第五十四話:魔界の王女は、世界一(物理的に)強引な受付嬢
魔王領の冒険者ギルド「物理の門」に、また一つ、新たな「理不尽」が定着しようとしていた。
「いい? 貴方のその魔力波形じゃ、この討伐依頼は百分持たないわ。私の愛するカイル様が作った高効率なクエストを汚すつもり? ……不合格よ。魔界へ送って再教育してあげましょうか?」
ギルドの第一受付カウンター。そこには、魔界の王女アイラが、不機嫌そうに頬杖をつきながら鎮座していた。深紅の瞳が冒険者を一瞥するだけで、並の荒くれ者は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
事の始まりは数日前。カイルにご執心な彼女が「カイル様の隣で支えたいの!」と暴れ回った結果、アルスが「じゃあ、一番人手不足な受付をやってみるかい?」と提案したことだった。
「アイラ様、もう少し優しくしてください。その人、ランクBの中堅なんです。……魔界送りにされたら、うちのギルドの稼働率が下がっちゃうよ」
隣のデスクで演算処理をしていたカイルが、困り顔でアイラを嗜める。
「あらカイル様! 貴方がそう仰るなら、少しだけ慈悲を与えてあげてもいいわ。……ほら、貴方。私の指先に籠めた魔力、これを剣に纏わせなさい。そうすれば物理破壊力が三倍になるから。……感謝して、さっさと稼働してきなさい!」
アイラの「慈悲(物理的な強制強化)」を受けた冒険者は、全身を深紅の魔力に包まれ、まるで流星のような勢いでフィールドへと弾き飛ばされていった。
「お兄ちゃん、アイラ様の魔力注入、効率はいいけど副作用で冒険者の寿命が縮まりそうだよ。……ルナが、あとで『重力マッサージ』でリセットしてあげるね」
ルナが冷静にアイラの暴走をフォローし、重力を操作して冒険者の身体的負担を調整する。こうして、カイルの「理論」、アイラの「暴力的なバフ」、ルナの「精密なケア」という、世界で最も贅沢にして恐ろしい受付体制が完成してしまったのだ。
そこへ、一人の老冒険者が震えながらやってきた。 「あ、あの……昨日の『古竜の鱗採取』の報酬を受け取りに……」
アイラは書類をパッと奪い取ると、一瞬で内容をスキャンした。 「……報告書に不備があるわね。三行目の『竜の咆哮を気合で防いだ』って何よ。カイル様が設計した『音波相殺デバイス』の数値を書きなさい。……リーズ! この人の脳を少し浄化してあげて。事実誤認が激しいわ!」
「はい! お任せくださいアイラ様。……聖なる輝き、脳内デフラグ実行!」
廊下を掃除していたリーズが、爽やかな笑顔でおじいさん冒険者の頭をピカピカに浄化する。
「お、おお……! 記憶が鮮明に……! 私はデバイスのボタンを押し忘れていただけでした!」
「分かればいいわ。……はい、これが報酬よ。カイル様の汗と涙の結晶なんだから、一銅貨たりとも無駄にしないでよね」
アイラが放り投げた報酬袋には、なぜか魔界の宝石が一つ混ざっていた。彼女にとっては「ただの小銭」だが、冒険者にとっては一生遊んで暮らせる国宝級の代物だ。
「……アルス様。アイラ様の受付、色んな意味でギルドのバランスが崩壊していませんか?」
物陰から様子を伺っていたシルフィが、呆れたようにアルスに囁く。アルスは手元の端末でギルドの収支と冒険者の生存率をチェックしながら、満足げに頷いた。
「いいや、シルフィ。アイラの圧倒的な魔力とカイルの演算、そしてルナの制御が合わさることで、冒険者の質が飛躍的に向上している。……何より、アイラが『カイルのために』と真面目に働いてくれるおかげで、魔界の資源が勝手にこちらに流れてきているしね」
その日の夜。 受付業務を終えたアイラは、カイルにベタベタと抱きつきながら、カロルの特製ディナーを堪能していた。
「カイル様! 今日の私の受付、完璧だったでしょ? 褒めて、もっと愛でてちょうだい!」
「あ、あはは……。ありがとう、アイラ様。でも、明日はもう少しだけ、冒険者の人を地面に埋めるのは控えてくれると助かるな……」
物理学者の兄、無双の姉、そして魔界の王女までをも「効率的な人材」として組み込んだ魔王領。 カイルを巡る愛の嵐は、図らずも世界最強のギルドを、さらに手の付けられない領域へと進化させていくのであった。




