第三話:水の魔法ならきっと静かだよね?
中庭を消し飛ばしたあの日から、わが家はちょっとピリピリしています。 父上からは「絶対に目立つな」と毎日言われるようになりました。
ちなみに、僕の家族は全部で六人です。 厳しいけど実は甘い父上。 いつもニコニコしているけど怒ると一番怖い母上。 僕の魔法を「かっこいい!」と無邪気に喜ぶ、活発な姉さん。 そして、まだハイハイをしている、かわいい双子の弟と妹。
「ねえねえアルス、またあのピカッてなる魔法見せてよ!」
朝ごはんのあと、姉のリザさんがグイグイと顔を近づけてきました。 リザさんは八歳で、すでに剣術の稽古を始めている元気な人です。
「リザ! アルスを困らせるんじゃない。あんな危ないもの、二度とやらせるか」
父上がパンをかじりながら、厳しい顔で言いました。 でも、その手は少し震えています。たぶん、まだ中庭のクレーターがショックなんだと思います。
「あら、でもアルスの才能は素晴らしいわ。きっと世界を救う魔導師になるわよ」
母上が双子に離乳食をあげながら、のんびりと言いました。 母上だけは、僕が森をえぐったと聞いても「あら、お掃除が大変ね」と笑っていた猛者です。
「とにかく、アルス。練習するなら、もっと静かな、生活に役立つ魔法にしなさい」
父上のその言葉を聞いて、僕は閃きました。
「そっか、生活魔法! 水を出す魔法なら、音も出ないし安全だよね」
僕はさっそく、自室の洗面台の前で練習を始めることにしました。
前世の知識を思い出します。 水は火と違って、形を自由に操れるのが強みです。 ただ水を出すだけじゃ面白くない。 そういえば、水をものすごい細い穴から、猛烈な圧力で飛ばす技術があったっけ。
「……ウォーターカッター。あれなら、静かに物を切れるはずだよね」
僕は指先に魔力を集中させました。 今回は、前回の「火球」のさらに百分の一くらいの、ほんの微量な魔力です。 それを針の先よりも細いイメージに絞り込みます。
「ちょっとだけ……シュッて出すよ」
僕が指先に力を込めた、そのとき。
ピシィィィィィィィィィィ!
という、耳慣れない高い音が鳴りました。 指先から、目に見えないほど細い水の線が飛び出します。
「あ、出た。……あれ?」
水の線は、僕が狙っていたコップを通り越し、そのまま部屋の壁に吸い込まれていきました。 まるで、豆腐に包丁を入れるみたいに。
「え、待って。止まれ、止まれ!」
あわてて魔力を切りましたが、手遅れでした。 水の線がなぞった跡には、髪の毛ほどの細い、でも深い深い「切れ目」が残っていました。
恐る恐る壁の向こうを覗くと……。
「ひゃああああ!? 髪の毛が切れたあぁ!?」
隣の部屋にいたリザ姉さんの叫び声が聞こえてきました。 どうやら、水の刃は石造りの壁を貫通し、姉さんのポニーテールの先っぽをきれいに切り落としてしまったようです。
「……。……。……あ、やばい」
僕は静かに窓を閉めました。 静かだけど、火球よりタチが悪いかもしれません。 だって、石の壁を貫通してもまだ勢いが死んでいないんですから。
「アルスゥゥ! 今のあんたでしょ! 髪の毛が! お気に入りのリボンも切れてるぅぅ!」
ドタドタとリザ姉さんが突っ込んできます。 その後ろからは、顔を真っ青にした父上が走ってきます。
「アルス! お前、今度は何をした! 何で壁に隙間風が入るような穴が空いているんだ!」
「えっと……ちょっとだけ、お掃除に使えるかなって思った水の魔法なんだけど……」
「これのどこがお掃除だ! 城壁すら貫通するような暗殺術を、生活魔法と呼ぶな!」
父上の怒鳴り声にびっくりして、双子の弟と妹が泣き出してしまいました。 母上はそれを見て「あらあら、今日はお家の中がにぎやかね」と笑っていますが、目が笑っていません。
「……ごめんなさい。次は、もっと、もっと弱くします」
「次はもう無いと思え! 明日からお前は、魔力を使わない算数のドリルだけやってろ!」
物理学者だった俺に、算数のドリル。 それはそれで苦行ですが、どうやら僕の「手加減」は、物理の法則を無視しない限り、この世界では通じないみたいです。
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、ただの「水の魔法」で、伝説の聖剣を超える切れ味を生み出してしまったのでした。




