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第五十三話:王の強欲と、母・アイリスの「再教育」

サンライズ王国の国王の焦燥は、ついに限界に達していた。最強の剣士レイヴンを連れ戻そうとした計画が、逆に王都に「魔王領出張所」を作られるという平和的な侵略に終わったからだ。


「……レイヴンが駄目なら、次はアイリスだ。彼女はかつて、王国最強の魔導士部隊を率いた伝説の魔導師。彼女さえ戻れば、我が国の軍事バランスは再び保たれるはずだ!」


国王はなりふり構わず、今度はアルスの母であり、現在は魔王城でエレナと共に「魔導教育」を楽しんでいるアイリスに対し、直々に特使を派遣した。その書状には「王国の魔導士部隊が弱体化し、魔物の脅威に晒されている。部隊の再編成と指導のため、至急帰還されたし」という、またしても涙を誘うような泣き落としが記されていた。


数日後。魔王城の図書室で、アイリスはその書状を読み終えると、愛用の眼鏡を指で押し上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。


「あら、陛下も相変わらず退屈なことを仰るわね。部隊の再編成? 私が育てた頃の規律も魔法理論も、今の彼らには古すぎて使い物にならないでしょうに」


「母上、どうします? 王様はかなり必死みたいですけど。直々に来るなんて、よっぽど王国軍の魔導士たちが不甲斐ないんでしょうね」 アルスが実験用のフラスコを振りながら尋ねると、アイリスは窓の外でカイルとルナに「効率的な魔法陣の描き方」を教えているエレナに目を向けた。


「そうね……。あの子たちの未来を汚すような軍隊なら興味はないけれど、もし『教育』が必要だと言うのなら、少しだけ手を貸してあげてもいいわ。……ただし、私のやり方でね」


その言葉を聞いた瞬間、アルスは王都の魔導士たちの不憫な未来を予感して身震いした。


翌日、王都からやってきた魔導士部隊の精鋭(自称)たちが、魔王城の門前で整列していた。彼らは伝説の魔導師アイリスを迎えに来たつもりだったが、そこに現れたのは、アイリスと、彼女の愛弟子であるエレナ、さらに「参考資料」としてついてきたアルスの三人だった。


「お迎えに上がりました、アイリス様! 我が部隊の再編成、よろしくお願いいたし——」


「挨拶はいいわ。まず、貴方たちの魔法陣を見せて。……三秒以内に」


アイリスの冷徹な声が響く。慌てて魔導士たちが杖を掲げ、光の陣を展開した。しかし、それを見たアイリスは溜息すらつかなかった。


「……酷いわね。エネルギー効率が40%も漏れているわ。エレナ、どう思う?」


「そうですね、師匠。基本の『座標固定』すら甘いです。これでは、火球を放つ前に自分たちの杖がオーバーヒートしてしまいますわ。アルスちゃん、例の『パッチ』を使ってみてくれる?」


「了解。……えー、王都魔導士部隊の皆さん。今から君たちの杖と感覚を、僕の物理演算サーバーに強制同期させるよ。……同期率、80%で固定」


アルスが手元の端末を操作すると、魔導士たちの杖が不気味に青白く発光し始めた。


「な、なんだ!? 杖が勝手に魔力を吸い上げる……!? ぐあぁっ、魔力の流れが速すぎる!」


「無駄な動きが多いのよ。無駄な詠唱、無駄な身振り、無駄な感情……。魔法とは、最短距離で理を上書きする行為。……さあ、再編成を始めるわ。まずは、その古臭い理論を脳から物理的に『消去』しましょうか」


アイリスが微笑みながら指を鳴らすと、王都の精鋭たちは一瞬で転移させられた。行き先は、魔王城の地下にある「高速演算訓練室」。そこは、アルスが設計した「一秒間に一万回の魔力衝突が発生する」地獄のシミュレーターである。


「ガハハハ! アイリス、張り切ってるな! 俺も手伝ってやろうか? 物理的に耐性を上げれば、魔力も増えるだろ!」 「あらレイヴン、いいわね。貴方の覇気で、彼らの精神障壁を限界まで叩き壊してあげてちょうだい」


父と母の恐ろしい「再教育」が始まった。 王都から来た魔導士たちは、レイヴンの覇気に晒されながら、アルスの演算パッチによって脳内を数式で埋め尽くされ、アイリスの冷徹な指導で一睡も許されぬまま「真の魔法」を叩き込まれていった。


数日後。王都に戻ってきた「再編成済み」の魔導士部隊を見て、国王は絶句した。 戻ってきた彼らは、以前のような傲慢さは微塵もなく、全員が無機質な眼鏡をかけ、何事も効率的に処理する「魔導サイボーグ」のような集団に変貌していたのである。


「……報告いたします、陛下。王国の防衛網は、アルス様のサーバーと同期完了しました。これより、全自動迎撃システムへの移行を開始します。……あ、お茶を淹れるのも、熱力学的に最適な温度で提供可能です」


「……アイリスは? アイリスはどうしたのだ!?」


「母上は『やっぱり魔王城のパンが一番美味しい』と言って、ゲートを通って夕食に戻られました。……あ、陛下。この書類の承認、0.5秒遅いです。非効率ですよ」


国王が望んだのは「最強の軍隊」だった。しかし彼が手に入れたのは、魔王領の「物理学」に魂まで最適化され、隙あらば魔王城へ「追加訓練(という名の帰省)」を希望する、最強にして最恐の「アルス派魔導士集団」だったのである。


「……計算通りだね、母上」 「ええ。これで、王都の魔導士部隊は、私の『教え子』という名の間者エージェントになったわ。……さあ、夕飯にしましょうか。今日はカロルさんが特製のパエリアを作ってくれているそうよ」


魔王領の「平和的な侵略」は、ついに王国の心臓部である魔導部隊までをも飲み込み、より盤石なものへとアップデートされていくのであった。

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