第四十二話:清浄なる聖女と、賑やかすぎる魔王城
魔王城の正門に、これまでの騒がしさとは正反対の「静謐な空気」を纏った一人の少女が現れた。
彼女の名はリーズ。唯一の敵対勢力である神聖皇国アシュタリアから遣わされた、十四歳の特使である。彼女が持つ「清浄の力」は、あらゆる穢れや毒を浄化する聖なる力であり、今回は表向き「和平交渉の留学生」としてこの地に足を踏み入れた。
「私が、この地を浄め……いえ、留学生としてお世話になるリーズです」
リーズは凛とした表情でアルスの前に立ち、深々とお辞儀をした。その周囲には、彼女の力によって塵一つない清浄な空間が広がっている。しかし、その背後から現れた「嵐」が、一瞬でその静寂を吹き飛ばした。
「ガハハ! 留学生か! ちょうどいい、腹が減ってるんだろ。ほら、この焼き立ての肉を食え!」
レイヴンが、リーズの顔よりも大きな魔力肉の串を突き出した。リーズは「ひっ……!?」と小さく悲鳴を上げ、その圧倒的な野生の気迫に、清浄の結界が激しく揺らいだ。
「父上、驚かせないでください。リーズさん、ようこそ。僕はここの主のアルスです。……あ、そこの金色の人は一応、自警団長のハレルヤさん。あと、その足元の白いのは神獣の白虎です」
「にゃーん」と白虎がリーズの足元に擦り寄る。神獣の純粋な霊力に触れ、リーズの瞳が驚きで見開かれた。
「神獣……それに、勇者様!? なぜ、神聖なる力を持つ方々が、このような魔の巣窟に……?」
「魔の巣窟っていうか、今はただの『快適な家』を目指してるだけなんだけどね」
アルスが苦笑しながら案内すると、リーズはさらに絶句した。城内はアルスのパッチによって常に清潔で適温に保たれ、キッチンからはミーナが焼くパンの幸福な香りが漂っている。さらには、魔王リリスが「あら、可愛らしいお客様ね。お菓子でもいかが?」と、敵意の欠片もない笑顔で紅茶を淹れていた。
「……信じられません。アシュタリアの教えでは、ここは地獄のような場所だと……。でも、ここにあるのは、私の故郷よりも穏やかな空気……」
リーズは差し出されたミーナのパンを、恐る恐る一口齧った。その瞬間、彼女の「清浄の力」が、パンのあまりの美味しさに共鳴するようにキラキラと輝き出した。
「おいしい……。こんな、心が洗われるような食べ物、食べたことがありません……!」
「だろ? ここの飯を食えば、戦争なんてバカバカしくなるぞ! ほら、次はこれだ!」
レイヴンが次々と食べ物を運び、リザが「リーズちゃん、後で稽古もつけてあげるわね!」と頼もしく笑う。
神聖皇国から「魔王を浄化せよ」と密命を受けてきたはずのリーズだったが、滞在初日にして、その聖なる力は「宴会の盛り上げ」と「食後の後片付け」に全力投入されることになりそうだった。




