第四十三話:聖女リーズの、清く正しくない日常
神聖皇国アシュタリアの聖女として、厳格な規律の中で生きてきたリーズにとって、魔王城での生活は驚きの連続だった。
朝、彼女が習慣通りに祈りを捧げようと中庭へ出ると、そこには既に猛烈な勢いで木剣を振るうリザの姿があった。 「あらリーズちゃん、おはよう! 朝の空気は美味しいわね!」 リザが軽く剣を振るうだけで、突風が巻き起こり、リーズの「清浄の力」で整えた静寂が一瞬で吹き飛ぶ。
「リ、リザ様……朝からそのような激しい運動を……」 「これが一番の目覚ましよ! ほら、リーズちゃんもやってみる?」 リザに手渡されたのは、彼女が使うものよりは軽いが、リーズには重すぎる特製の木剣だった。 「私、戦うための修行はしてこなかったのですが……」 「いいのよ、気持ちよければ! えいっ、てやるだけ!」 結局、リーズの朝の祈りは、リザに指導される「えいっ!」という気合とともに振り下ろす素振りへと置き換えられた。
お昼時になると、リーズは自警団長となったハレルヤのパトロールに同行した。 「勇者様、今日はどのような悪を討つのですか?」 「リーズ殿、見ていてください。……あそこにゴミを捨てようとしている魔族がいます。神の加護!」 ハレルヤが黄金の光を放ち、路地裏でこっそり空き缶を捨てようとした魔族の目の前に立ち塞がる。 「そこな者! 分別を怠るのは魂の汚れに等しい! この私とリーズ殿の清浄なる力で、ゴミ集積所まで案内しよう!」 「ひ、ひえぇ! 勇者と聖女がゴミ拾いしてる!」 リーズは困惑しながらも、自分の浄化能力で街中の汚れた排水溝をピカピカにしてしまい、魔族たちから「掃除の女神様だ!」と拝まれることになった。
夕暮れ時、城に戻るとアルスが新しい魔導具のテストをしていた。 「リーズさん、ちょっとその『清浄の力』をこの箱に込めてみてくれないかな? 洗剤を使わずに衣類を分子レベルで洗浄する『全自動・聖女洗濯機』を作りたいんだ」 「私の聖なる力を、お洗濯に……ですか?」 最初は戸惑っていたリーズだったが、アルスに頼まれて力を流し込むと、泥だらけだったレイヴンの鎧が、新品のように輝き始めたのを見て目を輝かせた。 「……すごい。私の力が、こんなに身近なところで人を笑顔にするなんて……」
夜には、レイヴンが持ってきた強い酒に顔を赤くした大人たちに囲まれ、リリスから「お義母様への手紙の書き方」を相談される。 白虎を抱き枕にしながら眠りにつく頃には、リーズの心にはアシュタリアの冷たい石造りの教会よりも、ずっと温かな熱が灯っていた。
「……お父様、教皇様。魔王城の浄化は順調です。……たぶん」 彼女の日記には、浄化された悪の数ではなく、その日に食べたパンの美味しさと、リザに褒められた素振りの回数が記されるようになっていた。




