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第五話:ませた幼馴染は僕の計算についてこれない

エレナ先生が僕の師匠になってから、数日が経ちました。 「アルスちゃん、今日は大切なお客様が来るわよ」と言われ、僕は正装に着替えさせられました。


やってきたのは、エレナ先生の親戚にあたる公爵家の娘、シルフィ・エクレールちゃんでした。 僕と同じ五歳のはずですが、彼女は腰まである金髪をふわふわに巻いて、扇子を手に持っています。


「貴方がアルス・ローベントね? 噂は聞いているわ。バラム様を泣かせて引退させた、とんでもない野蛮児だって」


シルフィちゃんは、ツンとした顔で僕を見下ろしてきました。 五歳児が扇子をバサッと広げる姿は、前世の感覚で見ると「ませすぎてて可愛い」以外の感想が出てきません。


「野蛮児じゃないよ。ただちょっと、魔法の効率を計算しただけなんだ」


「ふん、計算だなんて。魔法は高貴な血筋と、センスで放つものよ。あ、私、もう中級魔法の入り口に立っているの。貴方とは格が違うのよ」


シルフィちゃんは、誇らしげに胸を張りました。 五歳で中級魔法をかじっているなら、確かにこの世界では歴史に残る天才でしょう。


「へえ、すごいね。どんな魔法が得意なの?」


「見たい? 驚いて腰を抜かしても知らないわよ。……氷よ、我が手に集いて、鋭き刃となれ! 『氷のアイス・アロー』!」


彼女が呪文を唱えると、空中にキラキラした氷の矢が三本現れました。 それは的として置かれた木箱に突き刺さり、見事にそれを凍らせました。


「どう? これが選ばれた者にしか使えない、中級一歩手前の高度な魔法よ。貴方の『算数』とやらで、これができるかしら?」


シルフィちゃんは「どうよ!」という顔で僕を見ます。 でも、物理学者の俺から見ると、その氷は密度が低くて、すぐに溶けてしまいそうでした。


「うーん……。シルフィちゃん、氷ってさ、ただ凍らせるだけじゃなくて『結晶の構造』を整えて、さらに『絶対零度』に近づけると、もっと硬くなるんだよ」


「ぜったい……れいど? 何よそれ、難しい言葉を使って誤魔化さないで!」


「えっとね、分子の運動を完全に止めるイメージなんだけど……。ちょっとやってみるね」


僕は指先に、ほんの少しの魔力を込めました。 狙うのは、彼女が凍らせた木箱の隣にある、もう一つの木箱です。 イメージするのは、格子欠陥のない完璧な単結晶の氷。 そして、周囲の熱振動を力技でシャットアウトします。


「……凍れ」


パキィィィィィィィィィンッ!


一瞬でした。 僕が指を向けた瞬間、中庭の空気が一気に冷え込み、木箱の周りだけが真っ白な冷気に包まれました。 そこに現れたのは、宝石のように透き通った、不気味なほど美しい氷の塊です。


「な、なによこれ。ただの氷じゃない……」


シルフィちゃんが、おそるおそるその氷に扇子で触れました。 その瞬間。


パキィッ!


「ああっ!? 私のお気に入りの扇子がぁ!」


彼女の高級な扇子が、僕の作った氷に触れただけで、ガラス細工のように粉々に砕け散ってしまいました。 あまりに温度が低すぎて、触れた瞬間に扇子の素材そのものが脆くなってしまったのです。


「あ、ごめん。ちょっと冷やしすぎたかな。マイナス二百七十三度くらいを狙ったんだけど」


「……ま、マイナス……? なによそれ、意味がわからないわよ!」


シルフィちゃんは、砕けた扇子を手に持って、今にも泣き出しそうな顔で僕を睨みました。 でも、すぐにぐっと涙をこらえて、大人びた仕草で鼻を鳴らします。


「……ま、まあ、合格ね。貴方、少しは使えるみたいじゃない。私の『一番の家来』にしてあげてもよくってよ」


「え、家来なの?」


「そうよ! こんなにませてて可愛い女の子が家来にしてあげるって言ってるのよ、光栄に思いなさい!」


顔を真っ赤にしながら、一生懸命に強がるシルフィちゃん。 その横で、エレナ先生が「あらあら、いいコンビね」とニコニコしながらお茶を飲んでいました。


どうやら、この生意気なヒロインに振り回される生活が始まりそうです。 もちろん、僕が「手加減」を覚えるまでは、彼女の身の回りのものが次々と凍ったり溶けたりする運命にあるのですが。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、ただの氷の魔法で、物理の限界(絶対零度)に到達してしまったのでした。

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