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第五十二話:王の焦燥と、最強の親馬鹿・返還令

アシュタリア神聖皇国との和平が成立し、自由国家ランクルのSランク冒険者さえも温泉で骨抜きにされる魔王領。その繁栄の噂は、当然ながらアルスたちの母国――サンライズ王国の国王のもとにも届いていた。


しかし、その内容は国王にとって、夜も眠れぬほどの衝撃であった。 「……報告によれば、我が国の北方を守るべき最強の剣士レイヴン・ローベントが、魔王城の庭で上半身裸になり、魔族と酒を酌み交わしながらマシュマロを焼いている……だと?」


国王の震える声に、宰相は青ざめた顔で頷く。 「はい。さらに、次男のアルスは新魔王として君臨し、長女のリザは最強決定戦の覇者。聖女や勇者までもが家事や清掃に従事し、今や魔王領は世界一の経済・軍事拠点となりつつあります」


「まずい……。このままでは、我が国の『国防の要』が、魔王領の『家庭菜園担当』として骨抜きにされてしまう!」


危機感を抱いた国王は、ついに禁断の書状を発した。それが、レイヴン・ローベントに対する「即時帰還・返還命令」である。書状には「国境の緊張が高まっている。貴殿の力が必要だ。一刻も早く王都へ戻れ」という、もっともらしい大義名分が書き連ねられていた。


数日後。魔王城のテラスで、レイヴンはその書状を読み上げ、豪快に鼻で笑った。


「ガハハハ! 王様も相変わらず人使いが荒いな! 国境の緊張だと? 俺がここにいるってだけで、周辺の魔物は震え上がって逃げ出してるっていうのによ!」


「父上、笑い事じゃないですよ。一応、これに従わないと『反逆』とみなされる可能性があります」 アルスが呆れ顔でコーヒーを差し出すが、レイヴンは全く気にする様子がない。


「反逆? 結構じゃないか! 俺は今、ここでリザの特訓を見守り、カイルとルナの成長を眺め、ミーナの旨い飯を食うのに忙しいんだ。王都の冷たい石畳の上で、退屈な会議に出るなんて真っ平御免だ!」


そこへ、騒ぎを聞きつけた家族たちが集まってきた。 「お父様を返すなんて、私が許さないわ。もし王都の軍が無理やり連れ戻しに来るなら、私が一人で王城まで行って、物理的に門を閉めてきてあげるわよ?」 リザが不敵な笑みを浮かべ、愛用の木剣を肩に担ぐ。


「お義父様が行ってしまうなんて、わたくしも反対ですわ。アシュタリアの教皇ですら土下座したこの地に、サンライズ王国の命令が通ると思っているのかしら?」 魔王リリスも深紅の瞳を細め、冷ややかな魔力を漂わせる。


さらに、留学生のリーズが洗濯板を抱えて駆け寄ってきた。 「レイヴン様がいないと、お城の『荒っぽい汚れ』を落とす張り合いがありません! 私が聖なる力で、返還命令の書状そのものを浄化(消滅)させてしまいましょうか?」


「……いや、リーズさん。それは流石に外交問題になるからやめておこうか」 アルスは苦笑しながら、手元の端末で王都の動向をスキャンした。すでに王都からは、レイヴンを連れ戻すための「特別回収部隊」が派遣されている。


「……よし。父上、提案があります。返還令に従うふりをして、王都に『魔王領の出張所』を作ってしまいましょう」


「出張所だと?」 レイヴンが目を丸くする。


「ええ。父上には『魔王領親善大使』という肩書きで、公式に王都へ行ってもらいます。でも、居住実態はここ。王都には、僕が作った『超長距離・空間転移門テレポーター』を設置します。これなら、王都での会議が終わった一秒後には、ここの風呂に入れますよ」


「……お兄ちゃん、それいい! ギルドの王都支店も一緒に作っちゃおうよ!」 カイルが目を輝かせて提案する。


数日後。王都からやってきた回収部隊の騎士たちは、絶句することになった。 国境の森を突き抜け、堂々と現れたレイヴンは、鎧もつけず、背中にはアルス製の「全自動・全地形対応型マッサージチェア」を背負っていた。


「おう、迎えご苦労! 王様には伝えておけ。『レイヴンは返還されたが、魔王領の一部になった』とな!」


レイヴンが地面に巨大な杭を打ち込むと、そこから眩い光が溢れ、王都のど真ん中に「魔王城直通」のゲートが開通した。


国王が王座で震えながら目にしたのは、戻ってきた英雄レイヴンではなく、王都を「一瞬で魔王領の経済圏」に飲み込もうとする、アルスの物理学による平和的な侵略であった。


「……これで良し。父上、王都の会議が終わったら、夕飯はカロルさんの特製ステーキですから、遅れないでくださいね」 「分かってるさ、アルス! 一瞬で終わらせて帰ってくる!」


こうして、国王が放った「返還令」は、結果として「王都の魔王領化」を加速させるという最悪の、あるいは最高に賑やかな裏目に出ることになったのである。



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