第三十五話:神級勇者のセカンドキャリアは「魔族領自警団長」
「……というわけで、ハレルヤさん。君には魔王領の治安維持部隊、通称『自警団』の団長を任せたいんだ」
魔王城の執務室。僕は、昨日まで敵だった勇者に、特製の腕章と「魔導無線機」を手渡しました。
「僕が……魔族を守る、だと? 神の加護を受けたこの僕が、かつての宿敵を?」
ハレルヤは戸惑ったように聖剣(今はリザ姉さんのデコピンで少し曲がっている)を見つめました。しかし、僕の隣でリザ姉さんが腕組みをして「何、不満なの?」と睨んだ瞬間、彼は直立不動になりました。
「い、いえ! リザ殿の弟君の頼みとあらば、たとえ火の中、物理法則の外まで馳せ参じます!」
「よし、いい返事だね。……実は今、魔族領では急激な近代化に伴って、古い慣習を守る魔族と、新しい設備を使いたい魔族の間で小さなトラブルが多発してるんだ。君の『神の目』なら、誰が嘘をついているか一発でわかるだろ?」
「……なるほど。悪を断つのではなく、隣人トラブルの仲裁に神の奇跡を使え、ということか……」
ハレルヤは遠い目をしていましたが、リザ姉さんの「期待してるわよ、ハレルヤ団長」という一言で、その瞳に黄金の炎が宿りました。
「承知した! このハレルヤ、この地の平穏を、命と奇跡にかけて守り抜いてみせよう!」
一週間後。 魔王領の街角には、異様な光景が広がっていました。
「待て! そこな魔族! ゴミの分別を間違えているぞ! プラスチック魔石は青い袋、有機触手は緑の袋だと言ったはずだ!」
「ひ、ひえぇぇ! 勇者様!? 勘弁してください、わざとじゃないんですぅ!」
「問答無用! 神の光!!」
パァァァァッ!と聖なる光が放たれましたが、それは相手を傷つけるものではなく、ゴミ袋の中身を瞬時に「分子レベルで仕分け」する、神級魔法の無駄遣いでした。
「……アルス、彼、意外と真面目にやってるわね」 シルフィが呆れ顔でモニターを眺めています。
「うん。彼の『因果律を読み取る能力』は、犯人捜しや不正の摘発に最適なんだ。……まあ、たまに街灯の魔力が切れているのを見つけて、自分の聖なる魔力で街中を真昼のように輝かせちゃうのが玉に瑕だけど」
今や魔王領の治安は、人類領をも凌ぐレベルで安定していました。 かつての勇者が、魔族の子供たちに「悪いことをすると勇者様に輝かされるぞ」と諭される、奇妙で平和な光景。
「リザ殿! 今日も無事に、不法投棄三件と近隣の騒音問題一件を解決しました! 褒美に、例の『正拳突き』を一度……!」
「……あんた、本当に変な奴ね。ほら、マシュマロでも食べて落ち着きなさいよ」
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、最強の戦力を「究極の公務員」へと再定義し、魔王領の住みやすさをさらに一段階、アップデートさせてしまうのでした。




