第三十七話:魔族(?)会議、あるいは最強の「身内」会議
魔王城の最上階。かつては世界を滅ぼす戦略が練られていた円卓に、今、奇妙な面々が集まっていました。 議題は「魔族領の冬季におけるエネルギー配分と、新産業について」です。
「……では、会議を始めようか。まずは自警団長のハレルヤさん、治安状況の報告を」
「はっ! 昨日の不法投棄摘発数はゼロ! 街の平和は神の……いえ、リザ閣下の威光によって守られております!」
ハレルヤは勇者の正装ではなく、アルスがデザインした「反射材付きの警備制服」に身を包み、膝の上でスヤスヤと眠る白虎(拾ってきた神獣)を甲斐甲斐しく撫でていました。
「よし、ハレルヤさん、白虎の体温で会議室を冷やさないでね。……リリス、魔政の面はどうだい?」
「ええ、アルス。貴方が導入した『全自動・納税システム』のおかげで、わたくしの仕事はもうハンコを押すだけですわ。……正直、暇すぎて新しいドレスを三着発注してしまいましたの。見てくださる?」
リリスは魔王の威厳をどこかに置き忘れたようで、隣に座る僕の腕に当然のように絡みついてきます。
「……リリス様、今は会議中です。アルスにベタベタしない」 反対側に座るシルフィが、青白い炎を杖の先に灯しながら釘を刺します。
「あら、嫉妬かしら? 貴女も『副官』として、もっと効率的に立ち回ればよろしいのに」
「二人とも、そこまでにしなさい」 リザ姉さんが、マシュマロを焼きながら一喝しました。 「それよりアルス。例の『魔導インターネット』だっけ? あれのせいで、ミーナがずっとパンのレシピ動画を見て厨房から出てこないんだけど。おかげでお腹が空いて仕方ないわ」
『あ、お姉ちゃん! それならルナたちが解決したよ!』 モニター越しに、城下のインフラ整備をしていたカイルとルナが割り込んできました。 『ミーナさんのパンを真空パックにして、魔力パイプラインで各部屋に「即時配送」するシステム、今テスト中だよ!』
「……カイル、ルナ。それは素晴らしいけど、熱力学的な損失は計算した?」
「(……なんなのだ、この会議は)」
円卓の隅で、オブザーバーとして参加していた元幹部(現在は清掃局員)のバルトスが震えていました。 魔族の未来を決めるはずの会議で、議題の半分が「パンの配送」と「マシュマロの焼き加減」、そして「勇者による神獣の世話」について。
「(これが……新魔王アルスの統治。恐怖ではなく、圧倒的な『便利さ』と『家族の絆』で世界を塗り替えていく……。もはや我ら魔族に、反旗を翻す理由など、一ミリも残っておらん……!)」
バルトスは、自分が持っていた「打倒人類」のメモを、そっとゴミ箱(ルナの浄化機能付き)へ投げ捨てました。
「よし、じゃあ方針は決まったね。今期の目標は『全世帯への床暖房完備』と『ミーナのパン・サブスクリプションの開始』だ」
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、魔族という定義すら曖昧になり始めた「身内」たちと共に、世界で最も平和で高効率な魔王領を創り上げていくのでした。




