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第五十八話:天軍降臨、そして聖なる「連泊」の始まり

魔王領の経済が自由国家ランクルを飲み込み、魔界までがミーナの料理で胃袋を掴まれていたその頃。天空の彼方、聖なる領域では未曾有の危機感が募っていた。


「地上の魔の巣窟が、物理などという怪しげな理で世界を白く染め上げている……。これは神の秩序への冒険である!」


雲を割り、眩い光と共に地上へ舞い降りたのは、黄金の鎧に身を包んだ「天使軍隊」であった。その数、五百。彼らは「清浄の力」を武器に、魔王城を聖なる光で焼き尽くし、世界を元の「不便だが神に祈るしかない中世」に戻すべく降臨したのである。


しかし、彼らが降り立ったのは魔王城の正門前ではなく、アルスが最近完成させたばかりの「魔王領・スカイリゾートホテル」の特設ヘリポート(魔導着地台)だった。


「ここが魔の……。ん? なんだ、この足の裏に伝わる絶妙な低反発の感触は」


先遣隊の隊長である中級天使が、聖剣を構えながら戸惑う。彼の足元には、アルスが設計した「衝撃吸収・自動洗浄タイル」が敷き詰められていた。


「いらっしゃいませ。天界からの団体様ですね。カイル様とルナ様から伺っております」


フロントで彼らを迎えたのは、すっかり「接客の鬼」と化した聖女リーズだった。彼女は天使たちを上回る清浄なオーラを放ちながら、流れるような動作でチェックインを促す。


「貴女はアシュタリアの聖女! なぜこのような場所に! ……というか、その手に持っている魔法の札は何だ!」


「これですか? ルームキー兼、館内全自動マッサージ機とドリンクバーのフリーパスです。さあ、皆様。長旅でお疲れでしょう。まずは最上階の『天空・ナノバブル露天風呂』へどうぞ。天使の羽の間に溜まった微細な塵も、アルス様の物理洗浄パッチで一撃ですわ」


「……羽の塵が、一撃だと?」


一時間後。 「天軍」の姿はどこにもなかった。代わりに、真っ白なバスローブに身を包み、全自動マッサージチェアで「……あぁ、神よ……これが真の救済か……」と、極上の揺らぎに身を任せる五百人の男たちの姿があった。


「隊長! この『ルームサービス』というシステム、悪魔の誘惑です! 冷蔵庫の中の魔力水が、常に最適温度に保たれています!」 「バカ者! 引き込まれるな……と言いたいが、このベッドのコイルの弾力、天界の雲よりも計算され尽くしている……。我々は……ここに引きこもるしかない……」


ついに、天軍の音信不通を不審に思った「上級天使」セラフィエルが、六枚の翼を広げて降臨した。彼女は怒りに震え、ホテルの屋上に降り立つ。


「おのれ魔王アルス! 我が精鋭たちをどのような術で籠絡した! 現れなさい、この不浄の理の信奉者め!」


「不浄じゃないよ。ただの『利便性』の追求だ」


屋上のラウンジで、アルスがシルフィを連れて現れた。アルスの手には、セラフィエルの翼の動きを解析したタブレットが握られている。


「セラフィエルさん。君の翼、左から三枚目の付け根に魔力疲労が溜まっているね。気流の影響を物理的に計算できていないから、無駄な負荷がかかっているんだ。……シルフィ、例の『高高度用・翼専用サポーター』を持ってきて」


「はい、アルス様。こちらがセラフィエル様の魔力波形に同期させた試作品ですわ」


「な、何を……。私は貴様を裁きに……。ん? あっ、温かい……!? なんだ、この翼の芯まで解きほぐされる感覚は……!」


セラフィエルは、シルフィに装着されたサポーターのあまりの心地よさに、思わずその場に座り込んでしまった。


「このホテルには、君の翼を分子レベルでケアする専用エステも完備している。……どうだい。戦う前に、一泊してみないか? スイートルームには、カロル監修の『天界風・分子ガストロノミー』のディナーもつくよ」


「……一泊、だけよ。偵察も、天使の務めだもの……」


翌朝。 上級天使セラフィエルは、アイマスクを装着したまま「延泊。無期限で延泊よ……」と寝言を言っていた。 魔王領の正門前には、今日も平和な静寂が広がっている。天軍は滅んだのではない。ホテルの「至れり尽くせり」な物理学的おもてなしの前に、戦意を完全に喪失し、ただの「優良な観光客」へとアップデートされたのであった。


「……計算通りだね。リーズさん、彼らの宿泊費はアシュタリアの聖石で決済してもらうように」


「承知いたしました、アルス様! 天使様たちの羽のお掃除、やりがいがあります!」


魔王領の「平和的な侵略」は、ついに神の使いすらも引きこもらせ、空の上までその利便性を轟かせることになったのである。

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