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第三十六話:魔族領の迷子(※絶滅危惧種の神獣です)

魔王領の近代化も安定期に入り、僕は研究室で「魔力流体による超高速計算機」の設計に没頭していました。すると、背後から賑やかな足音が聞こえてきました。


「お兄ちゃん! 見て見て、かっこいいの見つけたよ!」 「森の奥で、寂しそうに丸まってたの!」


10歳になったカイルとルナが、何やら大きな「毛玉」を抱えて入ってきました。 ……いや、毛玉というには大きすぎる。そして、そこから漏れ出ている魔力量が、どう考えても「野生動物」の域を超えていました。


「……カイル、ルナ。それ、どこで拾ったの?」


僕がモニターから目を離すと、そこには体長一メートルほどの、雪のように白い毛並みに漆黒の縞模様を持つ虎の幼獣がいました。 その瞳は黄金色に輝き、足元には小さな冷気の渦が巻いています。


「エルフの森のずっと奥! 木の根っこに挟まってて、キュンキュン鳴いてたんだよ」 「ルナが『重力』で木をちょっとどかしてあげたの。そしたら、ついてきちゃった!」


僕は手元の演算器でその個体をスキャンしました。


「……解析終了。種別:聖獣『白虎』。……え、これ、千年に一度現れて大陸の北半分を氷河期に沈めると言われている、神話級の霊獣じゃないか」


「「びゃっこ?」」


双子が首をかしげると、白虎の幼獣は「にゃーん」と可愛らしく鳴いて、カイルの膝に頭をすり寄せました。その瞬間、研究室の室温がマイナス十度まで急降下しました。


「うわっ、冷たっ!? カイル、ルナ、その子から離れて! その子は存在しているだけで周囲のエントロピーを奪い続ける、歩く超低温冷却装置なんだよ!」


「えー、でもこの子、お腹空かせてるみたいだよ?」 ルナがそう言って、ミーナ特製の「魔力入りマシュマロ」を差し出しました。 白虎はそれをパクりと食べると、満足そうに喉をゴロゴロと鳴らしました。すると、今度は研究室全体にダイヤモンドダストが舞い始めました。


「な、何事だ!? 魔王城に新たな敵か!?」


騒ぎを聞きつけたハレルヤ団長が、自警団の腕章を光らせながら飛び込んできました。しかし、白虎を見た瞬間、彼はその場に膝をつきました。


「……びゃ、白虎!? 神の使いとされる伝説の聖獣が、なぜこんなところで子供に懐いているのだ……!?」


「あ、ハレルヤさん。ちょうどいいところに。この子が呼吸するたびに部屋が凍りつくから、君の『神の加護』で熱力学的な絶縁処理をしてくれないかな?」


「物理学者殿、貴殿は聖獣を何だと思っているのだ!? ……だが、リザ殿の大切な弟妹が凍えては一大事! 承知した、聖域展開サーマル・インサレーション!!」


ハレルヤが放った黄金の光が白虎を包み込み、冷気の漏洩を完全にシャットダウンしました。 すると白虎は、ハレルヤの聖なる魔力が心地よかったのか、今度はハレルヤの足元に丸まって寝始めました。


「……ふふ。可愛いわね、新しい家族かしら?」 リザ姉さんが、マシュマロの袋を片手に現れました。


「姉さん、これはただのペットじゃなくて、成長したら一国を滅ぼすレベルの神獣なんだよ」


「あら、大丈夫よ。カイルとルナがちゃんとお世話すればいい子に育つわ。ねえ、白虎ちゃん?」


リザ姉さんが白虎の頭を撫でると、神獣であるはずの白虎は、恐怖と敬愛の混ざった顔で「きゅううん……」と鳴き、完全に従順な仔猫のようになりました。……どうやら、神獣の直感でも「この家で誰が一番強いか」を理解したようです。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、新たに加わった「歩く液体窒素(神獣)」の飼育環境を整えるため、魔王城に巨大な「断熱飼育ルーム」の設計を開始するのでした。


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