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第四十五話:土下座の教皇と、聖女の無期限「家事」留学生

前日の重装魔導騎士団の敗退は、神聖皇国アシュタリアの屋台骨を根底から揺るがした。何しろ、皇国最強の盾が、十四歳の聖女による「ただの物理的な一撃」で粉砕されたのだ。その報告を受けた教皇と第一王女は、もはや武力での解決は不可能であると、この世の誰よりも早く察した。


翌朝、魔王城の正門前には、昨日の軍勢とは比較にならないほど質素だが、異様なまでに「身分の高い」一団が佇んでいた。


「……アルス様、お客様です。今度はなんだか、とっても偉そうなおじい様と、すっごく綺麗な女の人が、地面に膝をついていらっしゃいます」


城内の掃除機(物理学パッチ適用済み)を回していたリーズが、窓の外を見て小首をかしげた。


アルスが門を開くと、そこには神聖皇国の最高指導者である教皇マルティヌスと、その傍らで震える第一王女フィオナがいた。二人はアルスの顔を見るなり、迷うことなくその豪華な法衣とドレスを泥に浸し、完璧なまでの「土下座」を披露したのである。


「魔王アルス様……! 昨日は我が国の浅はかな者たちが、無礼な真似をいたしました! 何卒、何卒お許しを!」


教皇の絞り出すような声に、アルスは呆れ果てて溜息をついた。背後では、リザ姉さんが木剣で素振りをしながら「あら、今度は随分と物分かりがいいのが来たわね」と笑い、ハレルヤが「教皇様、そんなところで土下座しては腰を痛めますよ」と、元勇者として冷ややかな視線を送っている。


「教皇様、頭を上げてください。別に滅ぼすつもりはありませんよ。ただ、リーズさんを無理やり連れ帰ろうとするなら、話は別ですが」


アルスの言葉に、王女フィオナが顔を上げた。その瞳には、かつて「聖女」として崇めていたリーズが、エプロン姿で誇らしげにデッキブラシを握っている姿が映り、激しい動揺を隠せない。


「リーズ……。貴女、その姿は一体……。神に仕える身でありながら、掃除を、楽しんでいるのですか……?」


「はい、フィオナ様! 祈るだけでは消えなかった汚れが、アルス様の魔導具と私の魔力で、みるみるうちに落ちていくのです! これこそが、真の救いですわ!」


屈託のない笑顔で答えるリーズに、教皇は悟った。彼女はもう、教会の奥に閉じ込められていた「操り人形」ではない。リザに叩き直された筋力と、アルスに教わった実用的な知識を持つ、一人の自立した「家事の達人(物理攻撃可)」へと進化してしまったのだ。


「……分かりました。もはや、リーズを無理に連れ戻すことは、我が国の存亡に関わると理解いたしました。そこで、交渉をお願いしたく」


教皇は震える手で、一枚の羊皮紙を差し出した。


「神聖皇国は、魔王領との永久不可侵条約を締結いたします。また、リーズの留学生としての期間を『無期限』とし、その滞在費用、および魔王城の維持管理費の一部を皇国が負担することを約束しましょう。……どうか、これで和平を!」


アルスはリリスと顔を見合わせた。リリスは優雅に肩をすくめ、「わたくしは構いませんわ。リーズは洗濯が上手ですし、何より賑やかなのは嫌いではありませんもの」と微笑んだ。


「決まりだね。リーズさん、君はどうしたい?」


「はい! 私はここで、まだ学びたいことがたくさんあります! アルス様の作る新しい機械、リザ様の特訓、ミーナさんの美味しいお料理……。何より、この『家族』のそばにいたいです!」


リーズの言葉に、教皇と王女は再び深く頭を下げた。こうして、人類最大の宗教国家と魔王領の間に、歴史上類を見ない「土下座と洗濯」による和平が成立したのである。


宴は、昨夜の騎士団の残骸を片付けた後、さらに豪華に開催された。教皇も王女も、最初は「魔族の食事など」と敬遠していたが、ミーナが焼いた「分子レベルで水分量を調整した黄金のデニッシュ」を一口食べた瞬間、信仰心が揺らぐほどの衝撃を受け、三十分後にはレイヴンと一緒になって「このパンこそが神だ!」と酒を酌み交わしていた。


「ガハハハ! 教皇殿、いい飲みっぷりだ! リーズちゃんは俺がしっかり鍛えてやるから安心しろ!」


「お、お手柔らかに……リザ殿の特訓に、我が国の聖女が耐えられるか心配でしてな……」


神級魔法の使い手が揃う中で、もはや戦争などという非効率な手段を選ぶ者は一人もいなかった。アルスは、赤くなった顔で楽しそうに笑うリーズを見ながら、手元のノートに新しい数式を書き加えた。


(幸福=美味しい食事+清潔な環境+圧倒的な武力による抑止力)


「……さて、和平も成ったことだし。リーズさん、明日からは『全自動・高速食器洗い機』の量産モデルのテストを手伝ってもらうよ」


「はい! お任せください、アルス様!」


アシュタリアの聖女は、もはや「無期限の留学生」として、この理不尽で温かな魔王城の欠かせない一員となったのである。


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