燥した粘土だったというのか……!」
結局、メタトロンもまた、アルスが差し出した「天界の魔力供給網を最適化する設計図」を見た瞬間、その合理性の前に沈黙せざるを得なかった。
「……認めよう。この利便性は、もはや悪魔の誘惑などではない。これこそが、神が本来意図していたはずの『真の調和』の姿なのかもしれない」
数時間の協議の結果、アルスと特級十三天使の間で、歴史的な「天魔特殊利便条約」が締結された。
まず一つは、天界と魔王領の正式な交易開始。
次に、魔王領のリゾートホテルを「天界指定・公式療養施設」として認可すること。
最後は、アルスの開発した「インフラ・パッチ」を天界の居住区に導入することと。
この三つを条約とし契約を交わした。
「……我らは一度帰還する。引きこもっていた五百名の兵も、これを持って連れ帰ろう。だがアルスよ、次は私個人として、一週間の有給休暇を取ってここへ戻ってくる。……あの『ナノミスト』の予約を入れておけ」
メタトロンはそう言い残し、五百人の(帰りたくないと泣き叫ぶ)天使たちを引き連れて、眩い光の中に消えていった。
「お兄ちゃん、すごいや! 神様の使いまで、お兄ちゃんの計算通りに動いちゃった!」 カイルとルナが駆け寄る。アルスは空を見上げ、満足げに微笑んだ。
「これで、空の上の市場も確保できたね。シルフィ、次は『天界・魔界・地上三界合同・経済圏』の構築パッチを準備して。……忙しくなるよ」
こうして、かつてない強大な敵であったはずの天軍は、魔王領の「快適さ」を認める最大の支持者へと変貌したのである。




