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第四十六話:Sランクの休息と、場違いな伝説

アシュタリア神聖皇国との和平が成立し、魔王領が空前絶後の「観光ブーム」に沸き返っていた頃。正門の検問所に、一人の男が現れた。


その背には、抜かずとも周囲の魔兆を霧散させるほどまばゆい輝きを放つ、伝説の聖遺物「黄金の神剣」が背負われている。男の名はジーク。自由国家ランクルが誇る最強のSランク冒険者であり、数々の魔王や邪神を討ち取ってきたとされる生ける伝説だ。


「……ここが、噂の魔王城か。随分と不気味な魔力の揺らぎを感じるな」


ジークが鋭い視線で城を見上げる。その手には、ランクル政府から極秘に手渡された「魔王領の最新調査報告書」……ではなく、最近発行されたばかりの『魔王領グルメ&温泉ガイドブック』が握られていた。


「おい、そこの受付嬢。ここが一番人気の『ミーナのパン屋・魔王城支店』で間違いないか?」


「はい! 本日は焼きたての『魔力クロワッサン』が、残りわずかとなっております!」


受付をしていた魔族の娘が、Sランク冒険者の放つ殺気など微塵も気にせず、満面の笑みで答える。ジークは「……ほう、残りわずかか。ならば、急がねばならんな」と、伝説の歩法を用いて、音もなく列の最後尾に並んだ。


その頃、城内ではアルスが新たなインフラ整備に頭を悩ませていた。


「父上、リザ姉さん。自由国家ランクルのSランク冒険者が入国したって警報が出てる。……どうする? 相手は一人で一国を滅ぼすと言われる『黄金の神剣』の使い手だ」


「ガハハハ! そんなに強えなら、俺の稽古相手にちょうどいいじゃないか! リザ、お前も行くか?」


「いいわね、お父様! 最近、ハレルヤじゃ物足りなくなってたところよ」


リザとレイヴンが、ワクワクした顔で武器を手に取る。その横では、留学生のリーズが「またお庭が壊れちゃいます……」と、デッキブラシを構えて掃除の準備を始めていた。


アルスたちが中庭へ出ると、そこにはすでに「黄金の神剣」を傍らに置き、ベンチに座って優雅にパンを頬張るジークの姿があった。


「……待て。貴様、何をしにここへ来た」


ハレルヤが自警団長として前に出る。ハレルヤの聖剣とジークの神剣が共鳴し、凄まじいプレッシャーが周囲を包み込む。空気がピリピリと震え、並の魔族なら気絶しかねない緊張感が漂った。しかし、ジークは最後の一切れのパンを飲み込むと、満足そうに口を拭った。


「……落ち着け、若き勇者よ。俺は今回、私用で来ている。ランクルのギルドから『有給休暇』を消化しろと詰め寄られてな。……この国に、世界一旨いパンと、物理学者が作った『超音波振動・露天風呂』があると聞いて、遥々やってきただけだ」


「……温泉?」


アルスの拍子抜けした声に、ジークは真剣な顔で頷いた。


「ああ。俺の神剣は、穢れには強いが、長年の激戦による『肩こり』には効かなくてな。アルス・ローベント。貴様が設計したというあの温泉は、魔力対流を物理的に制御し、神経痛に効く特別な周波数を出しているというのは本当か?」


「……ええ。まあ、流体解析の結果から、最もリラックスできる揺らぎを再現してますけど」


「ならば案内しろ。……あ、ついでにこの『黄金の神剣』、少し刃こぼれしているんだ。貴様のところの『分子レベル砥石』とやらで研いでもらえるか?」


最強のSランク冒険者は、戦う気など微塵もなかった。 彼は、リザの放つ異常な気迫や、レイヴンの野性味溢れる圧力を感じ取りつつも、「ふむ、ここは修行場としても最高だな。……だが、今は風呂だ」と、完全に観光客のモードに切り替えていた。


結局、その日の夜。 「黄金の神剣」はアルスのワークショップでナノ単位のメンテナンスを受け、ジーク本人は露天風呂で「……おお、筋肉の深部まで物理が浸透していく……」と、恍惚の表情を浮かべていた。


風呂上がりには、レイヴンと意気投合して「最近の若い魔物は手応えがなくて困る」だの「聖遺物の手入れは手間がかかる」だのと、最強同士にしか分からない悩みを酒の肴に盛り上がっていた。


「……アルス様。あの方、本当にSランクの英雄なんですよね?」


リーズが、脱衣所のタオルを浄化しながら尋ねる。


「ああ、間違いなく本物だよ。……でも、僕の作った温泉とパンが、神剣の輝きよりも人を惹きつけるってことが証明されたね」


アルスは、手元の端末で温泉の温度推移をチェックしながら苦笑した。


「自由国家ランクル」の最強戦力。 それは、魔王を討ちに来た刺客ではなく、単に「心身のメンテナンス」を求めてやってきた、疲れ果てた一人の観光客に過ぎなかったのだ。


こうして、魔王城はまた一歩、「最強のリゾート地」へと近づいていく。 伝説の冒険者が「来週も有給を取る」とギルドに魔導メールを送る姿を見ながら、アルスは次の「全自動・マッサージチェア」の設計図を描き始めるのであった。

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