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第三十話:物理学者、魔王になる。

「……というわけで、アルス・ローベント殿。貴殿を本日付で『新魔王』に任命する」


王都から届いた親書を読み上げる使者の声は、小刻みに震えていました。 リビングに集まった僕たちは、一様に沈黙しました。


「父上は国境沿いの広大な新領地を任され、ローベント家直轄地とする。そしてアルス殿、貴殿は魔王リリス殿と共に魔族領へ赴き、あちらの『統治』を行っていただきたい……とのことです」


「……要するに、厄介払いだね、これ」


僕は紅茶をすすりながら、手元の計算機(自作)で今後の物流コストを算出しました。 国王陛下にしてみれば、魔王と「人類のバグ(僕)」がくっついた以上、国内に置いておくのは火薬庫を抱えるようなもの。ならばいっそ、魔族領ごと僕に丸投げして、人類との緩衝地帯にしてしまおうという、極めて「政治的(消極的)」な決断です。


「素晴らしいわ、アルス! これでわたくしたち、晴れて公認の夫婦カップルですわね!」


リリスが僕の腕に抱きつき、銀髪をすり寄せてきました。 彼女にしてみれば、僕が「魔王」という肩書きを持つことで、魔族たちの反発を抑えつつ、僕の効率的な統治を導入できる。まさに願ったり叶ったりなのでしょう。


「アルスちゃん……。まさか、教え子が魔王になるなんて……。私、明日からどんな顔で魔法学校に出勤すればいいの……?」


エレナ先生がテーブルに突っ伏しています。その横で、シルフィが複雑な表情で僕を見ていました。


「……魔族領。私も行くわよ。近衛の任務は辞める。アルスの『監視役』が必要でしょ?」


「シルフィちゃんまで!? ……まあ、君がいてくれるなら心強いけど」


「るなたちも行くー! 魔族さんのところには、見たことない精霊さんがいっぱいいるんだよね!」 「カイルも! 魔族のエネルギー効率、研究してみたい!」


十歳の双子は遠足にでも行くようなテンションです。エルミさんも「エルフと魔族の交流、歴史的な転換点になりそうね」と、学術的な興味で同行を即決しました。


「よし、決まりね。……父上、母上。僕たちは魔族領を『物理学的』に改革してきます。……とりあえず、あっちの移動効率が悪いから、王都と魔王城を『空間跳躍ゲート』で直結しちゃいますね」


「アルス、あまり派手にやりすぎないようにね? ……あと、リリスさん。息子をよろしくお願いしますわ」


お母様が聖母のような微笑みでリリスに挨拶しました。魔王リリスですら、「は、はいっ! お義母様!」と背筋を伸ばしています。


こうして、ローベント家は国境を越え、魔族領へとその拠点を移すことになりました。 父上が国境を守り、僕が魔王としてその先を統治する。 それは、人類と魔族が「戦い」ではなく「計算と効率」によって共存を始める、新しい時代の幕開けでした。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 新魔王となった物理学者は、魔王城の玉座に座るよりも先に、城内の「断熱材の改修」と「下水処理システムの自動化」の図面を引き始めるのでした。


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