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第五十一話:物理学者の初陣、あるいは「効率的」すぎる冒険

魔王城の執務室で、アルスは山積みになったインフラ整備の計画書を片付け、ふと窓の外を眺めた。そこには、カイルとルナが運営するギルドから、意気揚々とフィールドへ向かう冒険者たちの姿があった。


「……考えてみれば、この世界に来てから僕は『管理』と『開発』ばかりで、自分の足でこの世界の生態系を直接観測したことがなかったね」


アルスの独り言に、隣で書類を整理していたシルフィが目を丸くした。


「アルス様、まさか……冒険に出るというのですか? 貴方が城を空けるだけで、魔王領のGDPが数パーセントは変動する計算ですよ」


「大丈夫、留守はリリスと父上に任せてある。シルフィ、君も来ないか? 実地調査は理論の裏付けに不可欠だからね」


こうして、史上最も「重装備(理論的な意味で)」な新人冒険者パーティーが結成された。メンバーはアルス、護衛兼サポートのシルフィ、そして「面白そうだから」とついてきた元勇者ハレルヤ、さらにアルスの実験サンプル回収係として聖女リーズ。


「では、最初のクエストだ。ギルドに登録されている『Sランク指定区域:古竜の墓場』に生息する、特殊魔核を持つ魔物の採取。カイル、ルナ。手続きをお願い」


「「ええっ!? お兄ちゃん、いきなりSランク!?」」


双子が絶叫する中、アルスは平然と「冒険者登録証」を受け取った。


目的地である「古竜の墓場」は、強力な重力異常と高濃度の魔素が渦巻く、ベテラン冒険者でも死を覚悟する禁域だ。しかし、アルスの一歩は軽やかだった。


「アルス様、前方にランクAの魔獣『デス・グリフォン』の群れです! 私が広域殲滅魔法を——」


「いいよシルフィ。魔力の無駄遣いだ。……リーズさん、座標(34, 12)に『清浄の楔』を打ち込んで。ハレルヤさんはその反射角に合わせて聖剣を構えるだけでいい」


アルスが手元の端末を操作すると、グリフォンたちの周囲の「空気の密度」が極端に書き換えられた。アルスが計算した特定の周波数の音波が空間を満たす。


「……今だ」


リーズが放ったわずかな光が、アルスの設計した「空間レンズ」で増幅・屈折し、グリフォンたちの三半規管を一瞬で麻痺させた。一滴の血も流さず、巨大な魔獣たちが次々と地面に力なく着地していく。


「な、なんですか今の……!? 剣を振るまでもありませんでした!」


「ただの共振現象だよ、ハレルヤさん。生物の構造を知っていれば、破壊するより無力化する方がエネルギー効率がいい」


その後も、アルスの「冒険」は従来の常識をことごとく破壊していった。 毒沼はリーズの魔力をアルスが「面」で展開することで一瞬でクリスタル化し、迷宮の仕掛けはアルスの「透過スキャンパッチ」によって全て丸裸にされた。


最深部。そこに君臨していたのは、数百年誰も討伐できなかった「死霊竜リッチ・ドラゴン」だった。その咆哮が空気を震わせ、ハレルヤすら冷や汗を流す。


「……なるほど。負のエネルギーによる質量保存の無視か。興味深い現象だ。シルフィ、座標を固定するよ。……『熱力学第二法則・強制執行エントロピー・マクスウェル』」


アルスが杖を突き立てると、死霊竜の周囲から「熱」が完全に奪われ、同時に「運動」が停止した。絶対零度の檻。 死霊竜が再生しようとする魔力すら、アルスのパッチが「意味のないノイズ」へと変換し、大気中に霧散させていく。


「……あ、あう……。お、お兄ちゃん……。竜が、ただの『置物』になっちゃった……」


後をつけてきていたルナが、岩陰からその光景を見て呆然と呟く。


「よし、サンプル採取完了。ハレルヤさん、この竜の角、分子構造が安定してるから持って帰って。ミーナの新しい包丁の素材に良さそうだ」


「……竜の王の角を包丁に……。分かりました、閣下。それが貴方の『効率』なのですね」


帰還したアルスは、ギルドの掲示板に「Sランク:死霊竜の討伐(所要時間12分、消費魔力:標準的な家庭の三日分)」という、前代未聞の報告書を提出した。


その夜、魔王城ではアルスが持ち帰った貴重な素材を使って、カロルが腕を振るった。 「アルス。冒険の成果にしては、この食材、細胞が一つも壊れていないな。……最高に料理しやすいよ」


「それは良かった。次は、深海の魔素流を観測しに行こうと思ってるんだ。海底都市の圧力制御は、いいデータになりそうだからね」


物理学者の「冒険」とは、世界を力でねじ伏せることではない。 世界の仕組みを正しく理解し、最も美しく、最も無駄のない方法で「整理」すること。 初仕事を終えた新米(?)冒険者のアルスは、心地よい疲れを感じながら、次なる観測地の計算を始めるのであった。

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